涙の価値は part.7

「…………」


サビは無言でそれに視線を返すと、また右手をジョゼに伸ばした。

彼の淡々とした目を見て、ジョゼの機械の瞳が憎悪に歪む。


「何だその目は……」


ジョゼは絞り出すように言った。

そして声を張り上げる。


「何だその目は! 化け物が!」

「……俺は確かに化け物だ。そんなことは今更再確認することでもない」


サビはそう言ってジョゼに向けて続けた。


「命乞いはしない。乞うだけの価値はないよ」


そのどうしようもなく寂しそうな声を聞いて、ジョゼが一瞬動きを止める。

しかし次の瞬間、彼はハンドガンを握り込んで、背後に向けて銃の引き金を引いた。

投げつけられた空き缶と思われる物体が正確に撃ち抜かれ、風船のように膨らんだ。

いち早く危険を察知して地面を転がったジョゼとサビの眼前で、膨らんだ空き缶が炎を吹き上げて爆発した。

爆風でコートを焦がしながら、ジョゼが上半身を起こしてハンドガンを構える。

ハッ、とした時には遅かった。

今までサビが立っていた場所には、すでに彼はいなかった。

どこに消えたのかを確認する前に、歯を噛んでジョゼは立ち上がって建物の影に滑り込んだ。

彼の耳に、歪んだような甲高い笑い声が聞こえた。


「アヒャヒャ……フヒャハ……燃えろ、燃えろ……」


ジョゼが舌打ちをして建物の影から顔を出し、周囲を見る。

少し離れた場所に、薄汚れた服を着た猫背の男が立っていた。

酔っ払っているかのように足取りがおぼついていない。

右肩をだらりと下げ、血を垂れ流していた。

昼間襲ってきたフリーク、C145だった。

彼は焦点の定まらない目を、ハンドガンを構えながら飛び出したジョゼに向けた。

そしてツバを飛ばしながら喚き始める。


「お前か! お前だろう! 俺に鉛玉をブチこんだのは!」

「…………」

「犬め……バンジバルの独裁に付き従う害虫! 我らの理想を妨げる狂犬! 大義は我と共にあり!」


両手を黒い空に掲げて、C145が怒鳴る。


「今ここにより革命は始まる! 腐った機械化人間を淘汰し、ここに新人類の砦を築くのだ!」

「…………アンリ、C145と接敵した」


ジョゼが片手でハンドガンを構えて相手を睨みながら、携帯端末を耳に当てて言う。

アンリが押し殺した声でそれに返した。


『……サビは?』

「ロストした」

『詳しい説明は後で聞くわ。C145を逃さずに処分して』

「了解した」


携帯端末を握り込んで、ハンドガンを両手で構えたジョゼに、フリークの男性は金切り声で喚いた。


「革命を邪魔する犬は皆殺しである! 全ての逆賊因子を始末して、初めて我々は足を踏み出せる! そう、バンジバル政権の打倒! それこそが夢! 理想!」

「……バグっているな。フリーク因子が腐りだしていると見える」


ジョゼは吐き捨てると、息を吸って、そして長く吐いた。

気持ちを無理やりにC145にフォーカスし、彼はジリジリと距離を詰め始めた。


「そのまま両手を挙げて膝をつけ! こちらはお前の処分判決を有している!」

「戦争が始まるのだ! 大戦争が!」

「警告はこれで最後だ。膝をつけ!」


ジョゼが怒鳴ると、C145は骨と皮ばかりが浮いたやつれた顔の奥で、異様に光る目を彼に向けた。

そして口を裂けそうなほど開いてけたたましい声で笑う。

ジョゼは、それ以上の問答は無意味と踏んだのか、無言でまた一発発砲した。

銃弾がたやすくC145の右膝を貫通し、無慈悲に向こう側に抜ける。

もんどり打ってその場に倒れた男だったが、彼は特段痛みを感じていないのか、長く伸びた爪で地面を引っ掻いた。

そして憎悪に揺れる目でジョゼを見る。


「勝ち誇るのは今のうちだ……犬め……! 私達の仲間が、すぐに貴様ら下衆を始末する! 大義は我らと共にある!」


倒れたフリークに対して銃を突きつけようとしたジョゼだったが、そこで足元の小石が数個、赤く明滅しているのに気がついた。

彼は慌てて飛び退り、地面を転がった。

それと同時に、まるで地雷のように、連続して地面から火柱が吹き上がった。

爆風に煽られ、大の大人が吹き飛ばされる。

しかしジョゼは、燃え盛る炎の壁を睨みつけると、体を反転させて地面を蹴り、そこに飛び込んだ。

炎をかき分けて走り出し、ジョゼはハンドガンを前方に構えた。

その目がモーターの音を立てて何度も収縮する。

また連続して地面が爆発し、さながら地雷原のように、たちまち周囲が炎の海になった。

炎の向こう側で、C145が奇声を発しながら立ち上がっていた。

無表情でそれに対して何度も引き金を引く。

フリークの男の体がビクンビクンと魚のように跳ねて吹き飛ばされた。

地面を引っ掻いてそれでも立とうとする彼に飛びかかり、ジョゼは馬乗りになってその頭にハンドガンを突きつけた。

そして大声を上げる。


「確保だ! 処分されたくなければ……」


しかし、炎の海の中で男は目を見開いて楽しそうに笑ってみせた。

その邪悪な笑いを見て、ジョゼがハッとする。

馬乗りになっていたC145の体が、風船のように大きく膨らみ始めていたのだ。


「機械化人間は皆殺しにするのだ! 大義! それこそがバンジバル政権の打倒に繋がる!」


ジョゼは炎を吐き出し始めたC145を、一瞬何とも言えない悲しそうな目で見た。

爆音の中に銃撃の音が、一発響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る