涙の価値は part.6

「…………」


まだ人の気配が若干残っている、グスタフの診療所には黄色いテープが貼られ、一角が封鎖されていた。

大量の警官が武装して、周囲を威嚇するように立っている。

ジョゼは煙草をくゆらせながら、壁一面に並べられた人間の脳が入ったフラスコを見上げた。

そして、慌てて入り用なものだけ持って飛び出したかのような様子の、ゴチャついたテーブルを見る。

その一角に白い真珠が置いてあるのを見て、彼は手を伸ばし、それを摘んだ。

そしてポケットから出したビニール袋に真珠を入れる。


「これは……」


ブルクが診療所に入って目を丸くする。

ジョゼは指先でメガネを上げると、小さく息をついて携帯端末を操作した。


「グスタフ・ベン・トリードという男の趣味です。サビとよくつるんでいる犯罪者だ」

「グスタフ……! まさか……」


息を呑んだブルクに冷めた目を向けて、ジョゼは淡々と言った。


「分解屋グスタフです。名前くらいはお聞きになったことがあるのでは?」

「国際指名手配中の、A級犯罪者じゃないですか! こんなところに……」

「少し市街から離れれば、住民登録など意味がありませんからね。仕方がないでしょう」


ジョゼは携帯端末を耳に当てて、通話口の向こうに言った。


「アンリ、潜伏していたグスタフの痕跡を発見した。デーモン型フリークの抹消に加えて、優先的にヤツの拿捕に移行する」

『送ってもらった情報は確認したわ。帝都のスラムに隠れてたのね……』

「時間がない。空港から帝都の外に逃げるつもりだろう。全ての飛空艇を、緊急警報を発令して至急止めてくれ」

『もうやってるわ。追跡を開始して頂戴。グスタフ・ベン・トリードはデッドオアアライブよ。殺しても構わないから、確保して』

「分かった」


ブツ、と通話を切り、ジョゼはタバコを噛むようにしながら診療所を出た。

ついてこようとしたブルクに、現場検証の指示をしてから警察の車両、その運転席に乗り込む。

そして彼はアクセルを踏み込んで車を急速で発進させた。

しばらく走りながら、片手で携帯端末を取り出してナビの部分に差し込む。

アンリの声がスピーカーから流れ出した。


『送ってもらった未確認フリークの因子周波は、あなたが向かっている方向から来ているわ。そのまま進んで』

「正確な座標は?」

『もう少し近づかないと分からないわ』


歯を噛んで裏路地に車を滑り込ませ、ジョゼは車をスラムの外、住宅街に飛び出させた。

そこで彼は、不意に車のブレーキを踏み込んで、車両を急停止させた。


『ジョゼ、因子反応よ!』

「分かってる!」


アンリの声に怒鳴り返し、ジョゼは携帯端末を抜いてドアを開け、車の外に飛び出した。

そしてもう片方の手でハンドガンを握って、構えながら走り出す。

その目がモーターの音を立てて収縮し、チカチカと赤く明滅した。

タバコを地面に吐き出し、裏路地に駆け込む。

そして夜の暗闇の中、建物に背をつけて息を整えた。

少し離れた場所から、車のエンジンを何度か空ぶかしするような音が聞こえてくる。

ジョゼはフゥ、と息を吐いて歯を強く噛むと、口を不気味な形に歪めて笑った。

そしてハンドガンを構えて建物の影から飛び出す。


「インターポールだ! 両手を上げて顔をこちらに向けろ!」


すでに車に乗り込んでいた巨体の男と、助手席の小さな影がビクッとしてジョゼの方を向く。


「行け!」


そこで短く鋭い少年の声が響き渡り、車が急アクセルをかけて発進した。

路肩の車の電装系統を弄って、盗んだらしい。

しかしジョゼは走り去っていく盗難車両を一瞥もせず、振り返りがてら連続して背後に銃撃した。

少し離れた暗闇から、金属音と共に火花が何度か散る。

ジョゼは着弾を確認することもせず、体を捻って道路を転がった。

彼の頭があった所を、何か巨大な……蛇のような物体が薙いだ。

それは近くの雑居ビルの壁に突き刺さると、轟音を立てて壁面を抉り取った。

掘削ドリルのように回転している。

十メートルほど離れた場所に、その何かは戻っていくと、大きくしなって、今度は地面を砕きながらジョゼに殺到した。

ゴロゴロと地面を転がりながら、ジョゼは何度もハンドガンの引き金を引いた。

彼の体をかすめるように、回転した何かが通り過ぎて、代わりに何度も火花が散る。

ジョゼはそのまま建物の影に滑り込んで、ハンドガンを構えて腰を落とした。

ガラガラと建物の一部が崩れ、警報が辺りに鳴り響く。

裏路地の人の気配が感じられない場所だ。

住宅街の方からは、避難しようとする住民達のざわめきが聞こえてきた。

ジョゼは警報の音をかき消す勢いで口を開き、大声を上げた。


「また会ったなクリーチャー!」


そして建物の影から飛び出し、またハンドガンの引き金を連続して引く。

今度は回転していたモノが少し離れた場所で渦を巻き、それら銃弾を吸い込むようにして叩き落とした。

ジョゼの目に、右手を伸ばして淡々とした顔をしている少年の姿が写った。

彼の体の周りに、何か意思を持ったように、赤茶けた物体が渦を作って空中をたゆたっていた。

ネジだ。

数百、数千もの錆びたネジの群れが、彼……サビの周りをぐるぐると回っている。

それはまた膨れ上がって、ヘビのように鎌首をもたげた。

ジョゼは携帯端末を握り込みながら、ハンドガンを両手で構えた。

そしてメガネの奥の機械の瞳を何度も収縮させる。

その顔が憎悪に歪み、鼻の脇の筋肉がビクビクと痙攣していた。


「…………」

「貴様との腐れ縁もここまでだ、サビ。今度こそ、エレオノールの所に送ってやる」


サビは体にネジの化物を纏わりつかせたまま、吐き捨てるように言った。


「あんたの執念には恐れ入るよ。ジョゼ・クリストファー・ケント。ここまでしつこいとは思わなかった」

「…………しつこい? 俺が?」


ジョゼはハンドガンの銃口をサビの頭に向け、怒鳴った。


「貴様が殺した! エレオノールを! その邪悪な化物でミンチに変えたんだろう! どの口がほざく!」

「…………」

「貴様らフリークは皆殺しだ。一匹たりとも残さん。俺が処刑する!」

「……できるもんならな」

「死ね!」


またジョゼが連続して銃撃する。

間髪をいれずに飛来した銃弾を、サビの顔面スレスレのところでネジの化物が叩き落とす。

ジョゼは銃撃を繰り返しながら、サビに向かって駆け出し、踊りかかった。

そしてハンドガンの銃座を外に向けるように銃筒を持ち、振り下ろした。

銃座に内蔵されていたナイフが飛び出して、サビの脳天に突き刺さる……寸前で、回転するネジの化物がそれを受けた。

火花が散ってジョゼが体ごと弾かれる。

彼はその勢いのまま、曲芸師のように空中で体を反転させ、また連続して引き金を引いた。

人間業ではない動きに、しかしネジの化物は機械のように反応して銃弾を弾く。

そこでサビは、弧を描いて小さな物体が飛んでくるの見て後ずさった。

一拍遅れて、彼の眼前の地面に打ち当たった数個のソレが、爆裂して火柱を吹き上げた。

小型の手榴弾だった。

周囲に、手榴弾の中に入っていた小さな鉄球が、雨嵐のように吹き荒れる。

ジョゼは離れた建物の影で、激しく息をつきながらハンドガンの弾倉を交換した。

そしてまた、それを構えながら飛び出す。

警報が鳴り響く路地裏で、サビは体を守るようにしゃがみ込んでいた。

彼を覆うようにしてネジの化物が回転していた。

しかし、全ての手榴弾の鉄球……そして爆風を防ぐことはできなかったらしく、彼のコートの所々がボロボロになり、焦げている。

サビは頬から薄く流れ出した血を手で拭い、無機質な顔のまま立ち上がった。

そして口を開く。


「これ以上俺の邪魔をするというのなら、本気であんたを始末する」

「やれるものならな」


ハンドガンを握り込みながら、ジョゼは押し殺すように言った。


「……あの世でエレオノールに詫びろ! 貴様が背負った贖罪を贖え! ひざまづいて許しを懇願しろ! 惨めな豚のように泣きわめいてみせろ……!」


口を裂けそうなほど歪め、彼は言葉を絞り出した。


「命乞いをしろ……クリーチャー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る