涙の価値は part.3

「待て!」


慌てて彼を制止しようとしたスーツ男だったが、横目でギロォ、と舐めるように見られ、言葉を詰まらせた。


「……ひ……ひィ……」


体からモーター音を立てながら尻もちをつき、小男が震え出す。


「何か……文句があるのか?」


押し殺した声でそう言われ、部屋の中にサッと緊張が走った。

短銃を構えた男達が、判断がつかないのか、腰を抜かして震えている小男を横目で見る。

サビは彼らから目を離すと、無造作に手を伸ばして、それをピタリと壁につけた。



黄色いテープで封鎖された地下室に、警官達が入っていた。

通路の椅子にへたり込むように座った小男が、苛立ったように脇の警備員が差し出したタオルをむしり取る。

次から次へとわいてくる汗をそれで拭った彼の目に、スーツのポケットに手を入れて、ブーツを鳴らし歩いてくる男の姿が映った。

彼は小男の前で足を止めると、ポケットから手を出してタバコの箱を取り出した。

そして一本をくわえて引きずり出す。


「失礼。湿っぽい所だと咥えてないと落ち着かないもので」

「あ……あんたか! インターポールの警察官は!」


縋るように足元に倒れられ、彼……ジョゼはしゃがんで小男を助け起こした。

そして地下室に足を踏み入れる。

据えた臭いが充満したそこには巨大な檻があり、わずかばかりのボロ布となった毛布が中に入っている。

そして……壁に大きな穴が空いていた。

何か爆薬で破壊されたかのように、直径二メートルほどの穴が開いている。

床には大量の錆びたネジが転がっていた。


「…………」


ジョゼは檻の中に足を踏み入れると、ネジを採集している警察官に軽く手を上げてから、その大穴を覗き込んだ。

水が流れる音が聞こえる。

暗闇だが、地下に下水脈があるらしい。

壁に目をやると、十数センチもある合板製のそれが綺麗に砕けていた。

断面には、おびただしい数のネジが突き刺さっている。


「ふむ……」


考え込んだジョゼに、ツバを吐き散らしながら小男が怒鳴った。


「な、何をしている! 早くヤツを追ってくれ!」

「……ヤツ?」


ジョゼは振り返って小男を見て、大股に彼に近づいた。

そして身をかがめ、その顔を覗き込む。

端正な顔立ちの真ん中で、鳶色の瞳がモーター音を立てて回転するのを見て、小男が息を引きつらせて黙り込んだ。


「ヤツとは?」

「……わ……分からん訳はないだろう!」


少しの沈黙の後、小男は叫ぶようにして声を張り上げた。


「お前達インターポールが追っているフリークだ! あのエンシェントフリークなんだろう、コレは!」

「…………」


ジョゼは床に散らばるネジを見てから、押し殺した声で続けた。


「……ミスターポール。私はインターポールの『警察官』です」

「…………」


息を呑んだ彼に、ジョゼは無表情で言った。


「十数分前に、警察への緊急回線で、匿名の通報がありました。ここで、危険生物が飼育されているとの『タレコミ』です」


椅子を蹴立てて小男が立ち上がる。


「その意味する所が、分かりますね?」


問いかけられ、彼は額に青筋を浮かべて怒鳴った。


「やかましい! バンジバルの犬めが! 貴様ら警官の給料は、ワシらの血税から出ているんだぞ! このカジノのオーナーである、ワシの素性を疑うというのか!」


ジョゼはポケットからライターを取り出し、咥えたタバコに火をつけた。

そして煙を小男に向かって吐き出す。

苦しそうに咳をした彼の目に、通路の向こうから多数の警官が近づいてくるのが見えた。


「話は署で詳しく聞きましょう。ミスターポール、あなたに逮捕状が出ています」

「何ィ!」


絶叫するように短く叫び、小男は目を白黒させた。


「あなたには黙秘権があります。希望するのなら国選弁護人を招集することが……」

「な……何かの間違いだ! 空き巣に遭ったのはこのワシだぞ!」


近づいてきた警官に腕を捻り上げられ、後ろ手に手錠をかけられながら彼は叫んだ。


「ええ、その捜査は後でいたしますので」


メガネの位置を直し、ジョゼは言った。


「連れて行け。フリーク因子の感染確認をするんだ」


後ずさる警備員を押しのけ、警官達が暴れている小男を引きずるようにして連行し始める。


「貴様ァ! こんなことをして、世界連盟が……機械化人間同盟が黙っていると思うなよ! 返事をせんかァ!」

「…………」


喚いている小男を完全に無視し、ジョゼは大穴が空いた地下室にもう一度足を踏み入れた。

そして部屋の隅に転がっていた真珠を見つけ、指先でつまむ。

クンクン、とそのにおいを嗅いでから、彼はポケットから出した小さなビニール袋に真珠を落とした。


「貴金属の換金業者、輸入業者を全て当たってください。大至急に。汚染物質を確認しました」


淡々と周りの警官にそう言い、ジョゼは苛立ったようにタバコの煙を吐いた。



カジノの外は、報道記者やマスコミでごった返していた。

彼らを避けるように、裏口からの細い路地に黒塗りの警察車両が二台停車していた。

先の一台には、カジノオーナーのポールが乗せられているのか、中からくぐもった喚き声が聞こえる。

ジョゼは裏口から出ると、それを一瞥して後ろの車両に乗り込んだ。

運転席には警察署長のブルクがハンドルを握って待機していた。


「……しかし、よろしいのですか……?」


ブルクに震える声で言われ、ジョゼは何でもないことのように返した。


「インターポールより逮捕状が出ています。前々からこのカジノのオーナー、ポール・ランドリフ氏には脱税の容疑がかかっていました」

「機械化人間同盟の重鎮ですぞ」

「…………」


足を組んで後部座席で息をつき、ジョゼは淡々と言った。


「車を出してください」

「…………」


ブルクが息をついて無線で前の車両に発進の指示をする。

動き出した車の中で、ジョゼは懐から携帯端末を取り出し、画面を指先で操作し始めた。

しばらく走ったところで、不意にメール画面が赤く点滅し、端末が微振動を始める。

ジョゼはそれをいち早く察して大声を上げた。


「停車だ!」

「え……?」

「車を停めろ!」


彼がもう一度怒鳴った瞬間だった。

鉄骨で組まれた幅が短い橋を渡ろうとしていた先頭車両の前で、道が風船のように膨らんだ。

ブルクが息を呑んで慌ててブレーキを踏み込む。

急ブレーキがかかった車内で、ジョゼは座席に掴まりながら懐のハンドガンを抜き出した。

そして流れるように安全装置をスライドさせてコッキングし、まだ動いている車のドアを開いて道路に転がり出る。

道路を滑りながら車が停止した目の前で、先頭車両が、膨らんだ鉄骨が爆煙を上げて破裂したのに巻き込まれた。

炎と飛び散った道路の欠片、そして土煙と砂が舞い上がる。

それに煽られて、車から飛び降りた衝撃でゴロゴロと地面を転がりながら……ジョゼはハンドガンを上の方向に向けて構えた。

その両目がモーター音を立てて回転する。

そして彼は引き金を引いた。

遅れて爆煙に銃声が飲み込まれ、ジョゼは電柱に体をしたたかに打ちつけて歯を噛んだ。


「……クソ! やられた!」


砂まみれになりながら、ジョゼは毒づいて立ち上がった。

橋が途中から崩壊して燃え上がっていた。

先頭車両は、橋の下の採掘坑に落ちていったのか見ることが出来ない。

遅れて採掘坑の底から、車が爆発したのか、火柱が吹き上がった。



『失態ね、ジョゼ』


携帯端末の向こうから冷たく言葉を投げかけられ、ジョゼは忌々しそうに舌打ちをした。

警察署内は大騒ぎになっていた。

バタバタと警官達が走り回る中、設置された対策本部の室内を、ジョゼは苛立った様子を隠さずに歩き回っていた。

見た所外傷はない。


「……言い訳はしないよ、アンリ。先程採掘坑の奥から、黒焦げになった警察官三名と、ポール・ランドリフ氏の死体が運び出された」

『……起きてしまったことを嘆いても仕方がないわ。フリークのことは捉えたの?』

「視認はした」


そう言って、ジョゼは自分の右手の親指を左手で引っ張った。

カチリと音がして親指が外れ、中の端子があらわになる。

そこに携帯端末を接続すると、端末の画面に、彼が車を飛び降りた瞬間の映像……ジョゼの目で見た映像が再生された。

少し離れた建物の屋上に、背中を丸めた人影があった。

銃声がして、肩口に弾が着弾したのか、それがもんどり打って倒れる。

そこで映像が巻き戻され、人影が倒れる瞬間で停止した。

汚らしいコートを羽織った男の姿が見て取れた。


『確認したわ。今回の、旧式機械化人間を狙った通り魔事件と、爆発事件の犯人は、C145で間違いがないわね』


アンリと呼ばれた電話口の向こうの声がそう言う。

ジョゼは外した親指を右手に戻しながら答えた。


「おそらくポール氏のことを付け狙っていたのだろう。橋を爆破したのはフリーク能力だと思われる」

『成る程……警察署への匿名通報を盗聴されたのね』


アンリがフゥ、とため息をついて続けた。


『匿名通報の方は、公衆電話からだったわ。そこの座標を送るから、急いで周辺の調査に向かって頂戴』

「分かった」


通信を切って携帯をポケットにしまい、ジョゼは歩き出した。


「サビめ……私に気づいたな……」


吐き捨てるように呟き、彼は対策本部の扉に手をかけた。

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