涙の価値は part.2

指を動かす。

体中に鈍い痛みが走った。

もはやどこが痛いのかもわからない。

頭も痛いし、腕も痛いし、体も痛い。

お腹も痛い……。

暗くて、汚い独房に打ち捨てられた状態で、少女は体を緩慢に動かした。

ボロボロの毛布と、手洗いがある動物用の大きな檻だった。

ガサガサになった髪、落ち窪んだ目。

痩せこけた手足が、ボロ布のようになったワンピースから伸びている。

そして右足には、食い込むように鉄の輪がはまっていた。

肉に刺さるようにボルトで固定されていて、輪は壁から伸びた鎖に接続されている。

切れかけた電球が、ジジ……と天井で音を立てる。

少女は床に投げられている汚らしいパンを手に取ると、もぞもぞと体を動かして口に運んだ。

そしてそれを飲み込もうとして、ガシャアン!とけたたましい音を立てて檻がある部屋の扉が開き、怯えたように体を震わす。

後ずさって壁の方に身を寄せた少女の目に、小奇麗なスーツに体を包んだ、恰幅のいい男が入って来るのが見えた。

彼は乗馬用のムチを手にヒュンヒュンと鳴らしながら檻に近づいた。

そして勢いよく、威嚇するように鉄格子を叩く。

けたたましい音がして、少女は悲鳴を上げて怯えて体を小さく丸めた。

その様子を無機質な目で見つめ、彼は檻の中を見回した。

何も床にはないことを確認して舌打ちをする。

そして男は、乱暴に檻の扉を開けて中に入ってきた。

頭を抱えて震える少女が、恐れおののいた目で彼を見上げる。

男は、それを無表情に見下ろし、ムチを振り上げた。

そして、何度も何度も少女の体中にそれで打ち据え始めた。

最初は陰惨な悲鳴を上げていた少女だったが、やがて力尽きたかのように壁に寄りかかってうずくまったまま動かなくなってしまった。

そこでやっと男は手を止め、ムチを腰のホルダーに挿してから、少女の髪を粗雑に掴んで引き上げた。

カラカラカラカラカラ……と乾いた音を立てて、少女の目から何かが落ちてきた。

眼球から出てきた時は涙だったそれが、頬を伝って空気に触れた瞬間、ガラス玉のような球体に固まって床に転がる。

ヒク……ッと嗚咽を上げて歯を鳴らす少女の髪から手を離し、男はしゃがんで、床に転がったそれ……真珠の大粒を指先で摘んだ。

そしてニィ、と小さく笑い、手でそれをかき集めて懐から取り出した袋に入れる。

満足行く量が集まったのか、彼は立ち上がると、少女を一瞥もせずに檻の出口に向かった。

その過程で転がっていたパンを踏み潰したが、彼は気がついた素振りもなかった。

けたたましい音で檻と部屋の扉が閉まり、また部屋に静寂が訪れる。

少女は体中の激痛に耐えることが出来ずに、そのまま床に崩れ落ちて意識を失った。



「……へぇ」


どのくらい時間が経ったのかは分からなかった。

少女は小さな呟きを聞いて、緩慢に落ち窪んだ目を開いた。

久しぶりに聞いた自分以外の人間の声だった。

まだ激痛と疲労、そして空腹に頭がついてこず、彼女は小さく息をしながら視線を声がした方に向けた。


――檻の中に誰かがいた。


「ひ……」


怯えた声を出して、少女は後ずさった。

檻の扉が開いていた。

そして、その脇に灰色のマントコートを身に着けた背の高い人影が、腕を組んで鉄格子によりかかり、こちらを見ていた。

無言で震えている少女をまた見てから、赤茶けた髪をした彼……十代程の少年に見える、どこか擦れた目をした男の子は、また口を開いた。


「後生大事に何を隠してるのかと思ったら、フリークか」


呆れたようにそう言い、少年はフードを目深に被り直した。

彼が殴ってこないことを怪訝に思いながら、少女は何とか掠れた声を発した。


「も、もう……」

「…………」

「今日は、もう……出ません……」


ヒク、と恐怖で喉が鳴った。

少年はそれを聞いてしばらく考え込むと、しゃがみ込んで、檻のすみに転がっていた真珠を指でつまみ上げた。

そしてそれを手の平で転がしてしばらく確認する。


「ふーん……」


興味がなさそうにそう言って、彼は真珠を脇に投げ捨てた。

意味が分からず、憔悴した顔をこちらに向けている少女に対し、少年は言った。


「随分な目に遭ってるな」

「…………」


言われたことがよく分からなかったので、少女はおどおどしながら問い返した。


「あなたは……?」

「俺に名前はない。ヒトは俺を『サビ』と呼ぶ」


淡々とそれに返し、彼……「サビ」と名乗った少年は、大股に少女に近づいた。

そして静かな動作で彼女の前にしゃがみこむ。


「お前らダストナンバーズを処分するために旅をしてる」

「処分……?」


少女はそれを聞いて、少しの間呆然としていたが、やがてやつれきった顔で、フッ、と笑ってみせた。

サビはそれを見て怪訝そうに言った。


「……何が可笑しい?」

「やっと……殺してもらえる……」


心の底からの安堵の声だった。

少女は骨と皮ばかりの両手をサビに伸ばした。


「やっと死ねる……」

「…………」


それにサビが答えようとした時だった。

けたたましい足音と共に、短銃を構えた警備員達が部屋の中に雪崩こんできた。

そして列を作ってサビに向かって銃を構える。


「…………」


コートのポケットに手を入れて立ち上がったサビの目に、警備員達の後ろに、小奇麗なスーツを着た恰幅のいい男がいるのが写った。

彼は少年を見ると、醜悪な顔でツバを飛ばしながらがなりたてた。


「コソドロめ! 構わん! 捕まえて嬲り殺せ!」

「……旧式機械人間か。さすが大戦時の兵隊さんはやることがえげつないな」


無表情でそう言われ、スーツの小男が目を見開いて後ずさった。

その体の各部分からモーターの音がしている。


「何だ……? 誰だ貴様!」


怒鳴られて、少年は銃を向けられている状況を気にもしていないのか、無言でしゃがみ込むと、少女の足を拘束している鎖を手にとった。

そしてそれを握り込む。

金属の擦れて砕ける音がして、鎖が引きちぎれた。

無造作に彼は、痩せている少女を抱え上げた。

そして荷物のように肩に担ぐ。

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