NEZI

天寧霧佳

第1話 涙の価値は

涙の価値は part.1

その砂上都市は帝都と呼ばれていた。

幾重にも重なり合った隔壁に囲まれた、歪な街だった。

おびただしい数の煙突が並んでいて、砂漠を掘り進んでいる採掘坑からの白い水蒸気を絶え間なく排出している。

ゴゥン、ゴゥン、という採掘のドリル音が反響し、都市全体がまるでうめき声を上げているかのように見える。

二十四時間響くその音は、さながら砂漠の嘆きでもあった。



空が唸るような重低音の中で、居住区の路地裏、その一角に黄色いテープで封鎖された場所があった。

口にくしゃくしゃのタバコをくわえたスーツ姿の男が、周囲で動き回り現場検証を続ける警官達の中、ただ一人だけ停止して目の前の惨状を見つめていた。

ヒト……だったものが転がっている。

複数だ。

まるで水風船のように体の各部分が破裂して、周囲に内臓と血液を撒き散らしていた。

あたりには据えた生臭く、汚らしい臭いが充満している。

スーツ姿の男は、メガネを指先で直してから、ポケットから取り出したハンカチで口元を押さえた。

そして一歩後ずさる。

ジャリッ、という音がして、彼は地面に目をやった。

所々に赤茶けた物体が転がっているのが見える。

特にボロ雑巾になった死体群の周りは凄まじかった。

まるでトラックの荷台からぶちまけたかのように、長さ十センチ程のその「螺子」は転がっていた。

身を屈め、踏んだそれを指先でつまみ上げる。

メガネの奥の瞳を無機質に光らせながら、男はそれを見た。

丸ネジだった。

酷くサビていて、銅のように赤茶けてザラザラだ。

指先で擦ると、そのサビはボロボロと剥がれて地面に散っていった。


「…………」


スーツの男はハンカチで口を押さえながら、もう片方の手でポケットから小さなビニール袋を取り出した。

それにネジを入れ、ポケットに仕舞う。

三十代前半程の男だった。

線が細い顔は、どこか中性的な感触を見る者に与える。

そこで彼は、背後から警官の中でもリーダーの目印バッヂをつけている男が近づいてくるのを見て、ハンカチで口元を押さえるのを止めて彼に向き直った。


「お待たせしました。何せ、帝都にフリークが現れるのは久しぶりのことでしてな……」


五十代半ばほどの警官にそう言われ、スーツの男は胸ポケットから名刺入れを取り出した。

そして蓋を空け、中から真っ黒い紙に白い文字で印字されている名刺を取り出す。

軽く会釈してそれを差し出しながら、彼は言った。


「インターポールのジョゼです。私も今到着したところです。お気遣いなく」


警官は数瞬、その黒い名刺を引きつった顔で見ていたが、やがて意を決したかのように受け取り、入れ違いに自分の白い名刺を、ジョゼと名乗った男に渡した。


「ブルク・ブラウンです。こちらの駐屯基地の署長をやっております」

「お噂は、かねがね」


端的に受け答えをし、ジョゼはメガネの奥の瞳を死体群の方に向けた。

そして署長の名刺を名刺入れに入れてポケットに戻してから、くわえていたタバコをつまんで、フーッ、と息を吐く。

携帯灰皿にジョゼがタバコをしまったのを見てから、ブルクも黒い名刺をポケットに入れ、彼の脇に移動した。


「これは……どう判断したものか、私達には……」


口ごもった彼に、ジョゼは視線を向けずに淡々と言った。


「確認されているフリークは一匹ですか?」


問いかけられ、署長は頷いた。


「半日ほど前の、この周辺の監視カメラに捉えられた映像には、その……フリークらしき『モノ』が、こいつらを殺す様が録画されていました」

「後ほど確認させていただきますが、どうもおかしい」

「おかしいとは……?」


伺うように聞いた署長に、ジョゼは視線を向けて答えた。


「この『ネジ』は、私が知っているフリークのモノです」


ポケットから携帯端末を取り出し、指先で操作して電源をつける。

すると、ブゥン……と音がして空中に映像が映し出された。

そこには、目と口に拘束具が取り付けられ、両腕を捻り上げられるような角度で壁に固定されている……十代半ば程の、赤髪の少年の姿があった。


「B12号。我々はこいつを『サビ』と呼んでいます」

「サビ……? まさか……!」

「大監獄から姿を消して随分経ちますが、我々の追跡を逃れ続けているしたたかな奴です。しかし……」


ピッ、とジョゼは映像を消して、携帯端末をポケットにしまった。


「これはサビの殺し方ではない」



ぜぇ、ぜぇ……と苦しそうに息をしながら、少年は薄汚れた地下道を進んでいた。

壁に手を当てて体を支えようとするが、力が入らず、グラグラとよろめいている。

しばらく進んで、彼は暗い下水道の中、バシャ、と水たまりに崩れ落ちた。

そのままズルズルと壁に背を当てて座り込む。

――赤茶けた髪。

端正な顔立ちをしていたが、どこか擦れたような、淀んだ目をしている少年だった。

彼は苦しそうに息をしながらポケットに手を入れた。

そして中から小さな薬瓶を取り出し、蓋を空けてザラザラと中身を口に流し込む。

白い錠剤を頬張ってバリバリと噛み砕きながら、彼は額に浮いた汗を手で拭った。

小さく咳をしながら深く息をつく。

過呼吸のようになっていた荒い呼吸は収まり、彼は鈍い眼光を、地下道に向けた。

ゴウン、ゴウン、と音がしている。

頭上にマンホールらしきものがあるのを目にとめ、彼は非常灯の明かりを頼りに、はしごを登り始めた。

しばらく登って、マンホールに手をかける。

力を込めていると、ズズ……とそれが動いて人が通れるくらいの隙間が開いた。

少年は痩せている体をそこに滑り込ませた。

太陽の明るさに何度か目をしばたたかせ、路地裏の道路にしゃがみ込む。

薄汚れたマント型のコートを羽織っている。

それをたくし上げて口元を隠し、少年はフードを目深にかぶった。

そして立ち上がって、よろめきながら息をつく。

足でマンホールを元に戻してから、彼はコートのポケットに手をつっこみ、背中を丸めて歩き出した。

そして路地裏を出て、人混みの中に滑り込む。

炭鉱夫が大多数を占める下町だった。

薄汚れた服に、疲れた顔の男達。

体の大部分を機械に換装している人間もいる。

少年は、しばらくその下町の路地を歩くと、雑居ビルの地下に足を向けた。

そして薬屋の看板が出ている店に入る。

中には様々な薬草が陳列されていて、ショーケースの中にも異様な植物が雑多に置かれていた。

彼は、カウンターに立っている頭部がガマガエルのような機械となっている男に近づいた。

機械化人間だ。

少年はポケットから空になった薬瓶を取り出し、カウンターに置いた。

カエル頭の店主が、モーター音を立てて彼の方を向いた。


「バイアスピリンとハイジプレキサはあるかい? あとブドウ糖。近いものなら何でもいい」

「…………」


店主は無言で薬瓶を手に取ると、カメラを回転させながらそれを見た。

そして蓋を開け、中の臭いを嗅ぐような動作をする。


「……ブドウ糖ならあるがね。他のは聞いたことねぇな。兄さん、異国の旅行者かい?」


くぐもったノイズ混じりの声で問いかけられ、少年はカウンター前の椅子に腰を下ろして答えた。


「ああ。少し前にここに来てね。持病が再発して困ってんだ」

「最近は物騒だから検閲が強化されてると聞くが、よく入れたな」

「ツテがあってね」


フードの奥の目を店主に向け、少年は彼に問いかけた。


「……で? 他のはどう?」

「機械化の鎮静剤ならあるよ。ジェイダプキロン酸とアダマントタイム混合液の蒸留モノならな。それで良ければ出せる」

「いいよ。カネならある」


ポケットからゴムでとめられた札束を抜き出して、彼は無造作にカウンターに置いた。

店主がそれを手にとって、指先で一枚一枚確かめる。


「……しかし、数が足りねえな」

「カネか?」

「いや、そういう訳じゃねえ」


店主は札束を数え終わると、それを後ろのレジ機に突っ込んだ。

ガリガリガリと耳障りな音がして札束が吸い込まれていき、代わりに薄汚れたレシートが吐き出された。

それをカウンターに放って、店主は背後の薬が並んでいる棚を向いた。


「昨日、フリークが出たらしくてな」

「フリーク?」


問いかけた少年に、背中を向けて作業をしながら店主は続けた。


「ここ数年あいつらの気配はなかったんだが、物騒なもんだ。隣の区画は大騒ぎだ」

「へぇ」

「それで被害妄想に走った旧式機械化人間達が、鎮静剤を買い漁っていってな。在庫が残り少ねえってわけだ」


薬瓶に錠剤を詰めてから蓋をしてよく振り、店主はトン、とそれをカウンターに置いた。


「悪いがそれ以上は出せん。いつ急患が来るか分からんからな」

「…………」


少年は薬瓶を手にとって、半分程詰まっている錠剤を確認した。

そしてポケットに突っ込む。


「十分だよ。ありがとう」

「隣の区画には行かねぇ方が良いぞ。インターポールが来てるらしい」

「……へぇ」

「表向きで国際警察を装ってても、バンジバルが統制するフリーク狩りの過激派組織だって話じゃねぇか」


カエル頭の店主はまた背中を向けて戸棚を整理し始めた。


「フリークに同情するわけじゃねぇが、あいつらだって好きで異形になったわけじゃねぇからな。そのへんは機械化人間と同じよ。兄さんは……」


そこで振り返った店主の目に、少年が店を出ていくところが映った。

カラン、カラン、と扉のベルが鳴っていた。



人混みの中、少年は歩きながら薬瓶を振って、中の錠剤を数粒手の平に出した。

蓋を締めて、錠剤を口に放り込む。

そのまま飴のように舐めながら、彼はポケットから携帯端末を取り出した。

画面を指先で操作すると、薄汚れたそこに地図が表示される。

移動している赤い点は自分。

少し離れた場所に青い点がある。

顔をあげると、青い点が指し示している場所に巨大な建物があった。

炭鉱街にはミスマッチなきらびやかにネオンを輝かせるそれは、カジノだった。

やかましい音楽が、砂で汚れたスピーカーから断続的に流れている。


「成る程ね……」


立ち止まって離れた場所からカジノを見上げ、少年は小さく呟いた。


「骨が折れそうだ」



警察署内の一室で、リモコンを片手に監視カメラの映像を確認しながら、ジョゼはポケットからタバコの箱を取り出した。

そして一本を口にくわえてライターで火をつける。

小さなブラウン管型テレビには、ノイズ混じりの映像が停止されていた。

タバコの煙を吐き出し、彼は足を組んで椅子の背もたれに体を預けた。

そして天井を見上げて少し考え込む。

薄暗い部屋の中には彼しかいなかった。

ジョゼは携帯端末を取り出し、操作してから耳に当てた。


「私だ。今は大丈夫か?」


問いかけた先から、くぐもったノイズと共に女性の声が流れ出す。


『電波が悪いわね。大丈夫よ、用件は?』

「追っていたフリークを発見した。処分許可の有無を確認したい」

『何番?』

「百番台のC45だ。間違いないな」

『ちょっと待ってね』


何かを操作する音がして、しばらくして女性の声は続けた。


『デーモン型ね。既に執行判決は出ているわ。見つけ次第処分して』

「分かった。それと……」


ジョゼは指先でメガネを直し、言った。


「サビの痕跡を発見した。可能ならば拿捕を……」


電話口の向こうの女性が息を呑んで、少し考え込んでから答えた。


『ジョゼ。あなた、あのフリークへの個人的な恨みがあるのは分かるけど、執行許可は……』

「……分かっている。聞かなかったことにしてくれ」


フーッ、と息を吐いてから、ジョゼは立ち上がった。

そしてリモコンをテーブルに放り、メガネの奥の瞳を無機質に動かす。


「問題のフリークは、今日中に始末する」


カラカラと換気扇が回る音が部屋に響く。

ジョゼは携帯端末をポケットにしまい、着ていたスーツの内ポケットに手を入れた。

そして体に巻きつけているベルトのホルスターからハンドガンを取り出して、無表情で弾倉を確認する。

カシッ、と音を立ててそれを戻し、彼は出口の方に足を向けた。

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