第2話 夢の中の女の子
その後にいつものように洗顔すると、そのまま台所に向かう。朝食は昨日の内に買っておいたコンビニ弁当だ。それを冷蔵庫から取り出してレンジでチン。しっかり朝食――時間を確認したらちょうど正午だったので昼食と言うべきか――を堪能すると、後片付けを済ませ、またいつものように部屋に戻った。
「ふー、まんぷくぷー」
「ふふ、食事はとれたみたいね。良かったわん」
「……ああっ!」
モドキの言葉で僕はハッとする。全てはこいつの手のひらの上だったのだ。
しかし食事をとってそれ以上の気力もしっかり回復したのもまた事実だ。今度こそ奪われないようにしなくては。
「じゃあ私もいただきまーす」
モドキはそう言うと大きく口を開いて何かを吸い込み始めた。まさかコイツ、離れていても距離関係なく気力を摂取出来るのか! 僕は両腕を顔の前に重ねたり、頭の中をネガティブな想いで満たしたりして、何とかこの行為を止めれないかと悪あがきを試みる。
けれど、それらは何ひとつ効果を発揮しなかった。やる気を吸い取られ、急にめまいを覚えた僕はそのまま片付けてなかった布団の上にコントみたいにバタリと倒れ込む。
「うふふ、やっぱり食後はお昼寝の時間よねえ」
くそう。一体どうすればこいつを追っ払えるんだ。どうしてこの部屋に現れたのかのかも分からないままだし……どうして……どうして……。
(起きて! 起きて!)
「え? 誰?」
眠ったと思ったら突然起こされた。いや、ここはまだ夢の中だ。夢の中で起こされた。何だこれ。意味が分からないまま、夢の中で僕を起こしたその声の主を探す。その声は聞いた感じからだと若い女の子っぽいんだけど……。何回か顔を動かしていると、突然該当する少女が目の前に現れた。
いくら夢の中だからって、この予想もしていなかった方法で現れた少女の出現にびっくりした僕は、そのまま腰を抜かして後方に倒れ込んでしまう。
「私はリリム。アイツを追いかけていたの。逆にこの有様だけど」
「あいつ?」
「そう、アイツ、ペドロよ!」
「ペドロ?」
現れた謎の少女は矢継早に語りたい事を一方的にまくし立ててくる。順序立てて話して欲しいけど、夢の中の存在に話が通じるだろうか?
色々と考えがまとまらない中で、リリムと名乗る――昔のチープな特撮で出てきそうなセンスの服を着ている見た目中学生くらい――の少女は両手を腰に当てて、真面目な顔で僕を見つめる。
「あなたもやる気を食べられちゃったんでしょ?」
この一言にピンとくるものがあった僕は確認のために少女に尋ねる。
「えっと……ここ、僕の夢だよね?」
「夢は潜在意識で繋がってるの。詳しい説明は後回しでまずは聞いて!」
「はぁ……」
どうやら彼女は何か急いでいるらしい。それと、その話し方からみて僕の夢が作り出した架空の存在でもないようだ。
話の内容は正直ちゃんと理解出来たとは言えないけれど、この子――リリムもまたあのモドキと何かしらの関係のある人物と見て間違いなさそうだ。だとしたら味方……なのかな?
「アイツは人の思念エネルギーを食べるんだけど、その時に思念の影響を受けるの。そこがチャンスよ」
「何か手があるんですか?」
どう見ても年下の少女に敬語を使うのも微妙な気はするんだけど、アイツを倒す事が出来そうな存在にタメ口もないだろう。少しでも彼女の心証を良くしようと僕は最大限の敬意を払った。
「まずは私がアイツの体の中に入るの。それであなたはアイツに別の生き物になるように念じて」
「リリム……さんをアイツの体に入れるって?」
いきなり難易度の高いお願いをされて僕は困惑する。オウム返しをした事で事情を察したのだろう、リリムはその作戦を詳しく説明した。
「私の事はリリムでいいわ。今から私はあなたの心の中に常駐する。そうなれば次にペドロが食事をした時に自然に取り込まれるはずよ」
「そこで僕が何か別の動物になるように念じるんですね。それで、うまく行くんですか?」
「正直それはやってみないと分からない。でも勝算はあるよ! 絶対に成功させましょう!」
彼女は作戦を説明し終わると、右手を強く握ってドヤ顔でそれを見せつける。この言動でしっかり意気込みだけは伝わってきた。その勢いに押し流されて、僕はリリムの話すこの計画に乗る事にする。現状が打破出来るなら女の子の手だって借りてやるさ。
「まぁ……やるだけはやってみます」
「有難う。ご協力、感謝します!」
彼女はキリッとした顔を見せると僕に向かって敬礼する。それはまるで訓練された統率の取れた組織の関係者のようだ。多分この想像は遠からず当たっている気がする。軍関係者か、それとも警察関係者か、もしくは――。
作戦の話が済んだところで、僕はもっとこの事件の事について情報を集めようと口を開く。
「で、あの……。ペドロの事をもっと詳しく……」
気がつくと僕は目を覚ましてしまっていた。質問は最後まで出来たのか、それとも未遂で終わったのか、それすらも分からない。目覚めてすぐに目に飛び込んできたのはじいっと顔を覗き込むバクモドキ――ペドロの姿だった。
「あら? 意外とお早いお目覚めねぇ」
もう見慣れてしまったためにこの状況でも心は十分平静でいられた。人間、異常な環境でも慣れてしまえるんだよね。素晴らしい特性だよね。
と、言う訳で、僕は夢の中の彼女に聞けなかった事をここで補完しようと試みる。
「お前は何で俺の目の前に現れたんだよ」
「あら? やっと私に興味を持ってくれたのね。ペドロ嬉しい」
「いいから話してくれよ」
ついにこのモドキが自ら自分の事をペドロと口走る。その時点で図らずもさっきの夢の話が真実だと言う確証を得る事が出来た。
ペドロは僕の表情の変化に気付く事もなく、そのまま自分語りを続ける。
「私、逃げ出してきたのよ。向こうの世界の捜査官に追われてね」
「何をやらかしたんだよ」
「ほら、私って人のやる気を食べるじゃない? どうもそれが罪になるとかで。迷惑な話よねえ」
この会話で分かった事はあの夢に出てきた少女がどうやらその捜査官だろうと言う事。それとペドロが追われた理由。まぁ、迷惑な生き物だからそりゃ当然野放しには出来ないよなぁ。その癖、当のペドロ自身は全く罪悪感を抱いてはいないようだ。
そこで僕は常識ってやつをコイツに教示する。
「いや、普通に駄目だろそれは」
「何言ってんの! ちょっと人から気力を頂くだけよ? 別に殺す訳でもないし。とても罪とは言えないわよね。えへん」
やっぱりペドロにモラルの話は通じないようだ。ま、悪人に説教するだけ無駄だってヤツだな。
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