第74話 エピローグ

「ああ、無理だ…。働きたくねぇ…。『主席で卒業だ!』とか言って張り切ってた頃が懐かしいな…」


 俺は自分の机に突っ伏しながら呟く。

 時が過ぎるのは早いもので、酒々井との対決からもう3年が経過していた。

 そして、3年の月日が流れた今、俺はというと……


「おい、氷室。着任初日でその態度とは、いい度胸だなぁ。あ?」

「……いえ、違うんですよ、先生。今のセリフは滑舌を鍛えるのに効果絶大のセリフでして……」


 3年間聞き慣れた大井先生の声に振り返ることもできず、冷や汗をたらしながら必死に言い訳の言葉を探す。


「何が『先生』だ。お前も今日から先生だろうが」

「あぁ、そう言えばそうでしたね。ははは――ぐおっ!」


 振り返り様に乾いた笑いを披露して誤魔化そうとするも、右わき腹にボディーブローを喰らい、あえなく失敗に終わった。


 そう、酒々井との激闘から3年、そして卒業から1週間……。俺は今日から先生になっていた。

 ――しかも、大井先生の担任クラスの副担任として……。


 俺が卒業後、すぐにこの学校で教師になれと言われた時は『高卒で教師?』とか『教員免許とか持ってないんですけど?』とかいろいろ難癖をつけて断ろうとしていたのだが、そこは国内屈指の名門校、恋星高校恋愛学科。

特例中の特例というやつで在学中に教員免許を取得させられてしまった……。


 そして、配属初日の今日。

 来て早々、大井先生のクラスの副担任ということが初めて知らされ、絶望に打ちひしがれていたというわけである。


「こ、これがパワハラという奴か…」


 俺はボディーブローで痛めたわき腹を押さえながら抗議の視線を送るが……


「あ?何だって?」

「いえ、何でもありません!」


 条件反射的に頭を下げる俺…。

 難聴系ヤクザ風女教師によって軽く封殺されてしまった。


(あのクソ理事長…!!この人事には悪意しか感じねぇ!!)


 俺がそんな風に心の中で理事長への怒りを増幅させていると、


「はははっ、相変わらず君は面白いね、辰巳君」


 さらに怒りの源泉が湧いて出てきた。


「……何で事務員のお前が今日来てんだよ。今日教員だけが出勤のはずだろ?」


 俺はジト目で声をかけてきた男を睨みつける。

 葛西寛人。恋星高校で3年間同じクラスで今年度の数少ない卒業生の一人だ。

 普通は卒業したら有名企業の幹部候補や芸能人、政治家の秘書への就職や有名大学への進学などなどエリートコースへの進んでいく生徒がほとんどの中、この今も昔も人をイラつかせることに関しては右に出る者がいない程のウザさを持つ男は、自らの希望でこの恋星高校の事務員になった。

 本人曰く、『ここが一番退屈しなさそうだから』という理由でこの学校に就職を決めたらしい。


「相変わらず冷たいなぁ。別に出勤じゃなくても学校に来るのは自由だろ?いわゆる休日出勤ってやつさ」


 俺の睨み等全く気にも留めず、葛西は軽薄な口調で返してくる。

 ――3年前から全く変わらないやり取りだ。


「そりゃ仕事熱心で何よりだ。それじゃあ、そんな仕事大好きなお前にプレゼントを――ぐおっ!」

「何自分の仕事渡そうとしてんだ。あ?」


 先程引き継がされた仕事を葛西へと渡そうとするや否や、今度は左わき腹に蹴りが入れられた。


「い、いえ、これはワークシェアリングというやつで――すみません!調子に乗ってました!!」

「分かればいい。さっさと引き継ぎの続きやるぞ」

「……はい」


 いわゆる上司と部下のような関係になり、学生の時以上に容赦のない大井先生。

実に楽しそうだ……。


「ははっ、やっぱり辰巳君は飽きないね。――それよりも、“あのこと”栞ちゃんには言ったのかい?」


 葛西が言う“あのこと”というのが何をしているのかは一瞬で分かった。


「いや…まだ…」


 その質問を受け、思わず俺は目をそらす。


「え!そうなの!?駄目だよ、こういう話は早くしないと!栞ちゃんも待ってると思うよ?いやぁ、栞ちゃんが可哀想だなぁ」


 俺の反応を見て、葛西はニヤニヤし、目を輝かせながら、わざとらしさ全開で煽ってくる。


(こいつ!ウザさは相変わらずだな…!)


「知ってる?恋星高校を卒業したペアは早急に結婚しないといけないんだよ?ね、大井先生?」


 調子に乗った葛西は、放置されてご立腹の大井先生に話をふる。

急に話を振られ、葛西を睨みつける先生。


(調子に乗りすぎたな、怖いもの知らずめ!お前も大井先生のボディーブロー喰らっとけ!)


 俺は心の中で、ざまぁみろ、と笑う。

 しかし、


「ああ、そうだな。今日はもう帰っていいから早く行け。氷室、これ以上結婚が遅れるようなら校則違反として、鉄拳制裁のペナルティーがーー」

「はい、すぐにプロポーズしてきます!」


 ニヤリと笑い、拳をポキポキと鳴らす先生に、思わず了承してしまった…。


(こういう時だけ、悪のりするなよ、先生…)


 この女教師に逆らえない俺は、代わりに葛西を睨みつつ、矛先を変える。


「先生、それを言うならコイツだって結婚してないですよ!」

「やだなぁ、辰巳くん。僕は卒業式前日に別れたから結婚義務は無いんだよ。」

「チッ、そうだった…」


 そう。コイツはこの学校の、裏ルールを使い卒業後の結婚を回避していたのだ。


『8日以上ペアがいなければ退学』


 この校則には裏の意味もある。

『8日以上』…つまり、7日までならペアがいなくても退学にはならない。

 これを利用し、ほとんどの生徒は結婚回避のため、卒業式の一週間前から別れ、単身で卒業を迎えるらしい。

 道理でいろいろと問題にならないわけだ…。


「まぁ、僕もいつかプロポーズすることになるかもしれないから、その時は参考にさせてもらうよ」


 そう言ってからかい続ける葛西に、俺は我慢の限界を迎え…


「まぁ、お前が市川の親父さんを説得できるとは思えんがな」

「っ!?」


 反撃に出た。

 思わぬ反撃を受け顔をひきつらせる葛西に俺はニヤリと笑い返す。


「そもそも市川は次期社長だぞ?学校の事務員との結婚なんて認めてもらえるわけねぇだろ?」

「ははっ、痛いところをつくなぁ」

「お前こそ人のこと言ってないで、さっさと行動した方がいいんじゃないのか?ーーてすよね、先生?」


 俺は先ほどの仕返しと言わんばかりにニヤリと笑い、大井先生へとパスを送る。

 しかし、


「いいから、お前はさっさとプロポーズしに行け」

「えぇ!ここはさっきみたいに悪のりするところでしょ!?」


 先生のまさかの裏切りに思わず声が裏返る。


「あ?何が悪のりだって?どうやらもう一発私の拳を喰らいたいみたいだな?」

「すみません!すぐに行きます!!」


 再び拳を鳴らす先生に、俺は慌てて挨拶すると、一目散に教室を飛び出した。


「明日ちゃんと結果報告しろよ!」

「頑張ってねー、辰巳くん!!」


 背中に二人の声を聞きながら、


(まぁ、コイツらに言われなくても、元々今日プロポーズするつもりだったんだけどな…)


 苦笑混じりに待ち合わせ場所へと走った。


****


「お、おう…悪いな、時間早めちまって」

「いえいえ、たっくんからの呼び出しは最優先事項ですから!」


 呼び出してから数十分、少女は少し息を切らしながらも笑顔で走ってきた。


「ここ、小さい頃よく一緒に遊んだ公園ですよね?久し振りに来ました!」

「お、おう…そうだな」


 恐らくいい返事が返ってくるであろうことは分かっている。

 それでも、やはり緊張で声が上ずってしまう。


「う、おほん。――習志野、今日はお前に大事な話がある」

「!!はい!」


 俺は一つ咳払いをして、喉の調子を整えると改めて、相手の少女ーー習志野栞へと語りかける。

 習志野は習志野で、俺の様子と真剣な表情で何の話しをするか、おおよそ理解したようで…少し緊張した様子でこちらを見つめてくる。


「この話は本来なら卒業と同時にしなきゃいけなかった。遅くなってすまん。」

「い、いえ!そんな!!」


 頭を下げる俺を慌てて習志野は制止する。


 本来、卒業を迎えたペアは卒業式の日に男がプロポーズするのが、この学校の伝統らしい。

 まぁ、結果は決まっているから形式的なものなのだが…。


「だけど、俺はどうしても今日までは言いたくなかった」


 でも、俺はとうしてもその伝統通りにはしたくなかった。

 だから、俺は…


「今日は4月1日。つまり、俺達は今日から恋星高校の生徒じゃない。ーーだから、これからおれが言うことは恋星高校とは全く関係ない!」

「!!」


 ここまで言って、習志野は俺の意図を理解したらしい。

 そう。俺はどうしても『恋星高校の決まり』として結婚なんてしたくなかった。

 だから、あえてこの日をーー恋星高校の生徒じゃなくなるこの日を選んだ。


「習志野!」

「は、はい!」


 急に名前を呼ばれ、体をびくつかせる習志野。

 俺は一呼吸置き、そんな習志野を真っ直ぐ見据えて言う。


「俺と、結婚してくれ!」


 見つめ合う二人。

 二人の間に、沈黙が流れる。


(あれ…?結果って決まってるんじゃなかったっけ…?何でさっさと返事しねぇんだよ…)


「たっくん、返事をする前に一つ聞いてもいいですか?」

「お、おう!」


 俺が内心焦る中、ようやく習志野が口を開く。

 そこで、俺はあることに気付いた。


(もう、俺達は恋星高校の生徒じゃないってことは校則を守る必要もないわけで…もしかしてプロポーズ断られる可能性もあるんじゃ…?)


 さーっと一瞬にして血の気が引いていくのが分かった。

 そして、習志野が再び口を開く。


「たっくん…」

「お、おう!」


 緊張しながら、次の彼女の言葉を待つ。


「たっくんは私のこと好きですか?」

「??――ああ。だからこうやってプロポーズしてんだろ?」

「じゃあ、私に惚れてますか?」

「ああ、惚れてるよ!――あぁ、もう!さっきから何が聞きてぇんだよ!!さっさと返事してくれよ!」


 緊張感に耐えられなくなり、逆ギレのような形で習志野を問い詰める。


「ふふっ」


 そんな俺を見て小さく笑いをこぼす習志野。


「おい、何が可笑しいんだよ」

「いえ、すみません。いつも私がいじられてるので、今日は仕返しです。」


 ジト目で睨む俺にいたずらっぽい笑顔を向ける習志野。


「それと――私の勝ちですね、たっくん♪」

「――は?」

「忘れたんですか!?小さい頃、私、何度も言ってたじゃないですか!!ーー『絶対、たっくんを惚れさせてやる!』って」

「……そういえば、そんなこともあったような…」


 子供の頃、微かにそんなことを言われた記憶がある。

 そういえばこの公園でも言われてたな…。

 そして、段々と子供の頃の記憶が甦ってくる。


「ふふっ、私の勝ちですね♪」


 俺が昔のことを思い出していることに気付くと、得意気な笑顔を向けてくる習志野。


「ああ、俺の負けだよ」


 そんな習志野を見て、俺は苦笑混じりに負けを認める。


「で、さっきの返事は?」

「はい、勿論オッケーです!」


 満面の笑みで答える習志野。

 そんな習志野を俺はしっかりと抱き締める。

――勿論、内心、心底ほっと胸をなでおろしながら……。


「これからもよろしくな」

「はい、こちらこそ!」


 互いに笑い合い、改めてもう一度抱き合う俺と習志野……。


 つい先月、俺達は恋星高校を卒業した。

 だが、恋星高校を卒業しても、俺達の“ペア”は終わらない。

 名前を変え、これからもずっと続いていく。

 ――“氷室辰巳と氷室栞”という新たなペアとして…。

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恋愛サバイバル~卒業率3%の名門校~ 沖マリオ @tanki0514

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