第56話 氷室辰巳の選択~名門校の秘密~2

「葛西…市川…!!」

「やぁ、辰巳君」

「何言いたい放題言わせてるのよ!しっかりしなさい!…そんなんじゃ、調子狂うじゃない…」


 いつも通り軽い調子の葛西と少し頬を赤くしながらツンツンしている市川。

 二人の登場に、少しムッとした表情を浮かべる酒々井。


「なんだい、君達は?」

「いやぁ、ごめんごめん。君がこれでもかって程負けフラグ立てまくってるから、我慢できなくって。正直僕は、君なんかより辰巳君の方が全然面白いと思うけど。ね?凛ちゃん?」

「ね?じゃないわよ!笑ってたの、あんただけでしょ!?――まぁ、でも今回ばかりは葛西の意見に賛同せざるを得ないわね。負けフラグとかはどうでもいいけど、私は氷室君の味方よ」


 二人の登場で場の雰囲気は一変する。


「ポッと出のお前なんかが勝てる程この学校は甘くねぇんだよ!」

「そうだそうだ!!」

「氷室じゃなくても、俺が負かしてやるよ!!」


 市川と葛西の言葉に周囲の連中も呼応する。

 しかし、俺は知っている…。この男――酒々井 秀がみんなの思っている程甘い奴じゃないってことを……。


「はははっ!」


 いきなり笑いだした酒々井に、周囲は再度静まりかえる。


「いやぁ、無知って悲しいね。天地程の実力差があるのに、それを知らないばかりに、夢見がちな凡人共が勘違いして無駄にヤル気になっちゃうんだから。もう少し現実見ようよ。――どうせ僕の駒になるか、瞬殺されるしかこなせる役がないんだからさ」


 言った瞬間、酒々井の雰囲気が変わった。

 今までとは違う、迫力のある冷酷な目で周囲を睨みつける酒々井…。

 周りの生徒達はその圧力に押され、誰も言い返せない。


「やれやれ、ようやく実力差が理解できたか。ねぇ、君達、実力差が理解できたらさっさとこの場から消えてくれないかな。僕は氷室君とゆっくり話がしたいんだよ」


 再び酒々井が睨むと、ほとんどの周りの生徒達は足早にその場を去っていった。

 残ったのは俺と習志野、そして葛西と市川だけ。



「ふー。やっと邪魔者がいなくなったよ。――氷室君、君はこの中で唯一僕のことを良く知ってるんだから事前に彼らにも教えておいてくれよ.あいにく僕には――」

「僕も知ってるよ」


 しかしそんな中、満足気に語っている酒々井の言葉を遮り、前に出る人物が一人。


「葛西……」

「酒々井秀。君のことなら僕も十分に知ってると思うよ」


 葛西が自信あり気な表情を浮かべて酒々井の前に立った。


「…葛西寛人か」

「初対面なのに転校生に名前を覚えてもらってるなんて感激だよ。僕ってそんなに有名人だったかな?」

「嫌でも覚えるよ。君は『この中でなら』目立つ方だからね。所詮凡人に変わりないけど、凡人の中で見れば割と優秀に見える。――まぁ、そこの氷室君と同じような感じだね」

「そりゃどうも。君は『事前に調べた通り』頭のおかしい、イラつく奴だね」

「へぇー、ちなみに君はどこまで僕のことを調べたのかな?」


 酒々井が挑発するように問いかける。

 ――恐らく葛西ははったりをかけて酒々井を探ろうとしているのだろう。まぁ、十中八九、近いうちに戦うであろう敵だからな。

 まだこいつが転校してきて1日。葛西がこいつのことを知っているとは考えにくい…。知っているとしても名前とか前の学校とかそのレベルのことだろう。

そう、俺は葛西の行動を解釈するが…


「うーん、でも僕が調べたことは、ほとんどさっき君自身が言っちゃったしな。まぁ、君がどうやって辰巳君に勝ったかとかなら知ってるよ」

「ふーん。ホントかな?君が本当にそれを知ってるなら大したものだけど」

「ああ、本当だよ。――君は人心掌握がかなり上手いみたいだね」

「!!」


 酒々井が少し目を見開く。

 そして、驚いたのは酒々井だけじゃない。


「おい!ちょっと待て!!」

「なんだい?辰巳君。今良いところだからちょっと待ってて欲しいんだけど」

「お前、本当に調べたのか!?っていうかこんな短期間でそこまで酒々井のことを調べられるわけないだろ!!」


 驚く俺に、葛西はけろっとした様子で、


「いやいや、僕が調べてたのは彼じゃなくて、君の方だよ。辰巳君」

「…は?」

「前から言ってるだろ?僕は君にかなり興味があるって。僕は君に負けた時からずっと君のことをいろいろ調べてたんだよ。酒々井君のことはその過程で偶然知ったんだよ。――まぁ、それ以降は酒々井君のことも並行して調べてたけどね」

「なんで僕のことまで調べようと思ったんだい?」

「だって、君は辰巳君に勝った奴だし。それに面白い人間はたくさんいた方がいいだろ?――まぁ、残念ながら君には特に面白さは感じなかったけどね」

「フフ、まぁ、所詮凡人には理解できないだろうからね。――それで、君はその程度のことを知ってるからって、僕に勝てるとでも言いたいのかい?」

「うん、そうだね。さすがに僕一人では厳しそうだけど」

「一応助言しておいてあげるけど、僕には逆らわない方がいいと思うよ?――だって僕は――」

「それも知ってるよ。――この学校の特待生でしょ、君?」

「!!へぇー。良く調べたもんだ。――その通りだよ」


 葛西はニヤリと笑い、酒々井は驚き、目を見開く。


「おい、『特待生』って何だよ!」


 この学校に特待生があったなんて聞いたことがない。

 特待生ってのは、普通、特定のスポーツ等の一分野で秀でた奴を迎えるための制度だ。

 例えば、野球の名門校が中学時代に優秀な成績を残した選手を、学費免除とか学力試験免除とかの優遇措置で招き入れたりしているあれだ。

 確かに酒々井も優秀な奴だ。勉強もスポーツも何でもできる。いわゆる万能な天才って奴だ。

 しかし、ここは『恋愛学科』。そもそも恋愛における『優秀者』ってなんだ!?


「まぁ、知らないのも無理はない。『特待生制度』ってのは本来該当者以外知らされないものだからね」


 この場に残った全員が酒々井の言葉に聞き入る。


「そもそもこの学校の『主席で卒業したら何でも願いを叶える』って特典。これって半分出来レースなんだよね」

「「「「!!!!」」」」


 俺だけでなく、習志野や市川も衝撃の発言に目を見開く。

 葛西だけは既に知っているためか、特に動揺していない。

 酒々井はさらに説明を続ける。


「まず、入学前に学校側より男女二人の『特待生』が選出される。この二人ってのはいろいろな基準で順調な進路をたどれば大物になる人物を、学校が選定している。例えば十年に一度の逸材って言われるほどの野球選手とか、優秀で人望も厚い性格で、家も裕福な政治家志望とか…。あ、ちなみに僕も将来の政治家志望として特待生に選ばれたんだよ。凄いでしょ!」

「そんなことはどうでもいい!さっさと説明しろ」

「もう、せっかちだなぁ。――まぁ、ここからは単純な話だよ。学校側はこの特待生を首席で卒業させるために他の生徒にバレない範囲でサポートする。そして、卒業後は特待生の将来のために全面バックアップし、無事に大物に生み出す。――学校としても毎年、大物になる人物を輩出できれば宣伝効果になるからね。『恋愛』っていう課題の基準は曖昧だからね。適当な理由をつけて特待生が得意な選考を優先させたりするのに都合がいいんだよ。――あっ、嘘だと思うなら後で先生に確認してみるといいよ。僕の名前を出せば、正直に答えてくれるだろうからさ」


 こいつの話がでたらめだと思いたいが、生憎、酒々井の口ぶりや表情からはとても嘘をついているようには見えない。

――そもそもこいつはいろいろと絡めては使うが嘘はほとんど吐かないってことは、俺が一番わかってる…。

 しかし…こいつの話が本当だとしたらどうしても納得いかない部分もある


「何で学校がそんな回りくどいことをする必要がある?大物候補を輩出しだいだけなら卒業者を無闇に減らしたりするシステムを取る必要もないだろ」

「まぁ、いろいろあるだろうけど、一番は『ブランド』のためだろうね」

「『ブランド』だと?」

「そうそう。だって大物を輩出している学校なんてたくさんあるだろ?――だけど、この学校より卒業が困難なところはない」

「!!」


 なるほどな。確かにただ大物を輩出するだけなら、他の有名進学校で十分だ。しかも他の有名校の方が歴史がある。

 しかし、卒業率3%と呼ばれるこの学校より卒業が難しい学校なんてない。

 まさに唯一無二の名門校だ。

 しかも…


「それに、特待生じゃなくても、卒業率3%の難関を突破する奴だ。卒業生はそれなりに優秀な人材ばかり。そんな奴らは学校のバックアップがなくても勝手に社会で活躍してくれる。――恋星高校=優秀っていう『ブランド』の出来上がりってわけだね」


 なるほど。よくできた仕組みだ。

 だが、完璧な仕組みじゃない。少なくとも、『特待生』側にとっては…。


「ちなみに、これだけば調べても分からなかったんだけど――万が一僕ら『一般生』が君達『特待生』に勝っちゃったらどうなるんだい?」


 葛西が問いかける。

 そう。いくら学校側のバックアップがあるとは言っても、あからさまなことはできない。いやする必要がない。

 つまり、可能性としてはかなり低いが、『特待生』が主席で卒業できないってこともあるのだ。


「別に何も特別なことはないよ。普通に『一般生』が主席で卒業して特典がもらえるってだけだよ。――だから最初に言っただろ?『半分は』出来レースだって」


 それはそうだろう。バックアップを受けた『特待生』に勝つ奴だ。学校側としたら、そいつが主席だろうと全く問題ないのだ。

 この学校の仕組みについては理解できた。

 ――しかし、俺が最も気になっているのは別にある。


「とりあえず、この学校についてはよく分かった。――それで、俺に何の用だ?何でこんなことを俺達に話す必要がある?」


 話が進んでいく度に、何か嫌な予感がして自然と聞くことを避けていた質問…。それを、意を決して問いかける。


「ああ、そうだ!余談が長すぎて、本題に入るの忘れてたよ。氷室君、今までの話を踏まえた上で頼みがあるんだけど――習志野さんを僕に渡してくれないかい?」

「なっ!?」


 そして、嫌な予感は的中する…。

 ふと隣を見ると、既に酒々井が言おうとしていることが分かっていたのか、習志野は驚いた様子はなく、ただ唇を噛み締め俯いていた。


「……何でお前に習志野を渡さなきゃいけねぇんだよ。別にペアなら他にいくらでもいるだろうが」

「嫌だなぁ。君だってもう薄々感づいてるだろ?僕のパートナーは習志野さんしかダメなんだよ。だって――」

「ちょっと待ってください!!それ以上は――」


 酒々井の言葉を慌てて止めようと叫ぶ習志野。

 しかし、その抵抗は意味をなさず……


「――だって、習志野さんも今年の『特待生』なんだから」


 酒々井の言葉は俺の耳に入ってきて、大きな衝撃を残していった…。

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