第55話 氷室辰巳の選択~名門校の秘密~1

「いやぁ、久し振りだねー!ちゃんと話すのは中二以来かな?」


 気付けば俺達は大勢の人だかりの中心にいた。

 そして、この人だかりの原因である話題の転校生、酒々井しすい秀しゅうは馴れ馴れしく、嫌味ったらしく、無駄にハイテンションで話しかけてくる。

 分類としては葛西に似ているのだろうが、こいつのウザさははっきり言ってあの葛西寛人を凌駕している。


「どうしたの?そんなに怖い顔して。――あ、そうか!もしかしてまだあの時のこと逆恨みしてるの?嫌だなぁ。あれは君が身の程知らずにも僕に挑んできたから、僕が徹底的に打ちのめしてやっただけじゃないか。凡人の分際で調子に乗って、逆に返り討ちに遭うっていう恥ずかしい思いをしたからって僕に当たるのは良くないよ。さすがにそれは理不尽じゃ――」

「黙れ!」


 マシンガンの如くペラペラと喋り続ける酒々井の言葉を強制的に黙らせる。

 周りの連中は酒々井の言葉を受け、ざわつきだす。

 この反応も当然か…。仮にも俺はまだ、この学校で負けなし。生徒ポイントは学年でも上位のはず。――そんな奴でも勝てなかった奴が目の前にいるのだから。


『こいつの話は本当なのか?』

『さすがこの学校には珍しい転校生なだけはある』

『主席の本命に違いない』


 そんな声が周囲から聞こえてくる。

 酒々井はそんな反応を感じて、さらに調子づく。


「ああ、怖い怖い。すぐ凡人はすぐ被害者面して僕みたいな天才を悪者扱いしようとするんだから。いやいや、ホントに理不尽極まりないよ。出る杭は打たれるってこういうことを言うんだろうね」


 酒々井は全く笑顔を崩すことなく、ヘラヘラと挑発し続ける。


「…黙れって言ってんだろ!」


 そして、遂に我慢の限界に達した俺は、大声で怒鳴り鋭く睨みつけた。

 今回は平静を保とうと思っていたが、こいつを相手にすると、ついつい怒りの感情が湧きあがってしまう。

 しかし、そんな俺に対しても酒々井は動じない。


「どうしたの?一体さっきから何をそんなにおこってるのさ。――あぁ、そうか!そう言えば君はここではトップの成績ってことになってるんだよね。ごめんごめん!ちょっと昔の思い出を語り合うつもりが、君の化けの皮剥いじゃったよ!」


 それどころか、わざとらしい笑い声まで上げて軽口をたたき続ける。


「いやいや、それにしても――」

「いい加減にしてください!!」


 さらに挑発し続けようとする酒々井の言葉は、俺の隣にいる少女によって遮られた。


「あなたとたっくんの間に何があったのかは知りませんが、これ以上、たっくんを悪く言うのは止めてください!」

「習志野…」


 習志野は酒々井の目をまっすぐ見据え、いつもとは違う強い口調で訴える。

 習志野の乱入により、場は再びざわつきだす。


 しかし、「ふーん」と酒々井は意味ありげな笑みを習志野に向けると、


「ははっ、誰かと思えば特に何もしてないのに氷室君のおかげで勝ち続けてるって噂の習志野さんじゃないか!このまま卒業できたら、ある意味玉の輿みたいだよね!いやぁ、羨ましいなぁ!!まぁ、でも女の子はそれくらいが可愛いもんね」


酒々井の口撃が、習志野にまで飛び火する。


「べ、別に私はそんなつもりじゃ…」

「そんなつもりじゃなくても実際そうなってるんだから凄いよね!ぶっちゃけ楽だよね!だって何もしなくても、そこにいる奴が勝手に頑張っちゃうんだもん。それなのに、一丁前に『私も頑張ってます』みたいな感じ出せるってホント凄いよ!一体どんな神経してるんだろう。でも大丈夫!僕はそんな君でも気にしないから!」

「そんなの、私だって…私は、ただ…」

「いい加減にしろ!」


 遂には泣き出しそうになる習志野を目の当たりにし、つい再び大声が出てしまった。


「用があるのは俺だろ!俺のパートナーにまでちょっかい出してんじゃねぇ」


 俺の言葉に周囲の連中の中にも「そうだそうだ!」「俺達の栞ちゃんを泣かせるな!」と賛同する声を上げる奴もちらほら。

 恐らく習志野のファンクラブとかだろう。っていうか、俺の時にも誰か庇ってくれよ…


「いやいや、別に君にも用はないんだけど。すぐにそうやって自分中心に考えようとするんだから。ちょっと自意識過剰なんじゃない?ホント凡人で自意識過剰とか勘弁してほしいよ。――まぁ、でもここにいる連中なんて、どうせみんな凡人で自己中ばっかりなんだし、氷室君にだけ言っても仕方ないか!」

「「「!!!」」」


 そう言って、再び酒々井は一人高笑いする。

 逆に、周りの連中は鋭く酒々井を睨みつけ、場は一触即発ムード。

 そんな雰囲気の中、


「はははっ!」


 後の方から急に笑い声が聞こえてきた。


「ちょっと!何急に笑い出してんのよ!一緒にいる私までおかしな奴だと思われちゃうじゃない!!」


 人混みが割れ、その笑い声の主は、もう一つ聞き慣れた声の主と共に目の前に現れた。


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