第42話 決着

「うおぉー!!やっぱり氷室と習志野さんだ!!」

「やっぱり氷室達の方が一枚上だったな」

「氷室君、おめでとう!」

「習志野さん!!」


 周りで見ていた生徒達からは勝者への歓声が上がっているようだが、茫然と立ち尽くす僕にとってはやけに遠くに感じた……。


「一体何が起きたんだ……?」


 あまりのショックにふらつきながらも、机に歩み寄り、もう一度互いが出したテストを確認する。


東海誠一郎 71点

習志野栞  72点


「習志野さんが……72点……だと……?」


 ――こんなことあり得るわけがない!ただでさえ頭の悪い彼女だ。ましてや勉強していないんだぞ!?


「やりました!やりましたよ、たっくん!!」

「ったく…。ギリギリじゃねぇかよ…。ホント心臓に悪い…」


 目の前では勝利にはしゃぐ習志野さんと、勝利に胸を撫で下ろす氷室の姿。

 その姿を目にし、僕は俯き、奥歯を噛みしめる。


「…さまだ」

「あ?」


僕の絞り出すような呟きに氷室達が反応し、こっちを見やる。


「こんなの、イカサマに決まってる!!習志野さんが70点なんてあり得ない!!どうせカンニングでもしたに違いない!!」


 気付けば、目を見開き叫んでいた。


 しかし……


「おいおい、言いがかりは見苦しいぞ。それに――どっちかというと、お前らだろ?イカサマしてのは」

「!!」


 氷室が放つ全てを見透かしたような視線にゾクリとさせられた…。


「……どういう……意味だ?」

「気付いてたに決まってんだろ?お前らが習志野を邪魔してたことくらい。」

「!?うそ……だろ……?いつから……?」

「そんなの最初からに決まってんだろ?大して仲良くもない連中が急に俺らにすり寄ってきて、俺達の力になりたいから習志野に勉強を教えるって?こんなに嘘臭い話聞かされて警戒しない方がおかしいだろ?」

「……」

「まぁ、その場で阻止しても良かったんだが、折角だから逆に利用させてもらうことにしたよ。――お前が買収したクラスメート達を逆に俺達が買収してな」

「!?ど、どういうことだ!?」


 氷室の言葉に驚き、僕らに協力しているはずのクラスメート達を見渡す。

 すると、そのほとんど全員が申し訳なさそうに目を背けて何も言わない。


「まぁ、そういうことだ。俺らはお前らが一回買収して油断してるうちにこいつらを再度買収したってだけだ」


 ――僕が、こいつらに裏切られた……?


「クソッ!まさか、こいつらに裏切られたせいで負けるなんて…!!」

「いやいや、確かにこいつらはお前らを裏切ったが、別に俺達に積極的に協力したわけじゃないぞ?」

「……どういう意味だ?」

「そのままだよ。俺がこいつらに出した指示は単純だ。ただ『東海達にバレないように習志野の邪魔を止めろ。』って言っただけだ」

「!?」

「こいつらはただ、習志野の周りで雑談していただけ。その間、習志野は俺が指示したとおりに勉強をこなしてた。ただそれだけだ」

「で、でも、それだけで習志野さんが高得点を獲れたはずがない!」


 ――そう。いくら氷室の指示通り勉強していたといっても、常に雑談している奴らに囲まれながら勉強したところで集中できるはずがない。それに、そもそも指示通り勉強しただけで高得点が獲れる程、習志野さんは頭がいいわけじゃないんだ。


「まぁ、確かにこいつは頭が悪い。だけど――さすがに2教科だけに絞って、さらに家では俺が直接教えれば、あれくらいの点数は十分可能だ」


 そう言って、氷室は今回手札として使っていなかった分も含めて習志野さんの全教科のテストを見せつける。


「ちょ、ちょっと、たっくん!!」


 それを恥ずかしさで頬を赤くした習志野さんが必死に隠そうとするが、全く効果はなく、点数は丸見えだ。


日本史 58点

英語 71点

国語 46点

数学 34点

理科 28点

世界史 27点


 手札以外のテストも全滅。赤点も二つ含まれている…。


「俺は習志野に英語と日本史だけ教え、それ以外は放置した。どうせ何科目も教えても中途半端になるしな。だけど、まさか俺が教えてうちの一教科で58点叩き出すなんて思わなかったけどな」

「い、いいじゃないですか!無事勝ったんですから…」

「まぁ、この生徒端末のおかげで過去のお前らの点数は分かるし、各々の手札枚数と出されたテストの点数から、最低点の大体の予測は立てられるしな。おかげでなんとか助かったわ…」


 ――それで勝負の間、頻繁に生徒端末をいじってたのか……。

 それにしても、彼らの作戦……習志野さんには科目を絞って勉強させて確実に勝てる手札を作らせる。そして、自分はその手札を活かせるシチュエーションを作るためにさらにリスクだらけのギャンブルに出るなんて……。


「正気か?そんな作戦穴だらけだし、勝てる保証なんてどこにもないじゃないか!特に手札の切り方なんて一回間違えれば取り返しがつかない可能性が高い。君達は退学がかかった勝負でそんな博打みたいな作戦をやっていたのか…?」

「あ?当たり前だろ?お前が考えたルールじゃあ、どう考えてもこの方法でしか勝てそうになかったし。それに――勝つためにリスクも負えない奴が勝てるほど、世の中甘くねぇよ」

「!!」


 氷室の言葉によって、ようやく自分のミスに気付き、負けを認めざるを得なかった…。

 ――これが僕と彼の差か…。

 思えば、僕はこの勝負の間、安全パイばかり考えてリスクを負うことなんて一切考えていなかったじゃないか…。


「他の奴ら使って妨害するにしても、俺達にバレるのを恐れて自分達で様子を窺おうとはせず、さらに手札の切り方だって安全第一のオーソドックスな切り方しかしない。――そんなんじゃ、駆け引きに勝てるわけねぇよ」


 氷室は冷淡な声色でさらに続ける。


「そもそも、正直言ってお前と俺じゃあ、駆け引きのレベルが違う。それなのに、お前は中途半端な正義を振りかざして、大した準備もせずに勝負を挑んで、案の定負けた。――お前は敵との力の差も計れない上に、中途半端な正義感、中途半端な覚悟、そして中途半端な実力しか持ち合わせてない偽善者にすぎねぇんだよ。」

「……」

「――そして俺はお前みたいな奴が大っ嫌いだ。……まるで昔の自分自身を見ているようでな…」

「……」


最後は声が小さく上手く聞き取れなかったが、言い終えた氷室は、苦い表情を浮かべていた。


「それで、どうする?」

「は?」


そんな彼を見ていると、不意に氷室が問いかけてきた。


「正直、俺はお前らが退学しようがしまいがどっちでもいい。どうせ大した脅威にはなりそうもないし。――今回に限って、引き分けにして見逃してやらんこともないが……どうする?」


 数秒後、ようやく氷室の言っていることを理解できた。

 ――どうやら彼は僕達を見逃そうとしているらしい……。

 僕達の負けは事実上決定している以上、氷室の提案に乗ることが、僕達がこの学校に残留できる唯一の道だ。

 しかし……


「…せっかくの提案だけど…辞退させてもらうよ」


 ――僕にだってプライドはある。あんな大見栄を切って仕掛け、自分達が圧倒的に有利な勝負内容で完敗したんだ。けじめはつけないと……。

 でも……

僕は、隣にいるパートナーの方に視線を向け……


「だけど、できれば彼女だけは見逃してほしい。今回の勝負は完全に僕の我儘でやったものだ。浮島さんは関係ない」


 いつも通りの無表情……とは少し違い、少し悲しそうな顔をしている浮島さんに笑いかけながら言った。


「わかっ――」

「じゃあ、私もその提案を辞退する」


 浮島さんは、氷室の言葉を遮り、意を決したように、真剣な目で首を横に振った。


「う、浮島さん!?」

「私は、さっきの勝負で『なにがあってもあなたを信じてついていく』って言った。だから、あなたが退学するなら私も別の学校に行く」

「で、でも――」

「駆け引きは弱いかもしれない。全てにおいて中途半端かもしれない。――でも、私はあなたの強さも優しさも知ってる。――だから、あなたは自分を信じて進めばいい。中途半端な部分は私が補う」

「浮島さん…」


 ――やれやれ。まさかいつも無表情の浮島さんに逆に励まされるとは……。


「葛西君、早く5回戦をはじめてくれ」

「いいのかい?負けたら退学だよ?」

「ああ」


 僕は嬉しさで泣きそうになるのを必死で押さえながら、審判にゲーム続行を進言した。


「まぁ、本人達がそれでいいならいいか」


 引き分けを提案してきた氷室はあきれ顔だ。


「それじゃあ、5回戦!――互いに、オープン!」


 習志野さんと浮島さんがそれぞれ最後の1枚のテストを表向きに出す。

結果は予想通り……


浮島恵 80点

氷室辰巳 96点


「5回戦!96対80で氷室・習志野組の勝利!――そして、通算でも3対2で氷室・習志野組の勝利!!」


 審判による勝利宣言が行なわれ、教室が歓声に包まれる。


「氷室君と習志野さんの勝ちだ!」

「こいつら強過ぎだろ…」

「氷室君だけは敵に回さないようにしよう…」

「どっちもよく頑張った!!」


 どうやら僕らの健闘を称えてくれている声もあるらしい。

 教室に響く拍手はその後しばらく続いた。


「僕らの完敗だ…」


 僕は小さく呟く。

 次第に負けたことを体が再認識したのか、悔しさがこみ上げてくる。

 これで、この学校ともお別れだ。

 でも、不思議と絶望感は無かった。

 なぜなら……隣に新たな希望がいてくれるから……。

 ――僕はそっと彼女の手を握った……。


※※※※


 無事、東海達との勝負に勝利した俺達は、今日限りでこの学校から去る東海と浮島の見送りをしていた。


「ふん、君達の見送りなんて必要ないんだが?」


 東海は相変わらず悪態をついて、喧嘩腰だ。

 ――いや、俺も正直、こいつらの見送りなんて興味ないんだが……。


「じゃあ、イチイチ俺達の部屋に来ずに、さっさと行けよ…」


 そう。別に俺達が見送りに赴いているわけじゃない…。こいつらが勝手に見送られに来ているだけなのだ。


「黙れ!…やはり他人を蹴落として自分達が生き残ろうとするお前のやり方には賛同できない」

「別に。お前に理解されなくても――」

「だが!お前のすごさは身をもって体験したし、その真剣さも多少は理解できた。だからこそ!僕は別の学校で自分を磨き、いつかお前に僕の正しさを認めさせてやる!覚えてろよ!!」


 それだけ一気に言い終えると、東海は踵を返し、


「行こう、浮島さん」

「……」


 浮島の手をとった。彼女も無表情ながら、どこか満更でもないような感じで手を握り返すと、二人で寮に背を向け、歩いて行った。


「う~ん…。これなら退学になるのもありかもしれません…」


 二人の後ろ姿を見送りながら、習志野がそんなことを呟く。


「まぁ、退学したらお前と会うことはもうないだろうけどな」

「じょ、冗談に決まってるじゃないですか!!」

「じゃあ、退学しないように頑張れよ」


 軽い冗談で言ったことに本気で涙目になる純粋なパートナーに自然と笑いがこみ上げてきたせいで、ふっと笑ってしまった。


「もう!からかわないでくださいよ~!…たっくんのいじわる…」


 習志野は俺のにやついた顔を見て、冗談だと気付き、不満気に頬を膨らませる。

 そして、そんな子供のような習志野を見て、つい噴き出してしまう。

 ――あいつらみたいのとは少し違うが……まぁ、こいつと一緒にいるのも悪くはないんだよな…。

 気づけばそんなことを思いながら、習志野の横顔をチラっと見つつ、遠ざかっていく東海誠一郎と浮島恵を見送った…。

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