紅茶のおともにスコーンを

 さて、国立星港大学でも大学祭が始まった。大学祭は金土日の3日間に亘って行われる行事で、人が多いのは土日になるだろうか。今日は金曜日だからか歩いているのも内部の人間の方が多いように見受けられる。

 オレたち岡本ゼミはカレーのブースを出展している。それというのも、高井の阿呆が1人で突っ走ってゼミでブースを出すなどと言いやがったのだ。やりたければお前ひとりでやれと全員抵抗したが、気付けばカレーの試作や店番などについていて、十分巻き込まれている。

 巻き込まれと言えば、オレは明日……土曜日の夜に行われる中夜祭でライブをやることになっている。春山さんの気紛れでバンドに加入させられたのだ。それも抵抗したものの、向こう3ヶ月のシフトをA番オンリーにすると言われれば、折れざるを得ず。


「しかし、思うより売れんな」

「きっと、時間帯の問題……カレーは、食事の部類に入る……」

「昼食時になれば売り上げも伸びて忙しくなるのではないか、と言いたいワケだな」


 北辰のジャガイモがたっぷり使われているということを売りにしたカレーだが、なかなか聞いていたようには売れていなかった。高井は学祭の模擬店なんて忙しくて忙しくて目が回るんだから、というような風に熱弁していたが。

 オレは美奈と一緒に店番をしているが(オレ単独だと愛想が悪すぎて商売にならんとは石川談)、愛想が必要な状況にはなかなかならんものだ。このままだと、石川と高井が追加のカレーを持って来る意味がなくなる。まあ、別に構わんが。


「……もうすぐ、休憩になるけれど……」

「オレはセンターに籠って飯を食うことにしよう」

「情報センター、開いてるの…?」

「平日だからな。ちなみに明日も短縮ではあるが開放されている。とは言え人など滅多に来ん。避難場所に出来てちょうどいい」

「……センターに行くなら、これを……」

「この包みは?」

「スコーン……今朝作ったんだけど……」

「そうか。ありがたくいただこう」


 如何せん大学祭だけあって人が多い。避難場所であれば情報センターの他にもゼミ室があるが、ゼミ室では現在石川と高井がカレーを作っている。そんなところに休憩あるいは避難と言って突入しようものなら面倒なことになるに違いない。


「うーい、リン様よォー。カレーくれよ」

「林原さーん、カレーくださーい」


 ――とか何とかやっていると、柄シャツの畜生と川北がやって来た。ちなみに現在シフトに入っているのがこの2人だ。烏丸は友人の大学の大学祭に出かけていると言うし、土田は知らん。オレは見ての通りの店番中だ。


「冷やかしか」

「いや、米が食べたいんだ。模擬店はスイーツだのスナックだの、飯時にはなかなかな。焼きそばって気分でもなかったし」

「300円だ」

「金取るのかよ!」

「当たり前だろう。と言うか、センターを空にして良かったんですか」

「冴がいるからへーきへーき」

「土田のヤツ、いたんですか」

「避難してきたんだと。すぐ戻るし留守番させてんだ」


 春山さんと川北、それからオレ自身のカレーをよそい、テイクアウト仕様に包む。テイクアウト対応をしていて良かったと感じたのは今この瞬間だ。持ち運びがしやすいことで、センターへの運搬もさほど苦ではない。


「林原さん、カレーにゴロゴロ入ってるこのジャガイモってもしかして」

「北辰のジャガイモだな。想像の通りでいい」

「リンてめえ、こんなモンでノルマ消費しやがって」

「オレ1人で食う必要はないと言ったのはアンタでしょう」


 と言うか、ジャガイモがあるならカレーやろうぜと言ってあれよあれよと話を進めたのが高井だ。すべては高井が悪い。


「ああ、美奈、この柄シャツがバイトリーダーの畜生だ。これが芋を大量に押し付けて来る」

「へえ~、お前のゼミってバリバリの理系だろ? こんなねーちゃんもいるんだな」

「まあ、女子は珍しいですね」

「……バイトリーダーということは、リンのバンドの、ベースの人……」

「何だ、聞いてんのか。案外お喋りだな、リン様よ。ま、アレだ。後夜祭、冷やかしでも何でもいいから見に来てよ。面白いのブチかますし」

「そのために、バイトは休みました……」

「何だよぉー、話が分かる美人じゃねーか! リンにはもったいねーなァ!」

「良ければ、スコーンを……」

「おっ、いいねぇ~、コーヒーのおとも! サンキュー!」


 美奈からスコーンをもらった春山さんは揚々と校舎の中へと消えて行った。そして、その後ろを川北が「待ってくださいよー」と追っていく。まさか本当に昼食を確保するためだけに来たのか。まあ、イベントはガッツリ参加するより遠巻きに見たい派の多いセンターではある。


「……胃薬カレーであるということは、言わなくて問題なかった…?」

「あの人は胃がよくない。食ったところで問題なかろう」

「リン、そろそろ休憩、入る…?」

「ああ、そろそろ12時か。石川と高井が来るならオレは一足先に休憩に入らせてもらおう」


 自分の昼食とミルクティーのおともを手に提げ、一際静かな校舎の中へ。5階の窓から人がごった返すこの空間を見下ろしながら優雅に飯を食おう。

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