駆け抜ける秋の足音

 サークルが終わって、今日はみんなでご飯を食べに行くことも装飾の作業をすることもなく直帰。部屋に戻って荷物を置いて、これから必要な道具をカバンに詰めていく。それらが済んだら、服と髪型を変えてまた外に。ちょうど約束していた時間だ。階段の踊り場から下を見下ろせば、白いビッグスクーター。


「よう」

「ん」


 夏合宿を除けば7月以来になるだろうか。今日は高崎と会う約束をしていた。ご飯でも食べながらちょっと話しますか、くらいの感じで。受け取ったヘルメットをかぶり、ビッグスクーターの後ろに乗らせてもらう。


「え、すごい。ヘルメットにマイクなんかついてたっけ」

「ああ、ちょっと前に導入した。伊東と走る時は意思疎通が出来ねえとアイツは勝手にどこでも行って迷うからな」

「でも、自分のにも同乗者用にもつけてるんだな」

「伊東がよく彼女を後ろに乗せてんだけど、パッセ用のインカムがあると便利だっつってて教えてもらった。機材周りのことはマジで頼れる。それじゃ行くか」

「おー」


 それから少し行ったところの店で鍋を食べた。それからまた少し走って、ぐるりと回る。だけど、さすがに夜も9時を過ぎるとどこの店も閉まっている。星港のど真ん中でもなければ向島エリアは田舎だ。店が閉まるのも早い。

 結局、戻って来るのはいつものように緑大近くの高崎の部屋。いつものように、少し飲む物や食べる物を買い込んで。だけど、いつもとは少し様相が違う。駐車場から見える大学構内がまだ明るいし、何より駐車場や向かいのアパートも賑やかだ。


「はー、マジかよ」

「どうした?」

「いや。やっぱ学祭が近いからか、人が多いなと思っただけだ」


 舌打ちをひとつ。どうやら相当都合が悪いことがあるのかないのか、高崎は向かいのアパートに一瞬目をやった。あくまで平静を装ってはいるようだけど、部屋に入ったところで大きな溜め息がひとつ。


「……本当に、どうした?」

「いや、伊東の彼女に見られた」

「えっ! 伊東の彼女さん!? 見たい!」

「スコープ覗いたところで見えねえぞ。とりあえず口止めしねえとな。あの野郎、あからさまにニヤニヤしやがって」


 とりあえず、部屋の奥に進んで荷物を置かせてもらう。高崎は買って来た物を冷蔵庫に入れていて、ついでに何か簡単なおつまみを用意してくれるそうだ。ただ、その前に携帯を触ってたから伊東の彼女さんに連絡をしているのかもしれない。

 圭斗曰く、伊東に話が伝わると光の速さでその事柄がみんなに知れ渡ってしまうそうだ。伊東発の話が圭斗に伝わってムラマリさんに、という悲劇も何度かこの目で見て来た。伊東の彼女さんの口止めは正しいだろう。すると、インターホンがひとつ。条件反射で部屋と台所を繋ぐドアを閉めてしまった。


「たーかさーきクン」

「何だてめェ」

「高崎クンが女の子連れで帰って来たなんてことはカズには黙っておけばいいんですね~?」

「その手は何だ」

「タダでとは言わないよね」

「月曜3限、1月まで」

「毎度~。あとこれ、差し入れ」

「唐揚げか」

「GREENsの練習の産物。山のようにあるから食べて。高崎クン今から飲むんでしょ? ビールとの相性バツグンだから!」

「これはありがたくいただく。お前が作ったんじゃ」

「ないです! 彼女とご一緒にどうぞ~。ではごゆっくり~」


 パタンと玄関のドアが閉まって、高崎がまた大きな溜め息と一緒に部屋に戻って来た。その手には、大きな器に山盛りになった唐揚げ。器の下の方にはしっかりとキッチンペーパーが敷いてある。揚げたてほやほやの唐揚げの匂いが夜食への意欲を掻き立てた。


「菜月、せっかくだし唐揚げ食うか」

「うん」

「あの野郎、絶対野次馬だな」

「まあ、うちも伊東の彼女さんは気になるし、彼女さんの方も部屋に人を入れないことに定評のあるお前が部屋に入れてる人間なら気になるだろ」

「とりあえずノートとかプリントを餌に黙らせることには成功したけどな」

「悪い奴め。サボり癖のある奴には一番効く手段を容赦なく使って来る」

「ある物は何だろうと使う」

「ん。唐揚げうまー」

「アイツのサークルが大祭で出すんだ。かなりの強敵になるのは違いねえ」


 プシュッと開く缶の音。高崎はビールを、うちは秋の缶チューハイを。改めて乾杯。唐揚げは、外はカリカリ中はジューシー。本当に美味しい。緑ヶ丘ではこんなのが大学祭で出て来るなんて、さすが大きい大学はレベルが違う。


「でも、唐揚げだろ? 焼きそばとだったら主食とおかずで別に売り上げを食い合うことはないんじゃないのか?」

「あの女のイベントにかける情念はガチだからな。半端なことをしてたら間違いなく食われる。売り上げナンバーワンは絶対ウチだ。何としてもブース賞を取る」

「お前の情念だって大概じゃないか」


 高崎と伊東の彼女さんとの間で(一方的に?)何かしらの火花らしきものが散っているのがわかったところで、自分たちのことを考える。うん、MMPは温すぎる。でも向島と緑ヶ丘は大学の規模からしてまず違うからなあ。うちはうち、人は人か。


「高崎、ビールと唐揚げってそんなに合うのか」

「最高だ」

「ちょっとやってみたいです」

「じゃあ、これ飲むか」

「のむー」

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