ガーリーガーリー

「L、お待たせ」


 定例会で直から学祭に来てほしいと言われてたから、来てみた。こんなことでもないと女子大なんて入れないし。ミラの件でつばめと一緒に1回来てたけど、俺は入れないから校門の前で待ってたんだよな。

 指定された場所で直を待っていると、俺の前に現れたのはパーマがかかった腰くらいのロングヘアーに、黒縁のメガネをかけた女の人。透け感のある白いブラウスに、少しくすんだピンク色をした花柄のスカートを着ている。


「えーと…?」

「私。直だよ」

「つか変装でもしてるみたいじゃんか」

「うん、変装……だね。紗希先輩が、出歩くなら変装しろって言って」

「よくわかんないけど、どっか回るか。案内してくれると嬉しい」


 女子大の大学祭は女子が多いのかと思ったら、別にそんなワケでもないらしい。まあ、俺みたいに外部から来る男もいるよな。そして噂によれば向島の2年が手伝いに駆り出されているとか。向島は安定だなと。

 青女のサークルではステージをやったり、メイド・執事喫茶を出展していたりして忙しいことこの上ないらしい。喫茶の方では沙都子がクッキー作りにてんやわんや。表で接客をする自分たちより、裏方の沙都子と夏の後で入った1年の子が一番忙しいと直は言う。


「もしよかったら私たちの喫茶に来てほしいな。私は変装中だから接客出来ないけど」

「いいじゃん、興味ある。行きたい」


 ここだと言われた場所には、長蛇の列が出来ていた。列に付くと、前の人から「最後尾」と書かれた看板を渡される。自分たちの後ろに人が来たらそれを渡していくんだそうだ。昨日、思ったよりも集客があって急遽作った物だという。


「ご主人様、お嬢様、メニュー表を見ながら少々お待ちください。……直クン、お客さんとして来てくれたんだ」

「もう、紗希先輩。ボクが来るの知ってるじゃないですか」

「でも、宮崎さんいないんですかってもう大変。おまじないの注文すっかり減っちゃった」

「おまじない?」

「呪文を唱えながらクッキーの上にアイシングで絵や文字を書く300円のオプション」


 ざわついた空間に散らばる言葉を拾ってみると、この喫茶にはとんでもないイケメンがいるとか、宮崎さんのおまじないのために今日3回目、とかそんなような情報が入る。直の評判がとんでもないことになっていることだけはわかった。

 それと同時に、学内を回るなら直が変装しなければならない理由も少し。それでなくても青女の中では女子大の王子ポジションとして人気のあるらしい直だ。しかもイケメン執事として喫茶の稼ぎ頭。エースがいないとわかれば。


「学内回ってるみたいだけど、バレてない?」

「今のところ大丈夫そうです。紗希先輩ありがとうございます」

「それじゃあ、ごゆっくり」


 そう言って戦場のような店の中に戻って行った紗希先輩は、本当にそれらしいメイドさんだ。クラシックなロング丈のメイド服だし。直曰く紗希先輩はメイド長で、この喫茶における権限の全てを握っているとか。それも何かわかる気がする。


「今日は向島の子たちも来てくれてるんだけど、マーシーは菜月先輩のところに行かなきゃダメだってみんなで説得して帰したんだよ」

「あー、野坂はなー」

「それで、紗希先輩が菜月先輩にって特別にケーキを持たせてあげて」

「あれっ、メニュー表見る限りケーキって1日の限定個数決まってるだろ?」

「前もって向島さん用に多く作ったみたい。それも紗希先輩の手腕と言うか、機転と言うか」

「この時間じゃムリだろうけど、俺もケーキ食べたかったな」

「沙都子のケーキは本当に絶品だよ。今日はもうなくなっちゃったけど、いつかLにも食べて欲しい」


 そうこうしている間に「最後尾」の看板は遠く後ろに行っていた。俺たちはとうとうメニュー表を入り口で待つユキに預けて、あと一歩で店の中に入れるというところ。「ご主人様とお嬢様のご帰宅です」と入場の合図があれば、店中から「お帰りなさいませ」とお帰りの挨拶が飛ぶ。


「ご主人様お嬢様、お帰りなさいませ」

「お客さんとして紗希先輩に接客してもらえるなんて本当に贅沢過ぎる…! 後で写真1枚お願いします…!」

「うふふ」


 野坂のアレに隠れてるけど、直の紗希先輩に対するアレも結構凄いんだよなあそういや。


「ご主人様とお嬢様には私から特別なコースをご用意しております」


 俺たちが注文する前に出てきたのは、チーズケーキとクッキー、それからブドウジュースの乗ったトレー。それが2人分。


「紗希先輩、ケーキ。何で。えっ?」

「向島さん用のケーキ、ホールを6等分したでしょ? そういうコト。うふふ。それから、お・ま・じ・な・い」

「うわぁー…!」

「ところで、今日の直クンの変装、どう?」

「いつも通りが一番いいっすね。でも、スカートも似合うし普段から履けばいいのになとは少し」

「そ、そうかな…?」


 うふふと笑いながら、紗希先輩はクッキーをハート柄にして去っていった。そして目の前には曰く“特別なコース”のケーキとクッキー。つかメイド長の権限強すぎだろ。


「申し訳ございません、宮崎は只今お休みを頂いておりまして。戻る時間はお伝え出来かねます」

「……指名が後を絶たないな」

「休憩貰ってるのが少し心苦しいよ」

「休憩中に紗希先輩からおまじない付きの接客を受けるっつー贅沢をして?」

「言~わ~な~い~で~…!」

「冗談だよ」

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