芋は芋でもサツマイモ

「ユースケ~、助けて~」


 事務所の外から、へろへろとしたか細い声が聞こえて来る。オレのことを下の名で呼ぶのは烏丸かブルースプリングの方で懐かれている綾瀬くらいのもので、これは烏丸の声だろう。何が起こったのかと外を覗いてみると、烏丸は大きな袋で両手を塞がれていてドアを開けられないようだった。


「これでいいか」

「ありがとう。はー、重かった」

「しかし、なんだその荷物は」

「あ、これ? 星ヶ丘大学で農業やってる友達がね、サツマイモをくれたんだよ。俺がバイトを始めて友達も出来たって話したら、「みんなにも食べてもろてやー」って言って」

「しかし、ジャガイモが捌け切らんのに今度はサツマイモか」

「サトイモも育ててるって言ってたけど」

「センターには持って来てくれるなよ」


 烏丸の方言が新鮮だと思いつつも、新たな芋がやってきたことには頭を抱えざるを得ない。救いは、烏丸が一度の運搬で運びきれる程度の量であるということだろう。どこぞの畜生のやることとはさすがにレベルが違う。


「おはようございまーす」

「おはようミドリ。ねえミドリ、ミドリはサツマイモは好き?」

「大好きですよー! 甘くてほくほくしてて、美味しいですよねー」

「よかったー、じゃあミドリは10本ね!」

「えっ。……林原さん、この流れってもしかして」

「春山さん程の規模ではない。安心しろ」


 烏丸が言うには、その友人は1人につき10~15本計算でサツマイモをよこしてきたらしい。そこそこ太くて、焼き芋にすると実に美味そうなサイズ感だ。まあ、無数のジャガイモに比べるとまだ消費の目途が立ちそうではあるが。

 オレも同じように10本をもらい、さてこれをどうしようかと考える。まあ、ゼミ室に置いておけば誰かしらが焼くなり蒸かすなりして食うだろうが。さすがにサツマイモはカレーの具にはならんだろうし、どうしたものか。


「ひかりちゃんには「アンタもちゃんと食べなアカンで」って言われたんだけど、サツマイモってどう食べるのが正解なんだろう」

「烏丸さんの方言って新鮮ですねー」

「俺自身はそんなに染まってないでしょ」

「そう言われればそうですねー」


 サツマイモは甘みが強い分、おかずと言うよりも菓子の材料として用いる印象がオレの中では強い。スイートポテトや栗きんとんなども美味い。しかしこのセンターで下手に栗きんとんという単語を出すといつどこから湧いてくるかわからん土田がウルサイからな。

 それはそうと、烏丸は甘いものをあまり食わんらしいから、熱を加えた後のサツマイモですら甘すぎるのではないかと思う。そう言えば、美奈はその辺どうだっただろうか。覚えていたら聞いてみるか。


「ミドリはどうやって食べる?」

「俺はおやきの具にしてもいいかなーって。あとは豚汁に入れたりとか」

「ユースケ、おやきって何?」

「簡単に言えば野菜を小麦粉やそば粉で包んだまんじゅうのことだ。長篠の伝統的な郷土食に当たる。……で、間違いないな、川北」

「はい、大丈夫です」

「ユースケはどうやって食べる?」

「オレは焼き芋か、自分では作れんが大学芋が食いたい。ちなみに大学芋というのは油で揚げたサツマイモに糖蜜を絡めた菓子だ。とても甘いからお前が食ったらさぞ驚くだろうな」

「そこまで言われると逆に食べてみたいよね。ユースケがダメなら……ミドリ! ミドリ、大学芋作れる?」

「えーっ!? やったことないですよー!」


 ……などと話していると、ういーすと柄シャツの畜生がやって来るのだ。しかし今この話題に措いては畜生と言っては怒られるだろう。情報センターのスタッフの中で最も料理が上手いのは春山さんである。意外にこの人はちゃんと料理をするのだ。


「お、サツマイモか」

「烏丸がもらってきたんです。今は調理法の話をしていました」

「春山さん、大学芋を食べてみたいです」

「何だ、私に作れってか?」

「春山さんお願いしますー、俺と林原さんじゃちょっと手詰まり感があってー。やっぱりここぞと言うときの春山さんだなって!」

「川北ァ、持ち上げても何も出ねーぞ。しかし大学芋と言われると食べたくなってくるな。よし、この芹サンが一肌脱ごうじゃねーの」

「やったー!」

「ナニ、ちょっと揚げて蜜をぶっかけるだけじゃねーか。楽勝楽勝」


 この分野に措いては本当に頼もしいバイトリーダー様だ。何はともあれ、今日はセンターを閉めた後で春山さんの部屋に集合して大学芋大会を行うことになった。ちなみに春山さんのノルマは「ジャガイモのお礼」も込みで20本だそうだ。


「ついでだしサツマイモチップスとか芋けんぴも作ろーぜ」

「オレは食う方専門なので作る物に関してはお任せします」

「つかジャガイモには食いつかないのにサツマイモには食いつくのなお前ら」

「ジャガイモに食いつけないのは量が尋常でない故の絶望感でしょう」

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