強引に揺り動かす空気を

「……人がせっかく曲を書いて来たというのに、芋大会が終わらないとはどういうことだ」

「しょーがねーだろ、和泉が芋の熱さにひっくり返って手首ぐねったんだからよ」

「リン君ゴメンねー、しばらく休めば動かせると思うから、もう少しジャガイモ食べてよう」


 今日はブルースプリングの合わせだ。思いがけず中夜祭の枠をもらってしまったそうで、何とトリで30分だそうだ。それだけあればいろんなことが出来ると春山さんが浮かれていたのも今は昔。合わせと一言で言っても、酒を飲みつつ適当に音で遊ぶだけ。打ち合わせらしいことは何ひとつとして行われない。

 まあ、ガチガチにやればいい感じになるかと言えば必ずしもそうではないのが音楽であり創作活動ではある。ただ、情報センターにも溢れかえっているジャガイモとここでも顔を合わせるとは思わなかった。穀物ではあるから夕食ならびに夜食としては優秀な部類ではあるのだが。

 挙句、手の皮が薄いらしい青山さんが芋の熱さに飛び跳ねた結果左の手首を痛めるという、ドラマーとしてはなかなかに致命傷なやらかしをして現在に至る。本人が言うように、しばらく休めば痛みが引くレベルならいいのだが。そんなこんなでオレたちは芋を食っていた。


「美味いには美味いですけど、蒸かし芋には飽きました」

「知らねーよお前の事情なんざ」

「その言葉、そっくり返します。オレもアンタの事情など知りません。なので今後は理不尽に芋を押し付けるのをやめていただきたいですね」

「まあ、それは無視するけど蒸かし芋以外の調理な」

「無視するな」

「ベイクドポテトとかなら一応レンチンでも出来るぞ。本来は焼くモンだけど」

「ベイクドポテトは食料として優秀な印象だ。空腹度が3回復するはず。パンよりはベイクドポテトだな」

「ならセンターでも菓子パンばっか食ってないで芋を食え」

「何故そこでセンターの話が出て来る」


 ついうっかりゲームの話が混同してしまった。まあいい。実際オレはパンも嫌いではないが芋の方が好きなのは事実だ。ただ、調理や片付けが面倒だという事情があってセンターでは専らパンばかり食べているが。

 と言うか、現実世界でもパンより芋が、などと言おうものならこの畜生が増長するに決まっているのだ。だから芋が好きであるという事実はなるべく隠蔽しておかねばならん。ゼミ室では美奈にそれらしく調理してもらっているのだが。

 ザルの中にはまだまだ激しく湯気を立てる蒸かし芋。青山さんは手の皮が薄いらしく、ちょっと触っただけでもアチアチと芋でお手玉をしている。オレは皮を剥くのが面倒でそのまま食っているのだが。


「リンお前、今気付いたけど皮ごと食ってんのか」

「皮を剥くのが面倒なので」

「あれっ、ジャガイモって皮にも毒あるって言わない?」

「ソラニンやチャコニンの類ですね。ちゃんとした農家が作っている物であればさほど問題なく食えます。家庭菜園で作っているような物であれば注意深く観察してその部位を丁寧に取り除く必要がありますが」

「へー、リン君は物知りだなあ」

「当然その後の保存方法にもよりますが、現状この芋は比較的新しいのでさほど問題ないかと」

「って言うかそのまま齧ってるけど熱くない?」

「熱いですよ」

「そんな風に見えないな」


 齧った断面にマヨネーズをかけ足しながら、淡々と芋を食らう。春山さんは新しい塩辛の瓶を開けてウキウキしている。いやに上機嫌なのが気色悪い。青山さんは相変わらず皮を剥こうとしては手を引っ込めての繰り返し。

 最後の一片を口に放り込み、指先をティッシュで拭く。相変わらず首謀者たちは芋を食っているので暇を持て余したオレはキーボードを立ち上げる。即興で弾くのだ。もちろん、何が使えるのかわからんので録音することは忘れない。


「おっ、いいぞリンもっとやれ」

「いいねえ、軽快な感じで」

「ジャガイモと言えばイギリスなので、そっち方面の音楽をそれらしくアレンジしています」


 思えば、これが一番早い方法だったのかもしれない。誰かが適当に音を鳴らせば、1人、また1人と音を重ねに来るのだから。春山さんも青山さんも芋を食うのを適当に切り上げ、それぞれの楽器で乗りに来る。手首を痛めた青山さんこそ序盤はペダルと片手だけだったが、気付けば左手も普通に使っていた。


「和泉お前、普通に手ェ使ってるじゃねーか」

「動かしてれば治るケガってない?」

「まあわからないでもないけどよ、あんだけ大袈裟に痛がってたクセに。お前はいつも大袈裟なんだ、ぶん殴ってやる」

「芹ちゃんやめてー!」

「それはいいですが、せっかく配置についたのだから合わせの方をだな」

「あー、そんなこともあったな」

「そう言えばそれが本題だったね」

「ふーっ……何故オレはこんなバンドに巻き込まれたのか」

「A番をやりたくないからだろ」

「そうでした。畜生のバイトリーダーに脅された結果でした」


 こうして、夜明けまで適当なノリで詰めていくことになる。スタンダードからオリジナルまで何でも来いのセッションだ。やっている最中で腹が減れば、ザルの中に残る芋を適当に齧ることになるのだろう。

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