週に一度の異文化交流

 シラバスを眺めていても、これだけは死んでも取るかと思っていた講義があった。それは火曜2限の学科固有科目で「生活と呪いの民俗学」という物だ。呪いなんざ非現実的だし、悪趣味極まりねえとしか言いようがない。

 だが、そういうのが好きな奴は好きなんだろうな。わざわざこの授業を受けるためだけに単位交換制度という仕組みを利用して青敬から緑ヶ丘に遠征してきた奴がいるのだ。長野宏樹とかいう、呪いの民俗学を専攻にしている男だ。


「やあ高崎、久しぶり。変わりないようで」

「ハカバの授業を受けに来るなんざマジで悪趣味だな」

「羽椛先生はこの界隈では知らない人はいない先生だよ。その人の授業が受けられるんだ、制度は使っていかなきゃ」

「つかどの界隈だよ」

「だから、呪いの民俗学界隈。今まで履修してきた授業でも羽椛先生の著書がいくつも教科書になってて――」

「あー、もういい、ハカバの話はもういい。飯行くんなら行くぞ」

「わーい。お世話になりまーす」


 長野はこれからハカバの授業のある毎週火曜日に緑大に来るということだ。どうして俺がこうして付き合ってやっているのかと言うと、青敬と比較して緑大の敷地が広すぎるが故にナビを付けないと迷いそうだから、とのことだ。

 都合良く人のことをナビ扱いしやがって。いや、長野は慣れない場所だしまだ許せるか。伊東とかいうバカ方向音痴よりは親切にしてやろうと思う。で、2限の授業が終わって待ち合わせをしていたのだ。これから飯を食いに行くことにしている。


「どういうモンが食いたいんだ」

「うーん。あんまり量は食べられないんだよね。なんか噂で聞いたことあるんだよ、緑大の学食は量が多いって」

「量のことに関しては心配すんな。食えねえようなら俺が食ってやる」

「さすが。じゃあね、うどんってある?」

「ああ、うどんくらいなら」


 長野を引き連れセンタービル内の第2学食へとやってきた。券売機の列につくと、長野はうどんメニューのバリエーションを訊ねてきた。それに対し俺は、素うどんわかめうどんきつねうどん、それから月見うどん……などなどと紹介していく。


「素うどんにしようかな。高崎、かまぼこはよろしく」

「かまぼこ嫌いなのか」

「嫌いじゃないけど、体の都合で控えてるんだ」

「あー……そういや入院してたんだっけか」

「山口か誰かが言ってた?」

「夏合宿のモニター会に前対策メンバーで行ってたんだよ。その時に聞いた。大変だったな、もう大丈夫なのか」

「まだ少し食事に制限があるけど、大丈夫だよ。刺激物とか消化しにくい物はもうしばらく控えめにって言われてるんだ。少しずつ回数を分けてご飯を食べてて、1日5食くらいで。だからこのうどんも3分の1くらい食べてもらえると助かる」


 山口はかなり早い段階で長野が入院したことを知って、お見舞いに来てくれたんだそうだ。夏に俺たちも「もう退院はしたんだけど~、長野っちがね~」って感じでその話は聞いていたから、いつ誰がどうなるかわかんねえなと思ったし、回復してるならよかったなとその場では落ち着いた。

 券売機で素うどんの券とソースカツ丼の券を買って、俺は丼のカウンターに並ぶ。長野にうどんの券を渡して麺類のカウンターに並ぶように促し、視線で空席状況を確認する。さすがにまだ学期が始まったばかりの昼休みは人が多い。座れそうな場所が少ない。


「高崎、席見つけたし行っとくよ。小さい席でいいでしょ」

「ああ、頼む」


 さすがにカツ丼よりは素うどんの方が出てくるのが早いようで、素うどんをトレーに乗せた長野が空席を取りに行ってくれたようだ。そうこうしている間に俺のソースカツ丼も出てきた。長野を追って席に行く。一応水もくんで行かなきゃな。


「長野、水いるか?」

「常温?」

「冷水」

「まあ、ほっとけばぬるくなるか。ありがと」

「水の温度にまで制限があんのか」

「冷たいと、刺激になるでしょ。コンビニにある常温のペットボトルのありがたみがわかるようになったよ」


 ではいただきます、と手を合わせる。冷たい物と同じように熱すぎる物も刺激になるようで、長野はふーふーとうどんを冷ましている。よく噛んで食べるとね、口の中で温度が下がるんだよ。そう言って小さい一口を長く咀嚼するのだ。他の人と飯を食うとペースが遅くて大体迷惑をかけるけど、朝霞とならそんなにペースが変わらなくて楽だった、とかいう話を聞きながら俺は自分のペースで飯を食う。


「ところで高崎」

「ん?」

「美術部の部室に案内して欲しいんだ」

「美術部だ? まあ、ウチの隣だし連れてくことは出来るが、どうした」

「高校の後輩がいるんだよ。神秘現象探求部で仲良くしてた子が、今年入学したんだって。美術部にいるって言うから挨拶くらいしとこうと思って」

「神秘現象探求部ねえ」

「平たく言うとオカルト部だね。羽椛先生のゼミに入りたいって言ってて」

「マジで悪趣味だな」


 ホラーやオカルトが嫌いな俺からすれば、どこまで行っても長野は不気味でよくわからない存在だ。だけど、それを抜きにして普通に話している分にはノリも悪くねえしまあ楽しい奴だと思う。少しくらいなら付き合うのも悪くない。この秋学期は、週1の異文化交流が始まりそうだ。

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