こみ上げる笑みの謎

「ふふ。ふふふ」


 何というか、あるべき場所にあるべき人がいるっていうのはいいことなんだろうけど、久々に見るヒロさんの薄ら笑いにAKBCは揺れていた。つかヒロさんのテンションが高いとかマジパねえ!


「宏樹、薄ら笑いが気持ち悪いぞ」

「朝倉に理解してもらわなくて結構」


 ヒロさんは消化器をやらかして5月に入院した。6月の中頃に退院してからは自宅療養をしていたそうだ。結果的に春学期は休学して、秋学期から本格復帰。でも、これで卒業が半年ほど遅れることになった。

 さて、ヒロさんのテンションが高い理由だ。基本無表情だし淡々と喋るヒロさんが誰から見てもわかるように笑っているだなんてちょっとした事件で、ヒロさんのことはよくわかっているはずのヒデさんも、ヒロはどうしたんだろうと首を傾げている。


「おはようございまーす」

「ますー」

「やあ、おはよう諏訪姉妹。えっと、赤い方がさくらで、紫がすみれだっけ」

「全然違います」

「ます」

「そもそもさくらとすみれじゃなくて、かんなとあやめ。私がかんなで」

「私はあやめです」

「同じ声で言われても覚えられないよ。花の名前としか覚えてなかったんだから」

「ちゃんと覚えてくださいよ」

「です」


 諏訪姉妹は赤い髪留めが姉のかんな、紫が妹のあやめ。髪留めの色の他には喋り方で何となく見分けが付くけど、ヒロさんは入院していたこともあってまだ諏訪姉妹を見分ける域には来ていない。ヒロさんのことだからちゃんと覚えてもこの件を繰り返すだろうな。

 そんなことよりヒロさんが自分から諏訪姉妹に絡みに行ったということがまたテンションの高さを裏付ける。ヒロさんは元々明るくてノリが良くておちゃめな人ではある。だけどそれも表情を変えずに淡々と楽しむ人だからこそ、目に見えるっていうのが違和感しかない。


「ヒロ、体の調子がいいのかな」

「体は普通だよ。顔見ればわかるでしょ」

「ごめん」

「はー、宏樹は相変わらずまっつんには辛辣だ。入院中あんなに良くしてくれてたっていうのに心がないね」

「お見舞いに来てくれなかった朝倉に心がないとか言われる筋合いないんだけど」

「何でアタシが宏樹のお見舞いに行かなきゃいけないんだ」

「もしツルさんが入院したらヒロさんはお見舞い行くんすか」

「行く訳ないよね」

「宏樹テメー表出ろ!」

「きゃー、おまわりさんこっちですー」

「成人男子がかわい子ぶってんじゃねー!」


 何て言うか、すっかり元通りになった感がある。ヒロさんとツルさんのケンカにしてもヒロさんが入院する前は日常だったのに、ここしばらくはご無沙汰で本当にお通夜みたいなサークル室だったから。これはこれで活気があってパねえっす。楽しいっす。ヒデさんがあわあわして止めようとするのも懐かしいっす。


「大体な、呪いの民俗学なんてワケわかんねーの専攻してる時点でマジないわ! オカルトなんざ全部トリックだ!」

「はー……これだからすべてを暴力的に解決しようとする野蛮人は」

「ンだと!」

「そもそも、呪いというのは――」

「それ、長くなる?」

「やめようか」


 一瞬の沈黙の後に、2人の「はい」という声が揃った。仕切り直し。何だかんだ息の合い方マジパねえ。


「ま、朝倉は精々その土地に生きた人々の生活や文化を踏みにじる映像を作っていればいいよ」

「根に持ってんじゃねーか」

「そして俺はこの秋学期から青敬の外に出てより専門的に突き詰めた呪いの民俗学の授業を受けに行くからね。単位交換制度最高」

「かーっ、そんな授業やってる趣味の悪い大学なんてあんのか! 物騒だし潰そうぜそんな学校」

「青敬ごときが天下の緑ヶ丘を潰せるとでも?」

「あっ詰んだ」


 そしてこの話を聞いていた俺とヒデさんは、ヒロさんが不気味なまでにハイテンションだった理由に気付くのだ。単位交換制度で緑ヶ丘の授業を受けに行く。つか絶対これじゃんな。


「そう言えばヒロ、入院中も秋学期のことばっかり気にしてたっけ」

「緑ヶ丘に呪いの民俗学の授業受けに行くからだったんすね」

「何にせよ、ヒロに楽しみがあって良かったよ」

「ヒデさんの心の広さマジパねえっす。海っすね」


 インターフェイスの連中の話を聞いてると、サークルで学祭の準備に忙しそうにしてるそうだけど、ウチは特にそういうのをやる団体じゃない。学祭に向けてみんなで団結、なんてことは無いけどみんな好き勝手にやってることを持ち寄るのがすげー楽しい。俺も夏の間に撮り溜めた写真やら動画やらをマシンにぶち込まないと。


「ハマちゃん先輩、これから空撮しませんか?」

「せんか?」

「ハマちゃん先輩のドローン飛ばしましょう」

「ましょう」

「よーし、行くかー。最強のオペレーター・ハマとは俺のことよ! かんな、あやめ、ついて来い!」

「はーい」

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