全員招集の本音と建て前

「おはようございまーす」

「おっ、来たか川北」


 2週間ほど地元に帰っていた川北が帰って来た。その手には、律儀に土産の入った紙袋。今日は来たる繁忙期に向けた打ち合わせも兼ねてアクティブなスタッフが全員集合することになっている。

 9月の最終週には履修登録のために情報センターは繁忙期を迎える。そこまでに必要な備品をチェックしたり、単位や履修制度についての知識を共有し、今後の方針について話し合うのだと春山さんから全員に連絡が回っていた。


「君が1年生の子? 初めまして、生物科学科3年の烏丸大地です。9月からスタッフになったんだ」

「あ、理工建築科1年の川北碧です。よろしくお願いします」

「よーし、これで粗方揃ったな」

「ユースケ、冴ちゃんは?」

「土田に時間通りの行動を期待するだけムダだ。川北が土産物でも広げてくれればその気配を察知して現れるだろうが」

「あっじゃあお土産配っていいですか?」

「川北ー、お前は律儀だなあ」

「春山さんも毎回お土産凄いじゃないですか」


 そう言いながら、川北もたった5人いるかいないかのセンターに配るには大層な大きさの紙袋から中身を出していく。一応所長の分も分けた方がいいですよねー、などと言いながら。そう言えば最近那須田さんを見んな。

 雷鳥の山という欧風煎餅にクリームが挟まれた菓子は、茶にもコーヒーにも合うそうだ。それから、リンゴが丸ごと入ったアップルパイ。おやきもありますよーと言いながら配っている。実にオレの抱く長篠らしいイメージの土産物だ。


「春山さん、ゴールデンウィークの時はわざわざメロンゼリーを買って来てもらったんで、あの、良かったらこれ、野沢菜なんですけど」

「おー! マジか! サンキュー! あ、そうだ川北。私の夏の土産もまだそこら辺にあるんだ」


 ――などと川北と春山さんが土産合戦を繰り広げていると、その気配を察知したのかふらふらと土田がやってくる。雷鳥の山を見て、これ美味いンすよねェーと言いながらさっそく貪り食っているのは安定の様相。


「おっ、冴も来たか」

「来やしたー」

「じゃあ会議を始めるぞ。えー、来たる情報センターの繁忙期に向けてだな」


 履修登録時は学科や研究室でマシンを有していて普段はセンターに来ない学生も来るため単純計算で忙しさが2~3倍になること、それに伴い自分さえ良ければいいという振る舞いの利用者の母数も増えることなどが注意事項として挙げられた。

 口頭で注意しても聞かないようならマークは必要だが、如何せん履修登録だけに追い出すことはするなとオレ個人に宛てた注意もされる。まるで普段からオレが見境なくブラックリストに突っ込んだり摘まみ出したりしとるようではないか。


「リン、自習室のコピー用紙は」

「春学期終了時に補充してあるので履修登録に耐え得る量の備蓄があります」

「そうか。冴、お前もせめて履修登録の期間中はシフトを全うしてくれ。勝手にフラフラ出てったりするなよ」

「あーい」

「じゃ、打ち合わせはおしまい」


 繁忙期に向けた会議は本当に簡単な確認と打ち合わせで終わった。それだけのことのためにわざわざ全員を集める必要はあったのかと多少拍子抜けしたが、新人も入ったことだし、顔合わせの意味合いもあったのだろうと思った矢先のことだった。


「それじゃあ今日の本題に入るぞ!」

「えっ、繁忙期の話が本題じゃないんですかー?」

「やァー、今のうちに逃げた方がいースかね」

「ロクでもない予感しかせんな」


 春山さんが築き上げた土産の山の中には、縁起でもない文言が印字された段ボール箱がいくらか混ざっていたのだ。上の方に置いてある箱は空港で爆買いして来た土産類で間違いない。しかし、下の方の箱には「北辰のじゃがいも」と書かれているのだ。

 オレはてっきり前回の芋の空箱を今回の土産の台座のようにして活用しているのだとばかり思っていたが、そもそも空箱は全部潰して片付けた。新たに「北辰のじゃがいも」と書かれた箱が湧いて来る理由はただひとつ。


「さ! 芋の配給するぞー」

「では、オレはB番業務に」

「リン様よォ~、逃げんじゃねーよォー」

「オレは前回も3箱押し付けられたぞ。今回は免除でもいいくらいだろう」

「最低1人半ケースは持ってってもらわねーとセンターが芋で圧迫されるんだよなァ」

「センターに持って来なければいいだけの話だろう」


 案の定また芋テロが始まったか。前回よりも心なしか量が多いような気がするし、一体どうなる。前回の芋もまだゼミ室に残っているのだぞ。前回以上に押し付けられでもしたらオレの持ち得る人脈をフル活用しても捌けるかどうか。


「ユースケ、これは?」

「ジャガイモだ。この人はそれを芋の季節になると問答無用で人に押し付けるのだ」

「へー。春山さん、これってもらえるんですか?」

「いいぞダイチ、好きなだけ持っていけよ」

「ありがとうございまーす」


 もしかしなくても繁忙期どうこうではなくこっちが本題だったな。バイトリーダーの職権を濫用しやがって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る