The feeling to the northwest

 スマホが電話ですよと通知してきたところで、ディスプレイに表示されたその名前に慌てて充電器を繋ぐ。夜も更けつつある23時、電話の主は現在お盆で実家のある緑風に帰省されている菜月先輩だ。


「はいもしもし」

『お前なら余裕で起きてるだろうと思って』

「はい。余裕で起きていましたし、まだ寝る予定ではありませんでした」


 お盆と言っても俺のような人間にとっては何か特殊な行事があるでもなく、バイトもしていないので稼ぎ時だということもない。いつもと何ら変わらない休みを送っているだけで、ぐうたら三昧。

 それに、さすがに盆まで対策委員の会議が入ってきたり班の打ち合わせが入ったりということもない。そんなことはお構いなしに、逆に盆だからこそ入ってくるのが成人式の実行委員会議だったりする。


『今は何かやってたのか?』

「いえ、特に。強いて言えば少し夏合宿関係のことを考えていたというくらいで」

『議長も大変だな』

「ええー……前議長がまさかの他人事風発言ー」

『言っても“前”議長だぞ。その必要があれば今の議長の力になることは出来るけど、そうぐいぐい前に出て来られても迷惑だろう、どこぞの三井とか言う木偶の坊じゃあるまいし』

「つばめ班がヤバいとはお伝えしておきます」

『でしょうね』


 菜月先輩とは会話に事欠かない。特に今なら夏合宿のことであったり、対策委員のことなどが主な話題だ。いや、俺としてはもうちょっと違うことをお話ししたいという気持ちもあるんだけど、まあ、その辺は時間が脱線させてくれるから。

 ところで、俺が夏合宿関係の何を考えているのかと言うと、これから班でもやるであろうリク番・インフォメーション練習についてだ。うちの班には初心者講習会に出ていないマリンとあやめがいる。これをどう教えるか問題だ。

 星ヶ丘と青敬というラジオに馴染みの薄い大学さん相手に、何をどう喋ればわかりやすく伝わるだろうかと頭を抱えているのだ。マリンは意外に真面目だしあやめは好奇心が強いから話はちゃんと聞いてくれるけど、これでいいのかと俺が不安になって。


『――なるほどな、本当の初心者を2人抱えて教えながらやってるんだな』

「はい。1人教えるのも2人教えるのも一緒だからと班編成の時に2人を引き取りました。ミキサーはともかくアナウンサーのことは圭斗先輩から教えていただければと思っていたのですが、その当てが外れてしまい、バタバタと奮闘しているところです」

『技術的なところで圭斗を当てにする意味がわからないとは言っておくぞ』

「えっ」

『アイツが得意なのは政治的なことだからな。みんなをまとめたり、方向性を決めたり、企業サマと話をしたり。あと、物事に対する責任を取るとかな』

「それでも3年生のアナウンサーですしと期待をしてしまいました」

『……いや、まあ、さすがに最低限は出来るけど、圭斗のスタイルが基本おふざけなのを知らないワケじゃないだろう?』

「これ以上は消されかねないので明言を避けますが」


 それでも、最悪の事態が起こってしまうのではないかと考えれば圭斗先輩が夏合宿に参加していただけていることの意義はとても大きいので、技術的なことよりも政治的なところでのご活躍を期待してこの話は閉じることに。

 と言うか、途中から俺もそれを察したからアナウンサーのことまで頑張ると決めたワケで。伊達に菜月先輩と昼放送を2期組んでないぜ! 初心者講習会の講習レジュメが最大のお守り! べっ、別に圭斗先輩が3年クジの外れ枠だなんて言ってないしそんなことを言った奴は俺がボコボコにしてやる! 圭斗先輩は素晴らしいんだぞ!


「ところで菜月先輩、突然電話だなんて。何か俺に用件でも」

『流星群を見ようと思ったんだ。それまでの時間潰しとか喋ってた方が気楽に見られるかなと思っただけで、特に大事な用事とか、深い意味はなかった』

「流星群ですか。よく見えるのですか?」

『0時過ぎだったと思うんだ。北東の空』


 通話をしながらだから、充電はさほど溜まっていないだろう。ケータイからスマホ時代になっても充電無精は相変わらずな自分を呪うほかにない。何とかして北東方向を覗き込もうとしても、なかなか。ケーブルが短すぎる。

 菜月先輩は星を見上げるのがお好きだということは前々から知っている。昼放送の収録が遅くなったときなんかに、よく空を見上げながら歩いては段差に躓かれているのをよく見ているから。流星群なんて、とっておきのイベントじゃないか。その時間を共有してもらっているだなんて何という贅沢だ。


『1時くらいまでは頑張りたい。……ふぁ』

「菜月先輩、実は既に若干おねむですか?」

『電話でお前の声を聞くとこれが危ないとは思ってたんだ。何か面白い話をしてくれ。眠気が吹っ飛ぶような』

「ええと……面白くはないかもしれませんが、対策委員とダイさんのお話などをいたしましょうか」

『あ、それは気になる。うちは空を見上げてるから時々叫ぶかもだけど、気にしないでくれ』

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