8月

UNG Remind Second

 水曜日はそれと言った授業も少なく、テストもゆるゆる。まあ、文系の3年なら本来は全休であって然るべきだとどこかのヘンクツは言っていたけど、理系のお前に文系の何がわかると至る今。

 テストを適当に片付け、掲示板の前で立ち止まる。大学の施設でもデジタルだのハイテクだの何だのと言うけれど、この掲示板システムだけは板に紙を貼って掲示するというお馴染みのシステムのままだ。

 集中講義のお知らせや、どれこれのテストでカンニングがあったからこの学籍番号の学生は今期の単位全部やらんからな、みたいなお知らせがいくつか貼られている。ただ、福祉系の実習の話にしてもうちに関係のある話はひとつもなかった。


「ん、菜月さん」

「圭斗。どうしたんだ」

「僕は明日提出のレポートを仕上げていたところでね。如何せん家では誘惑が多すぎて。菜月さんは文系3年の水曜日としては異質なテストかな?」

「ウルサい、黙れ。捻り潰すぞ」


 まともな文章ひとつ書けやしない男がレポートを書いているのかと反撃出来ないこともなかったけど、敢えてしない。圭斗とバトっても仕方ないし、何より茹だるようなこの暑さではバトるのも疲れるからだ。


「ところで菜月さん、知っていたかい?」

「何をだ」

「先日、土用の丑の日の話をしていただろう?」

「ああ、何か日付を勘違いしててうまい棒レースなんかで忘れてしまったんじゃないかって帝王サマらしからずバタバタと焦っていた、土用の丑の日の話な」

「言い方が引っかかるのはともかく、その丑の日だね」

「で、丑の日がどうかしたのか」

「なんと、実は今年も2回あったんだよ」

「ナ、ナンダッテー」


 圭斗はウナギに対するこだわりが異様に強い。おでんを作るのに寸胴を買ってみたり、精々漫喫でやる程度なのにマイダーツを買ってみたり。元々何でも形から入りたがる男ではあるけれど、ウナギに関しては熱すぎて引くほどだ。

 ここ、向島エリアも実はウナギの産地だ。全国でも一、二を争う。で、その向島の産地と争う大産地が圭斗の地元、山羽エリアの湖西市なのだ。圭斗の中では湖西のウナギこそが真のウナギであり、それ以外はパチモンだという認識だ。地元愛もここまで来ると引く。


「今年は1回しかないと思って取り乱してしまったからね。2回あるということで悠々と構えられるよね」

「で、それはいつなんだ」

「ん、今日だよ」

「あ、今日だったのか。まあ、うちには関係ないイベントだし、精々頑張れ。って言うか前回の丑の日にも食べたんじゃないのか」

「食べたけどね。何度食べてもいいものだよ」

「でも、さすがに本来ウナギの旬は夏じゃないことくらい知ってるだろ?」

「もちろん。だけどね、脈々と受け継がれた歴史でもあるからね。僕の遺伝子にも刻まれた行動なんだよ」

「意味が分からない」


 圭斗の話を聞いていると、自分が一歩引いて俯瞰した目で物事を見られているということがよくわかる。冷めた目じゃないけど、何かそんなようなニュアンスでもいいかもしれない。あと、ヘンクツのよく言うセリフはところどころで使い勝手が良すぎる。汎用性が高い。

 まあ、そこまで入れ込める行事じゃないけど、地元のこれっていうトピックがあるのはいいなあとは思う。いや、うちにもないことはないけど、わざわざ実家に帰ってまでその行事を完遂しなければならないというほどのこともないから。そもそも圭斗とは帰りやすさのハードルも違うけど。


「ところで菜月さん」

「何だ」

「要り用であればたれを買ってくるけど」

「何卒よろしくお願い申しあげます」

「ん、菜月さんは金銭に関して信用に足る人物でないので前払いで頼むよ。1本108円です」

「じゃあ216円、いや、324円で」

「確かに」


 うちはウナギに対してそこまで熱くはならないけど、ウナギのたれごはんは大好きだ。白いご飯は苦手だけど、味が付いていればまあまあ美味しくいただける。その中でも白いご飯に合わせる味としては実にうまーでいくらあっても足りなくなるのがこの「たれ」なのだ。

 200mlにもならないくらいの小さな角容器に詰められたウナギのたれが、圭斗の行く店では1本108円(税込み)で売られている。去年、騙されたと思って食べてみろともらったものが実にうまーでした。今年はおつかいを頼むことにした。ちなみに、前回の丑の日に買ってきてもらったのはもうなくなった。


「僕はテストが終われば戦争に入るからね。いくら旬じゃなかったとしても鰻は食べておかなきゃいけないんだよ」

「戦争? 大袈裟な」

「残念ながら、これが大袈裟じゃないんだな。定例会は大人の事情により向舞祭のスタッフとして駆り出されることになっているからね」

「うわー……ご愁傷様です」

「食べられるうちに食べておかないと、いつ死ぬかわからないしね」

「最後の晩餐」

「ん、縁起でもないことを言わないでくれるかな」

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