異世界ダイバー

 俺たち放送部員にとっては丸の池ステージまでの1日1日が本当に勝負で、日々練習に次ぐ練習。そして同時にテストも近付いている。人によってはそっちの追い込みも始まっていて、夏だなあという感じがする。

 文系の3年は1・2年でちゃんとやってれば3年にもなるとそこまで履修が過密ということもなく、割と余裕を持って部活の方に目を向けていられる。だから、朝霞班は割と順調に物事が進んでいる方だね。


「……それでは皆さん、……んー……あー、戻るか。えーと」


 狭い朝霞班ブースでは朝霞クンがああでもないこうでもないと台本を見直していた。粗方書き上げた台本を直前まで見直すのはよくあることだし、なんなら本番2日前に全部ひっくり返すとかもザラ。いつだって朝霞クンはどうすれば最高のステージになるのかを考えている。

 ブツブツとセリフを呟きながら、きっと頭の中のステージ上では俺がそのように動いてるんだろうね。時折混ざる身振り手振りもきっと無意識に。表情だって朝霞Pのそれとは思えない部類の顔。書いてる時はセリフに引っ張られるんだね、きっと。

 そんなことが楽しいのか、多分朝霞クンはまともに寝てないしまともなご飯を食べてない。すっごいクマが出来てるし、朝霞クンの背中の方で今にも崩れそうな山の構成物にはゼリー飲料とレッドブルの缶が増えた。人間の三大欲求を満たすより、ステージの方が体を動かすエネルギーとなり得るのが朝霞クンだ。


「妖精さん妖精さん、この剣はな~に? ……な~に、ではないかな」


 朝霞クンが台本を見直している間、俺に出来るのはそれを見守ることだけだ。こうなると、今ある本を見返しても内容が変わるだろうからあまり意味はない。ただ、ゲンゴローへの影響は最小限になるようにしてくれてるみたいだけど。

 そもそも、朝霞クンも俺に台本を一言一句覚えろとは言わない。その場その場で一番適切な言葉を選ぶのは壇上で空気を作る俺の仕事。台本は、あくまでも補助に過ぎないというのが朝霞クンの考え方。まあ、その都度覚えるけどね。

 推敲を見守りつつ、朝霞クンの顔をずっと見ていた。俺のセリフを考えながら、作る顔。“俺”と言うにはあまりにも柄が悪いと言うか、不健康と言うか。あ、物騒っていうのが正しいのかな。作り笑いにしたって下手すぎる。


「ねえ朝霞クン、何徹目?」

「数えてない」

「その顔、俺のつもり? セリフ呟きながら作ってる引きつり笑い」

「お前のセリフを確認してんだから、お前の顔なんだろ。うるせえな、黙って待ってろ」

「朝霞クン、鏡見て」


 ――って言ったものの手元に鏡はないから、スマホの自撮りカメラで現実を突きつける。映るのは、酷いクマと少しこけた頬をしてやつれた様子の朝霞クン。眉間の皺だってどれだけ伸ばしたら取れるのかなってくらいの深さ。


「朝霞クン、俺はステージスターなんだよ」

「それと俺の顔がどう関係する」

「ステージスターはいつだってみんなに見られてるし、いつだってみんなに楽しんでもらえるようにおもてなしするっていう存在だよ。朝霞クンのその酷い顔じゃ、ステージスターのセリフは出て来ないよ」

「書いてる時の俺に現実を持ち出すな」

「でもさ」

「いいか、確かにデバイスとしての俺は日々劣化してるかもしれない。でもな、練習を重ねて日を追うごとに俺の頭の中のお前は俺が想像も出来ないことを言って来やがるんだ。忘れる、消える前にそれを書かなきゃいけないんだ。一瞬の輝きを逃したくない」


 朝霞クンの台本は、朝霞クンが考えているというより朝霞クンの中にいる俺が動き、喋ったことを書き写しているだけ。そんな風にも聞こえた。そして、自撮りモードのままだったスマホを伏せればまた頭の中へと戻っていく。

 デバイス、媒体。朝霞クンの頭の中にいる“俺”と現実世界の“俺”を繋ぐためのインターフェース、それが朝霞クンであり、朝霞クンの書く台本。まるでサイエンスフィクションかローファンタジーだね。朝霞クンはいくつ世界を持ってるのかな?


「じゃあこれ以上は止めないけど、コンタクトはちゃんと洗いなよ。不衛生にしてるとマズいでしょ、コンタクトは」

「帰ったらな」

「ちゃんとだよ」


 去年、朝霞クンがこうやって休まずに書き続けていると、班長だった雄平さんが力尽くで休ませてたんだ。だけど今年、朝霞クンが不眠不休で書き続けることを止めなかったことが雄平さんに知れたら、俺はきっと怒られるんだろうな。

 でもさ、こんな話を聞かされたらさ、俺はどんなことが出来ると思われてるんだろうって。俺は朝霞クンに期待されてるって思っていいんだよね、っていう喜びの方が増して来ちゃって。空想上の俺にどこまでリンク出来るんだろうって。


「朝霞クン、たまにはゼリーじゃなくてスムージーとかにしない? 野菜も取らなきゃ~」

「後払いで頼む」

「わかったよ。買ってきま~す」

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