またかえる

 土曜日の昼を迎えた。しとしとと雨が降っていて、外に出るのが億劫になる。だけど、今日はこれから昼放送の収録がある。

 昨日はサークルの新歓の飲み会があって、お部屋に菜月先輩をお送りした流れで一夜をそこで過ごした。菜月先輩が実に楽しそうで良かったけれど、正直身がもたないなと思うことも多々。酔った菜月先輩はその破壊力が心臓に悪すぎる、ただでさえ俺は不整脈の気があるんだぞ。

 一晩を越してしまえば菜月先輩はすっかりお酒も抜けていつも通りの菜月先輩に戻られた。ツンデレで言うところのツンだ。菜月先輩はお酒が入っても記憶は飛ばない方だ。だけど、昨日のことには触れずにこれからの話が主。

 俺もこの事態を予測して準備をしていたというのもあって、菜月先輩が身支度を済ませれば大学に向けて歩き出すことが出来る。ただ、昨日が晴れだったから俺は傘を持っていない。それは菜月先輩からお借りして。


「あ、カエル」

「本当ですね」


 道路には、緑色の小さなカエルが何匹か跳ねている。雨だからきっと活発になっているのだろう。向島大学の周りは自然に溢れている。カエルは菜月先輩の自宅マンションの近くにある田んぼから湧いて来たのだろう。


「菜月先輩はカエルが苦手ではないのですか? 女性ですと、苦手な方も多い気がしますが」

「いや、うちはむしろ好きだぞ。かわいいじゃないか」


 かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、と早口言葉を口ずさむ菜月先輩の足取りは軽い。きっと今が前髪を縮毛矯正したばかりなのと、雨ということで日焼けの心配が少ないということも要因のひとつだろう。


「カエルの可愛さは俺にはちょっとわかりません」

「まあ、おあいこだな。うちも犬の可愛さはわからない」

「犬とカエルを一緒にするのはどうかと思いますが」

「一緒じゃないか」


 相も変わらずカエルはゲコゲコと鳴いている。これだけいるなら晴れた日にアスファルトの上で焼けて干からびてたり、轢かれてぺっちゃんこになってるのも仕方ないなという気がする。これは言ったらローキックを食らうヤツだ。

 すると、隣からは「かーえーるーのーうーたーがー」という歌声。そう来ると、続くのは「きーこーえーてーくーるーよー」というあの歌だろう。菜月先輩の独り言だろうけど、ごく自然に歌を重ねていた。

 ただ歌うのではなく、少しずらして後から追って行く輪唱というヤツだ。先に歌っている菜月先輩の後から俺が追って行く。かえるの歌が、聞こえて来るよ。まるで普段の先輩と俺のようだ。俺はいつだって菜月先輩を少し後ろから追っているから。


「けろけろけろけろくわっくわっくわ」

「けろけろけろけろくわっくわっくわ」


 歌い終わると、ビニール傘が雨を弾く音がより強くなった気がした。実際には強くなってないんだけど、何か突然の輪唱が変な感じになったと言うか、こう、一瞬の沈黙が気まずいと言うか。


「輪唱なんていつ振りかな」

「申し訳ございません、勝手に被せてしまいまして」

「いや、いいんだけど。たまにやると楽しいな、こういうのも」

「ええ、そうですね」

「再来週のトークテーマにしようかな、カエルの話」

「それはよろしいのですが、昼食時であるということを考慮した内容でお願いします」

「当然だ。何だろ、カエルの置物の話とか。ほら、雑貨屋とかに木製の置物とかがあって、カエルってそういうののモチーフになってるんだ結構。デフォルメされてて結構可愛いんだぞ」

「いいですね。他には」

「えっと、うちの実家の近くに公立公園があるんだけど、そこの森だ。見上げると、木に泡状の卵がわーってついてて、それを木の枝でつついてたとかそんなような話もあるけど」

「それって、もしかしなくても地域によっては天然記念物のヤツ…!」


 そんなことを話している間に、サークル棟は目の前。菜月先輩の自宅マンションから大学まで徒歩10分、そこからサークル棟まではさらに15分というちょっとした散歩を経て、ようやくだ。入り口で傘を閉じ、雨粒を切る。

 建物の中に入ってしまえばさすがにカエルの鳴き声も聞こえなくなっていた。雨もそこまで強くないから、ガラスに雨粒が打ち付けて収録に支障が出るほどうるさいということもない。ただ、湿度が高い分ちょっと不快指数も高めかな。


「ところでノサカ」

「はい、いかが致しましたか」

「仮に本当にカエルをテーマに番組をやるとして、ネックになるのは曲だと思うんだ」

「ああ、確かに……これは逆にトークの内容から逆引きするのが良さそうですね」

「やっぱりそうか。まあ、そうだよな。都合よくカエルの曲なんてそうそうないよな」

「難しいでしょうね」

「ノサカ、再来週の収録日にはお土産で有名なケロちゃんまんじゅうを買って来てくれないか」

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