鶴が千羽に届くころ

「おざーっす! ヒロさん調子どーっすかー?」

「あ、ハマちゃん」


 ヒロさんが入院して1ヶ月ほどが経った。入院したばかりの頃は顔色も良くないことが多かったし、今日はゴメンねっていう日もちょこちょこあった。ヒロさん本人的には6月までに出たかったそうだけど、結局ここまで退院が長引いている。

 サークルにヒロさんが来れなくなってから、ただでさえ緩かったAKBCの活動がなさらにあなあになり始めた。チームで映像を作るにしても、その企画を練る人がいなくなったからだ。人は疎らだし、個人で制作するならみんなで集まる必要性はって。


「調子? もうすぐ退院」

「マジすか! めでたさパねえっす!」

「あの、個室じゃないからね。静かにしてね」

「スイマセン」


 俺が来たときのヒロさんは、本を読んでいるか折り紙をやっているかの2パターン。今日は折り紙で遊んでいるようだ。いつしかヒロさんのベッド脇には無数の折り鶴が作られていた。あまりにすることがなくて作り始めた物がここまで積み重なったらしい。

 暇だし1人で千羽鶴を作ってもいいなあと思い立って作り始めた折り鶴。そろそろ千羽に届く頃かな、数は聞いたことないからわかんないけど数はとりあえずマジパねえ。一応、50羽ごとに繋げてもらっているとかで。


「千羽鶴って作るのしんどいっすよね」

「何も考えずに作れるからそうでもないよ」

「そーすか。俺が不器用だからっすねきっと。一羽作るのもやっとっす」


 そんな話をしている間にも、ヒロさんは次々に鶴を作ってしまう。マジパねえ。


「ところでハマちゃん、インターフェイスの活動に出たんだって?」

「あっ、そうっす。初心者講習会に出たっす」

「どうだった?」

「ためになったっす」

「楽しかった?」

「楽しかったっす」

「今後はどうするつもり?」

「今後っすか」

「夏合宿、出るの? 初心者講習会に出たっていうのは、ある程度インターフェイスにも出ていくっていう選択肢も視野にあるからでしょ」

「まあ、そうっすね」


 ヒロさんは鶴を折る手を止めて、ひとつ息を吐いた。俺がヒロさんに何の相談もせずにインターフェイスの活動に出たから怒っているのだろうか。通りがかりの朝霞さんと洋平さんにAKBCの現状を愚痴って、自分でそれを解決しようともせずに外に出たのは事実だ。

 人の疎らなAKBCだけど俺はAKBCを捨てたワケじゃないし、あくまでも映像制作が俺のやりたいことでもある。インターフェイスの活動に出た動機も正直不純だ。それを咎められたとしても受け入れなきゃいけない。


「ハマちゃん」

「はい」

「インターフェイスに出てやるんであれば、上手くないなりにちゃんとやること」

「出ていいんすか!」

「俺はダメだとは一言も言ってないよ。でも、何で2年生になってから、しかも青敬から出て来るんだって聞かれなかった?」

「それは聞かれたっす」

「正直に答えた?」

「正直に答えたっす。AKBCに人が来なくなってきて寂しいから友達欲しいって」

「そしたら?」

「めっちゃ歓迎されたっす」

「あ、本当。ならいいんだけど」


 時代かなあ。そう言ってヒロさんはまた折り紙に手を伸ばした。

 初心者講習会では本当に良くしてもらえた。確かに一般の参加者は1年生ばっかりだったけど、対策委員のみんなが俺を変な目で見ることもなくようこそって迎え入れてくれたのがマジで嬉しさがパねえと言うか。


「あんまり昔話ってしたくないけど、やっぱ昔はラジオのイベントだと青敬はねって言われる事も多くてさ」

「そうなんすか」

「うん。自分の学校で人が少なくなって友達欲しいからインターフェイスに出てきたなんて言ったら何言ってんだって言われるような空気でさ」

「マジすか、じゃあマジ俺ツイてたっす!」

「そうかもね。はい、50。後で繋いでもらおう。ハマちゃん、売店行かない?」

「行くっす!」


 ヒデさんが入院初日に買って来てくれたぶかぶかのクロックスを引き摺りながら歩くのがヒロさんの日課なんだそうだ。売店まで歩いて、何を買うでもなくぐるりと店を回る。俺が時々病院用みたいな変わった商品を見つけてテンションを上げていたら、そんなに騒がないのと窘められたり。

 もうすぐヒロさんは退院だ。千羽鶴もキリのいいところまで作れたっぽいし、病院でやり残すこともそうそうないだろう。サークルには、時々絵コンテのノートが届けられていたから、またサークルに復帰してくれるだろうか。それも今から楽しみだ。


「ヒロさん、退院したらサークルにも来てくれるっすよね!」

「体調と相談しながらね」

「マジっすか! やったー!」

「あの、全部行くとは言ってないからね」

「全部じゃなくてもいいんすよ! ヒロさんが帰って来るだけでAKBCにも活気が戻るっす!」

「そう思うように行くかな」

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