Wait for the king's return

「あーもう、おはよう」

「菜月先輩、おはようございます。今日はきっと大丈夫ですよ」

「そうだといいけど」


 今日も平和にサークルが始まるものだと思っていた。1人、また1人と人数が増えて行って、1人増える度に「おはよう」とか「おはようございます」と挨拶をして。

 菜月先輩は図書館でスポーツ新聞を読んで来たのか、少々ご機嫌斜めなようだ。それに対して奈々は機嫌が良さそうにしている。ここは野球の結果如何で扱い方が分かりやすいのがいい。


「おはよー」

「三井先輩おはようございます」

「菜月、4連敗だね!」


 ――と、神経を逆撫でするような言葉には、もはや反論すらなくギロリと鋭い目つきで睨み付けるだけ。ただ、これがかなり怖い。と言うか三井先輩は何故ナチュラルに煽るようなことを言うのか。


「さあみんな、練習練習!」

「どうしたんですか三井先輩、急にやる気になって」

「いやあ、やっぱりね、今のインターフェイスの空気がぬるいんだなーってことを再確認したからさ、ここらで1回意識を正さないと」


 これもたまにある三井先輩の発作のような物で、ほっとけばそのうち過ぎ去るからと誰も相手にしなくなっていた。プロ志向で技術がどうこうと言う割に、発声練習すら適当な理由を付けてやらなくなるサークルで、取って付けた姿勢や意識に果たして何の意味があろうかと。


「ホントにさ、ビックリしたよ。緑ヶ丘はあそこまで落ちたかーって。こないだ緑ヶ丘の部屋にお邪魔してきたんだよ。そこでさ、いろいろ見てきたらこの程度で大きな顔をしてたんだーって。これだったらウチの方がよっぽどいろんなことをやってるし、緑ヶ丘ってやっぱりお金があるから余裕ぶっこいちゃうのかな、使いもしない機材を積んでてさ、何がしたいんだろうって。その割にはミキサーの技術なんかも全然じゃない。あ、これじゃダメだなって。僕が何とかしないとなって思って、まずはMMPの意識改革から始めようと思ってさ。インターフェイス全体は、現場にいるプロの人からガツンと言ってもらってー」


 面倒なことが始まったな、と思った。何が面倒って、三井先輩の役職はアナ部長兼機材管理担当なのだ。3年生の先輩にミキサーがいないという都合で兼任になってるんだけど、役職があるということはミキサーだからと言ってその発言を完全にスルーすることも出来ないということだ。

 そして、三井先輩が長々と緑ヶ丘旅行記を話している最中、重く、鋭い空気の漂う場所があった。それは言うまでもなく菜月先輩の席から発せられている物で、ただでさえ機嫌の悪い菜月先輩が、この三井先輩の演説でさらに機嫌を悪くしているようだった。平和だと思っていたのに、一転。


「三井、言いたいことはそれだけか」

「どうしたの菜月、怖い顔しちゃって」

「インターフェイスをどうこうしたいなら、まずは定例会を通すべきだ。個人の独断で7大学で100人を超える組織を掻き乱すな」

「乱してなんかないよ」

「現に対策委員が迷惑してるそうじゃないか」

「そんなことないよ、ねえ野坂」

「え」

「答えなくていいぞノサカ。うちは全部わかってる」


 菜月先輩が何をどこまでわかっているのかはわからないけど、少なくとも、三井先輩がインターフェイスで好き勝手にしている現状に対して怒っていることだけは確かだった。菜月先輩と三井先輩の口論が始まれば、2年生以下はもうどうすることも出来ない。圭斗先輩の到着が待たれる。


「僕は数の暴力で押し込められてるんだよ」

「プロになりたいなら、勝手にYoutuberになるなり専門学校に行くなりすればいいんだ。プロになりたいからここに来る時代はとうに終わってる。過去にプロになった人たちもただここにいたんじゃなくて、自分から一歩踏み出して行動したからプロになったんだ。押し付けられてやる物じゃない。お前は自分の技術を磨きもせずに他の学校を見下したり自分で築いたワケでもない人脈を自慢してるだけで、お前自身は精々中の上のアナウンサーじゃないか。偉ぶる理由はどこにもないぞ」


 菜月先輩が言い終わると、何も言い返せなくなったのか三井先輩は「サークルの平和のためには5連敗しないといいね」と負け惜しみを吐いて席に座った。菜月先輩は相変わらず不機嫌なまま、「誰が平和を脅かしてるんだ」と一言。


「やァー、今日のところは菜月先輩の完封勝利スわ」

「律、お前呑気だな」

「壮絶なラブ&ピースっシた」


 結局、圭斗先輩が到着されたのはこのラブ&ピースが落ち着いてしばらくしてから。ただ、部屋に漂う微妙な空気に何かあったとは察したらしい。


「ん、とりあえず、始めようか?」

「そうしましょう圭斗先輩!」

「そうしヤしょー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る