In Antarctic ice

 今日は火曜日で、昼休みには昼放送のオンエアがある。オンエアは主にミキサーのノサカが担当していて、うちは見守り役。別に何をするでもないから来なくたって問題はないんだけど、一応相方だからその責任として来ている。

 うちが食堂裏口前の通路に座ってパンを食べていると、突然裏口の扉が開いた。圭斗だ。自分以外の曜日に来るだなんて珍しいことがあったものだ。どうしよう、晴れの予報だったから傘を持ってきていない。


「おはよう」

「どうしたんだ、圭斗」

「菜月、この後時間はあるかな」

「授業の後だったらいくらでもあるぞ」

「そうか、ならよかった。とても重大な話があるんだ」

「何だ、とても重大な話って。いい話か悪い話か」

「とんでもなく悪い話だ」

「え、やっぱ時間ないです」

「ん、嘘は良くないよ」


 雨は降らなさそうにしても、いい話ではなかったらしい。オンエアを何の問題もなく終えて、授業も真面目に受ける。それが終われば圭斗との待ち合わせに向かう。だけど、悪い話だと分かっているから足取りは重い。

 圭斗に連れられてやってきたのは情報棟のロビーだ。重苦しい話をするからには何か甘い物でもくれるのかと思いきや、何もないのだからケチな男だ。ふかふかなソファーに腰掛け、さっそく本題へと移る。


「それで圭斗、悪い話って?」

「やりやがったよ、三井の奴」

「三井がどうかしたのか」

「これを見て欲しい」


 そう言って圭斗が差し出してきたスマホに映し出されていたのは、「三井参上!」と書かれたノートといくつも並べられた青い付箋の写真。いったいこれが何なのか、パッと見では理解が出来なかった。


「これは?」

「高崎から送られてきたんだよ。三井が、緑ヶ丘のサークル室を荒らしたらしい」

「はあ!?」

「ご丁寧にも、雑記帳に日付と書置きがしてあったそうでね。この付箋は三井から緑ヶ丘へのダメ出しの嵐だそうだ」

「うわー……引くわー……」

「これが送られてきたとき、僕もドン引きしたよ。それと同時に、高崎の怒りにも納得した」

「いや、これは普通怒るだろ」


 もちろん、圭斗に苦情を入れたからと言って三井本人がその行為を悪いと思っていなければ意味はない。だけど、それを悪いと思わないからこそ三井なのであって、大学間問題に発展した今、圭斗がこれを心底面倒なことになったと思っていることだけはよくわかった。


「アイツは一体何なんだ。僕には到底理解が出来ないね」

「そう言えば、ランニングにハマってるとか言ってた。緑ヶ丘大学に設置されてるランニングコースにも行ってるとか行きたいとか、とにかくそんなようなことを言ってたぞ」

「そのついでにサークル室に侵入した、というので間違いなさそうだね」


 改めてスマホを借りて、画像を確認する。拡大して、付箋には何を書いているのかを読んだり。「使いもしない機材を置いている意味は?」とか「機材をこんなに密集させる?」などと好き放題に書かれている。

 緑ヶ丘のサークル室に入ったことで、家探し中に何らかのスイッチが入っていたとすれば、それは今後のMMPでも扱いが大変なことになるだろう。いや、MMPだけで済むなら全然可愛いものだ。どうする、変に他所様に口を出し始めたら。現に緑ヶ丘は既に被害に遭っている。


「圭斗」

「ん、何だい」

「懸念がある」

「悪い予感だね。一応、聞こうか」

「緑ヶ丘の部屋を見たことで、調子に乗るんじゃないか。この付箋にしたって、どう見てもアイツが緑ヶ丘を下に見て「指導してあげている」感バリバリだろ。変に使命感を拗らせて、余計なことを始めないといいけど」

「菜月の言うことだけに、現実にならないかが怖いね」

「圭斗、この件のことを聞くついでに釘でも刺しといてくれないか」

「僕が言った程度で聞くかどうかはわからないけど、刺してみようか?」


 三井がプロ志向であることは別に全然構わないけど、それを他の人にまで押し付けるのは筋違いだ。昔はそれでよかったかもしれないけど、今じゃもうとっくにそんな空気でも目的でもなくなったインターフェイスでは空回るだけだ。


「ところで、この件に関して一度緑ヶ丘サイドと話をすることになると思うんだよ」

「まあ、高崎が黙ってることなんてまずないだろうからな」

「菜月さん、どうか僕と同席してくれないかい?」

「それはいいけど、何かあるんだろうな」

「ん、“何か”は出来高によって考えるよ」

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