三昧放題のお裾分け

「センターを利用される方は学生証を……」

「こんにちはー」

「あっ、大石先輩!」


 受付越しにひらひらと手を振る男に、川北は飼い主の現れた犬のように機嫌を良くしている。スウェットを着たこの男はおそらくサークルか何かの先輩であろう。春山さんなどとは違って愛想の塊のような顔をした男だ。

 そう言えばどこぞの性悪狸が、サークルの同期に馬鹿お人好しの男がいて、今年度のサークルのことは全部そいつに押しつけたと言っていたような気がする。見るからにこの男があの性悪に利用された哀れな奴なのだろう。いかにも人が良さそうだ。


「えっとね、今日はセンター利用じゃなくてミドリに差し入れ」

「えっ、差し入れですかー?」

「はいこれ」

「えーと、これは」

「クッキーだね。今日さ、アンツ・フィオーレで詰め放題やってて、結構たくさん詰めれたから。ミドリが来ると思ってほうじ茶クッキーも詰めてきたんだけど、バイトだって聞いて」

「わー、わざわざありがとうございますー! えっ、アンツ・フィオーレって結構いい値段しますよね…? こんなにもらっちゃって大丈夫ですか…?」

「詰め放題だもん。元は全然取れてるし、大丈夫大丈夫。湿気っちゃう前にセンターの皆さんで分けて食べてね」

「ありがとうございまーす」

「あ、それと、サークル活動日とバイトが重なってるときは教えてもらえるとちょっと嬉しいかなあって」

「あー、すみませーん、気を付けますー」

「それじゃあ頑張ってね」

「はーい、お疲れさまでーす」


 どうやら男はセンターの利用ではなく川北への用事のためだけにここに来たようだった。受付越しに川北に手渡された差し入れが、部屋の中に入ってくるやいなや甘い香りを漂わせる。


「林原さん! クッキーをもらいました! 食べませんかー?」

「ほう、もらおう」


 ジッパー付きの保存袋の中には直径7、8センチほどのクッキーが10枚ほど。そのクッキー専門店では通常は量り売りで、6~7枚で100グラム500円弱といったところか。それが880円で詰め放題になる日があるそうだ。

 ルール上、袋からはみ出ていても隙間にクッキーを差し込んでバランスを保ち、手などで支えることなくレジまで持って行けば詰めたことにカウントされる。確かあれは強者になると詰め放題の袋に50枚以上のクッキータワーを築くとか。


「しかし、わざわざいない奴への差し入れを用意するなどお前のサークルはどうなっているんだ」

「何か油断するとお茶会みたいになってるみたいなんですよねー。それで、ジップロックと乾燥剤がサークル費で用意されてるって聞きます」

「意味が分からん」

「言って情報センターも油断するとお茶会ですよね」

「それを言うな」

「今日の件は大石先輩が俺に気を遣ってくれたんだと思います。わざわざほうじ茶クッキーを詰めてきてくれたみたいですし」


 ――と言うか、サークル自体が馬鹿お人好しの巣窟なのかという気がしてきた。だとするとあのデミサイコパスに転覆させられていたとしてもおかしくはないが……まあいい。ちょうど湯が沸いたところで、茶を淹れて間食が始まる。


「ん~! サクサクッとして、ほうじ茶の風味がふわ~ってして、おいしいですー!」

「ほうじ茶クッキーなど初めて食うが、美味いな」

「あっ林原さん、こっちの緑色のは抹茶じゃないですか? 林原さん抹茶味好きですよね、食べてください」

「ではもらおう」


 専門店のクッキーなどは元よりあまり食わんし、どんな質の物であろうと腹に入れば変わらないという考えではある。しかし、美味い物は美味いしその瞬間の楽しみだと思えばこれもまた悪くはない。

 川北はご丁寧にも春山さんや土田の取り分も分けている。まあ、ここは無法地帯だから適切に管理しておかねば瞬殺されるのだが。10枚のクッキーを4人で分けると2枚余る。そして今ここには男2人。漂う沈黙の中、川北と目が合う。


「林原さん、残り2枚、今のうちに分けちゃいましょうか」

「どうした、お前にしては悪い顔をしているが」

「美味しいんで、もう1枚食べたいなーって」

「ほう? オレを共犯にしようと」

「よかったらどうぞ」

「うむ、ではプレーンをもらおう」

「それじゃあ俺は抹茶にします」

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