ボールの前に垣根なし

「うねうねうねうね」

「そ。手首柔らかくね」

「うねうねうねうね」

「はい、手首の運動よーし」


 体育館にはドリブルの音、リングにシュートが弾かれる音、シューズがコートに擦れる音が響く。緑ヶ丘大学公認、バスケットボールサークルGREENsの活動は、近くの小学校の体育館を借りて行われている。

 俺、鵠沼康平は1年間の浪人生活を経て緑大に入学、バスケをやりたいと思ってGREENsに入った。バスケはミニバスからやってるバリバリの経験者。そして、コートの脇では初心者への指導も行われている。経験者も初心者も楽しめるサークルらしい。

 GREENsの特色は男女入り乱れてとにかくバスケを楽しむことと、バスケ以外のイベントも充実していること。そして大学公認ということで他のバスケサークルよりは扱いが優遇されていることなどがある。

 バスケサークルとは名ばかりで、実質的に何もやってないサークルも星の数ほどある。ちゃんとバスケやってたっていうのもGREENsに入った要素としては大きい。あと、先輩たちに上手い人が多いなーっていうのと。


「ボールは基本的に指の第一関節より上、指先だけで触るような感じ。手の平は使わない」

「えっ! 手の平使わないんですか!」

「だから手首が大事。あと、指は緩く曲げとく。あんまピンピンだと突き指するよさっちゃん」


 オレンジ茶髪のおかっぱが、楽しそうなイベント目当てにGREENsに入った初心者の三浦祥子。その三浦に基礎を教えているポニーテールの先輩が3年生のシューター、宮林慧梨夏サン。ちなみに、まだ足のない俺と電車通学の三浦は慧梨夏サンの車に乗せてもらってサークルに来ている。

 慧梨夏サンの車の中では三浦がそれはも~うクソうるさい。絶え間なく喋ってるしテンションが高いし一言で言えばバカだ。それに何かダジャレ癖があるのか唐突にしょうもない言葉遊びが始まる。バカに見せかけて頭の回転は案外早いのかもしれない。


「鵠ちゃん、1on1しない?」

「うす」


 俺に声をかけてきたこの人は、4年生の伊東美弥子サン。強気に攻め気のフォワードで、鋭いドライブでインにガンガン切り込むスタイルだ。伊東サンが切り込んで、外から慧梨夏サンが射抜く。それが女子ベストメンバーの基本的な攻撃パターン。

 余談だけど、伊東サンの弟さんが慧梨夏サンの彼氏ということで、そう遅くない将来に義理の姉妹になる。だから既にGREENsでは義姉妹という括りにされていたり、慧梨夏サンは義妹さんと呼ばれていたりする。


「あー行かれた!」

「はい、アタシの勝ち」

「おーい鵠っちー、腰落とすー! 並のディフェンスじゃ美弥子サンは止めらんないよー!」

「鵠沼クンカッコ悪いー」

「いや、三浦、お前には言われたくないじゃん!?」


 いくらなんでも女子には勝てるだろう。そう思っていた時期が俺にもあった。だけど、伊東サンにはなかなか勝てない。スピードがめちゃ速いし、1コ1コの動きにキレがある。細かいフェイントもヤバい。並のディフェンスでは止められないのだ。

 オフェンスだけじゃなくてディフェンスも、ちょっとした隙を狙ってガンガンスティールしてくるから一瞬も気が抜けないじゃんな。GREENsの男女通じて最も超攻撃的なのがこの伊東サンだ。


「サッチー、鵠ちゃんは上手いんだよ」

「美弥子サンに負けるのにですかー」

「鵠ちゃんはどちらかと言うとリング近くでのポストプレイが得意なタイプだからね。比較的苦手な分野で勝負してるから、ハンデもらってるようなモンだよ」

「じゃあ、鵠沼クンの得意分野で勝負したら美弥子サンも負けますか」

「負けちゃうだろうね。アタシ高さないしリング下でもろに当たりに行けば、やっぱ負けちゃうよ。負けたくないけどね」


 実力者に男女の壁はないと教えてくれたのは伊東サンだ。俺と伊東サンの他にも、男女関係なく得意なことで勝負事を繰り広げている人はいっぱいいる。慧梨夏サンも、男子のシューターの先輩とよくスリーポイント勝負をしている。


「じゃあうちフリースローで鵠っちと勝負しようかなー」

「慧梨夏ちゃんそれは反則でしょ」

「マジ反則じゃん?」

「でもさー鵠っちのプレイスタイル的にフリースローの確率を上げなきゃいけないのはわかりきってるじゃないですかー」

「慧梨夏サンと鵠沼クンがフリースローで勝負したら、どれくらいハンデもらえば鵠沼クンが勝ちますか?」

「そうだなあ。慧梨夏ちゃんが20本決めるまでの間に鵠ちゃんが5本でいい勝負なんじゃない? それでも危ないかも」

「慧梨夏サンほぼ100%っすから、確かにそれくらい欲しいっす」

「よーし、その条件で勝負して負けたら鵠っち次のイベントの準備手伝ってね!」

「うす」


 バスケもイベントも全力で楽しむスタンスのGREENsというサークルの全貌はまだわからないけど、現時点でも結構馴染めているし、楽しい。イベントの規模を見てからがスタートだという先輩の言葉に恐怖もあるけれど。

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