第40話 おっさ(略 ですが、取り返すためには覚悟と準備が必要なのです
俺はしばらく茫然自失の状態だったろう。
そうなっていたのは数秒だったとは思うが、そのわずかな時間で、もう二度とクリスが帰ってこないんじゃないかという不安感に襲われた。退職願を開く。シンプルに一身上の都合により退職いたしますとある。
「しかし……」
俺はちょっと前にクリスに依頼された買い出しの紙を見た。……字体が違う。退職願のほうは丁寧だが、文字全体が若干縦長である。その一方で買い出しの紙のほうも文字自体は丁寧ではあるが、やや丸っこくかわいらしい感じである。インクはぱっと見同じように見えるが……。この書類を書いたのは誰だ?そして先程の通信。
「……何者かに操られている?」
先程見たクリスはおそらく本人だろう。聖剣も聖霊もいたしな。その行動はあまりに別人だが。そうすると洗脳系の可能性が高そうである。勇者を洗脳とか大したもんだと思うが。
研究所の建物に入って、緊急信号をぶっ放す。こいつは魔法系の通信ができる知り合いに、非常信号を送れる代物である。アラン、国王の配下、イグノーブル、クズノハ、ノーライフロード、そしてドラゴン夫婦……気が付いたらずいぶん知り合いが増えたものだ。クリスがいないからSOSだけである(・・・―――・・・を教えた)
さて、どうしたものか。まずどこにいったかわからない、と言いたいところだがそうでもない。聖剣先生に仕込ませておいた、発信器を(聖霊には仕込めなかった)。
「聖剣を、探すっと」
かじったリンゴマークつきの携帯を探す機能の要領で、聖剣から信号が出ているかを確認する。出とる。……ロメリオ商会かい!大急ぎでロメリオ商会に向かうしかねぇな畜生。馬にドーピングをさせつつ馬車を走らせ、ロメリオ商会にたどり着く。門番にクリスが来てないかを聞き、もう出たと聞いて慌てて走り出そうとするなりクズノハに首根っこひっつかまれた。
「おいバカいまそれどころじゃ」
いきなり頬をぶたれた。おい、俺何もしてねぇよ!
「こんのバカ者が!繋ぎ止めておかんからクリスが愛想つかして逃げたではないか!」
「待て待て!愛想つかした!?」
「そうじゃ。『いい人が見つかったので結婚しますからドレスをお願いします』とか言いおった」
「はぁ!?あり得ないだろ」
「ヒラガのことは二度と見たくない、じゃと」
おいおいおいおい、どういうことだよ。結婚なんか(現時点で)クリスがしようなんて思うわけねぇだろ。
「待てクズノハ」
「なんじゃ」
「確かにヒラガといったんだな」
「そうじゃ」
「クリスは俺のことをヒロシと呼ぶんだ」
「!?」
クズノハの目の色が変わる。
「じゃあ今来たのは誰じゃ!?」
「それはクリス本人だと思う。だが、どうもおかしいんだ。国教会の宗主のエイブラハムだったか、が急に研究所に来てだな」
「エイブラハムじゃと!?クリスはいい身分の方と結婚するといっておったが、何が起こっておる」
「わからん。とにかくろくでもないことは確かだ。仮にも烙印があるから結婚なんてできません、といったやつが教会の宗主と結婚だぞ、ありえるかこれ」
建物からロメリオも現れてきた。
「宗主のエイブラハム様ですが、私の知る限り立派な方です。まさか急にそんな」
「いけ好かない部分もあるがわしも同意じゃ」
「クリス様と教会のトップが結婚など……反発が教会内でも起きると思われますが」
「普通に考えてそうだろ。そもそもクリスは宗主とあったの今日が初めてのはずだぞ?」
「んでどうするんじゃ?国教会に殴り込みでもするのか?」
「本当なら今すぐにでもしたいところだが、クリスの本音が聞きたい」
「そんなもんならすぐ聞いてやるわ」
クズノハが意識を集中する。俺も無線機に手をやる。
『わしじゃー』
『……さ、む、い……』
クリスの声だ。弱弱しいじゃないかこれ。大丈夫か。
『クリス、おるかー』
『え……くーずーのーはーさーんー……?』
『そうじゃ。ヒラガのバカもおるぞ』
『……ひ……ろーし……た!…たす!』
そこでいきなり通信が切れた。クズノハが首を横に振る。切られたかくそ。
「どうやらその洗脳だか操作だかは、表面的にだけ操ることができるようじゃの。まだクリスの意識はありそうじゃが、時間の問題かもしれぬ」
「……カチコミに行くしかねぇのか教会に」
「わしらは行けぬぞ。さすがに教会に喧嘩は売れぬからの」
「いや、いい。敵にならないだけでも十分だ。あといくつか物を売ってくれればなお助かる」
俺は金貨を数枚取り出した。注文の品をあれこれ持ってきてもらう。
「行くのじゃな」
「ああ」
「惚れた女の一人や二人、とっとと助けてこぬか」
「そんなんじゃねぇよ」
そう、そんなんじゃねぇ。いずれ俺たちが別れるときは来ると俺は思っている。だが、それは今じゃないしこんな形ではないはずだ。
「クズノハ、悪いが俺が国教会にいくのは秘密にしてもらえないか」
「わしはいいが、その後ろの連中はどうする?」
気が付いたら後ろに尻に敷かれているドラゴンがいるではないか。ノーライフロードまでいやがる。
「お前ら……」
『直接的に事は構えないが、我らの仲だからな』
『デュランのやつが教会にわたるのはまずい。私も手伝おう』
「すまん、なら乗せてもらうぞ」
『構わん』
俺とノーライフロードはドラゴンの背中に乗った。こんな形ではなく好きな時に飛べたらいいんだがな。やっぱり飛行船作ろう。そう思って教会への道を進んでいると……行き倒れがいるではないか。しかもあれ、おい、マックスウェルかよ!?
「ちょっと降りてくれ」
『ん、あれは……教会の……』
俺は慌ててマックスウェルに駆け寄る。ポーションを傷口にぶっかけ、ついでに飲ませる。
「ひ、ヒラガか……」
「マックスウェル、何があった!?」
「宗主が乱心した。いや、宗主だけではない。一度に……レミリア様が私を逃がしてくれたのだ……逃げるのは私ではなくレミリア様だったらよかったのに……」
教会内で内戦でも始まったのか?何が起こってんだかさっぱりだ。それもクリスの洗脳と関係しているのか?
「こっちも、クリスが退職した」
「おい、そんなの関係ないだろ」
「宗主のエイブラハムが研究所に来てすぐあとに、でもか?」
「なっ……」
「しかも宗主とそのクリスが結婚するとか言ってるんだが」
「はぁ!?」
すまんマックスウェル、実際俺も全く同じ気分だ。
「マックスウェル、本当に何が起こってるんだ」
「……にわかには信じられないのだが、まさか……アルコーンが?」
「アルコーン?何だよそれは」
「……今のは聞かなかったことにしてもらえないか」
アルコーン……どっ……かで聞いたことがあるような気がしないでもない。
「宗主直下の国教会の天使6人が奇襲をかけてきたのだ。レミリア様たちは天使たちを抑えようとしたが……」
天使が天使と戦う、だと。そういえば聖剣が天使について少し語っていたな。相手を想定すると、あれとあれとあれを使うしかないか。出来たら殺さず何とかしたいな、天使たちも宗主も、そしてもちろんクリスも。どうも洗脳or操作系、それも相当の存在がいるような感じだ。
「いろいろ分かった。これから俺は研究所に戻ったあと教会に行くが」
「……私も行かせろ。このようなことが明るみに出たら教会は……」
「そりゃしゃあないだろうな。最悪うちにくるか、あんた付きの天使さんも含めて」
「断じて断る」
おー、壮絶に嫌われてしまったな。
『アルコーンか。……ヒラガよ、だとすると一筋縄ではいかないぞ』
「うおっ!貴様!何故ここにいる!?」
『ヒラガを助けに来たんだが』
「審問官としてお前を……と言いたいところだがそれどころではないな」
自嘲気味のマックスウェルはさておき、ノーライフロードの発言が気にかかる。
「アルコーンについて何か知ってるのか、ノーライフロード」
『教会の生みの親であり最大の敵だった存在だ。今の世界がこうなった根源的な理由でもある』
「敵というのはちょっと違うかもしれないが……いやお前にとっては敵か、骨」
マックスウェルのいうことの意味がわからない。
「どういうことだ?」
『かつて、人類は自らの文明により滅亡の危機に瀕していた。そこで、人類は生命科学と量子計算機を融合させた存在によりその状況を打破しようとした』
おとぎ話というには妙にリアリティのある話だ。ノーライフロードが続ける。
『その知性に、しかし、超次元からの何者かのアクセスがあった。超次元からのアクセスにより変容した存在は自らを神と称し、人類を断罪した』
と思ったらこれかい。コンピュータの暴走って60年代のSFかよ。
「その数を数百万にまで減らした人類は、だが、辛うじてアルコーンを封じ込めることに成功した。その際には非人道的な研究で対抗したろくでもない輩が多数いた。目の前のこれとかな」
『指差すなよ』
マックスウェルがつくづく嫌そうにノーライフロードを指差す。
「なるほどな。聖剣や聖霊もか?」
『聖剣が作られたのは後年の話だ。ともかく、アルコーンの暴走を抑え込みつつ、人類をかろうじて存続させるために、人類はアルコーンをも騙した』
「騙した?」
『人類を滅ぼし世界を救うという計画は着々と進んでいると。例えば人間の数を増やさないなどというのはそういうことだと。そして教会は、逆にアルコーンから様々な権益を世界にもたらした』
どっちが悪いかもうわかったもんじゃねぇ。でもそういうスタイルは嫌いじゃない。
『アルコーンの中ではいまは僅かな時間しか経っていないはずだな』
「そこまで知っていたか。過剰に冷却された状態だからな」
『しかしこうなったとなると、アルコーンをどうやって抑え込むか……1000年前と違って我々には何もないんだぞ』
マックスウェルとノーライフロードが言い合っているのを聞きつつ、俺はこう呟いた。
「そいつって核とかで吹き飛ばせないのか?」
『すぐに核に頼るのやめろよ』
「それができれば苦労はない。僅かな断片からでもヤツは再生するからな」
核じゃダメか。しかし生物だし物体なんだろ?生き物なら殺せるし物体なら破壊できる。
「ならどうやって対抗するんだよ」
『分からん』
「分からんじゃ困るだろ。俺ははよクリスを助けてのんびり研究に戻りたいんだ」
「……この後に及んでそれかよもうヤダこいつ。……待て」
「どうしたマックスウェル」
「……宗主の様子がおかしくなってから、ヒラガのことを気にしていたな。すごく嫌そうな顔をしてた」
単に俺のこと嫌いなんだろうな宗主。
「そこまで嫌われるようなことしたか?」
マックスウェルは頭を抱えてうなだれ、次に急に叫んだ。
「いい加減自覚しろ!」
「しかし俺の何をそんなに嫌がる」
「……あぁ。お前と、お前の仲間がしきりと魔力の波を使って通信していたようだが。それをストレスに感じているようだな」
……電波?しかし宗主人間だろうに。クリスのような魔法でも使えるのか?
「マックスウェル。宗主も魔法は使えるのか?」
「魔法というと語弊があるが、神跡を行使してだな……」
「どういう系だ?」
「神の力といえばそれは……例えば雷であるとか……」
「んじゃ勇者も神の力を使ってると」
「そうとも言えるな」
……なーんとなく、なーんとなくとっかかりが見えたぞ。
「それにお前、疲れなくするクスリとか使ったことがあるよな?変なクスリが蔓延するんじゃないかとおかしくなる前から不安に思われていたが、乱心の後にも懸念していたな」
「大したもんじゃねぇよ。カフェインくらいのもんだぞ俺使ってるの。もっと凶悪なヤツを各種合成してみたがまだ未使用だ」
マックスウェルがとうとう座り込んでしまった。
「大丈夫か?」
「お前のせいで大丈夫じゃねぇよ」
そうはいうが、かなりの失血があったからだろうが、しばらく安静にしてろ。
「そう、それもやたら気にしてたな。その時はふーんという程度だったが」
「よしわかった。ひとまずだ。クリスを助けるためにも……やっぱり研究所に戻るぞ」
「『『はぁ!?』』」
三人に同時に突っ込まれたが、戦いに勝てなきゃ意味がない。大切なものを取り返すには必要なことだ。覚悟を決めることだ。
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