第32話 おっさん(略 ですが気まずい思いをすることもあります
……目が、覚めた。ここは……そうか。俺は救援活動をして、そして倒れたんだったな。ここは村の診療所か。それじゃあ、こういうことだな。
「見知らぬ、天じ……」
「あっ、気がついた!」
目の下にクマを拵えたクリスがそう叫んだ。村人たちがやってくる。畜生、言わせないつもりかよ。
「先生!お目覚めですか!」
「よかった……無事だったか……丸2日も意識が戻らないからまさか先生が5……」
「おい!」
5……だと?何の数字だ?決まってる。そう言うことか、村人の1人が漏らしたその数字の意味は。
「……全員は、ムリだったのか……」
「先生、何言ってんだ。先生がいなかったらその100倍は人が死んだんだぞ?」
「おう。俺んとこの子供たちもなんとか助かったしな」
「本当に先生やクリス様、グラント様のおかげです」
「しかし……」
4人は死んだのか。助けられなかった、結局俺なんてその程度の存在だ。そう思って俯いているとだ。
『いや、先生は頑張っとった。ワシがよく知っとる』
ロペス爺さんがそういうのを聞いて、俺はどんな顔をしていただろう。死んでる割には元気だな爺さん!
「おい爺さんあんた死んだんじゃなかったのかよ!」
『私が施術した。死んではいるがな』
『ひとまず色々手続きした後ターンアンデッドしてもらうつもりじゃ』
『死んだ4人はアンデッド化に成功した。高齢者のアンデッド化の研究は進んでなかったからな。いい成果が得られたぞ』
チベットスナギツネみたいな目つきで、俺はノーライフロードと死んだはずの爺さんを見ていた。気まずい。おう……便利だな異世界。死亡手続き自分でできるし遺産相続問題も減りそうだ。
「子供たちは全員回復しました。元気に遊んでますよ」
クリスがそういうから窓のそとを見ると、ドラゴンが子供たちに棒で殴られている。何やってんだよあいつら。
『フーハハハ、勇者たちよ我に勝てると思うなよ!』
「なんだとぉ!俺たちにはヒラガ様がついているんだ!魔王すら爆破できるんだぞ!お前なんか吹き飛ばしてやる!」
『子供たちよそれは反則だ』
遊んでもらってるのか。それはいいけど俺を引き合いに出すなよ、あとぶっちゃけ今病み上がりで、野ネズミ相手にも勝てる気がしないんだが。
「……それと」
クリスの表情が怖い。何かやったか俺。
「何ですか、これ」
ノーライフロードに献体するって遺書じゃん。何でクリスが持ってんだよ。
「何って、遺書」
「何で勝手に死んだら献体するとか書いているんですか!」
「そらノーライフロードには世話になってだな」
ドンっ!と地震でも起きたかのような音が起きる。
「わたしを残して!勝手に死なないで!」
涙目でそう叫びながらテーブルに両手を叩きつけたクリスだが、テーブルにヒビ入ったぞおい。村人はおろかノーライフロードもビビっている。うちの従業員が申し訳ない。
「……クリス様って先生の奥さんだったんですか?」
「えっ!?」
そらその言い方じゃそう思われるぞクリス。言い間違えたのが余程恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤になっている。
「えっと……いえ、その……」
「まぁでも万が一の話だが、俺が死んだあとの遺産はクリスにしか託せないな」
「ちょ、ちょっと!ヒロシ!」
「おい!ヒラガ!」
聖剣と真っ赤な顔したクリスが叫んでいるが、実際のところ身内って身内クリスしかいないじゃん俺。王国とかノーライフロードに遺産渡すのもちょっと変だし、アランに至っては追放されてるしな。貰っても困るだろうな。ということは、実際クリスにしか託せないんだよ遺産。
「やっぱり奥様だった……?」
「いやでもなんか違うっぽくない?」
「まさかの
「信頼できる従業……いや、仲間だ」
「はぁ……」
なんかクリスに極大のため息をつかれたが、事実は事実として認めて欲しい。最早単に雇用関係だけじゃないだろう俺たちは。
「だからやめとけって言ってるだろ前から」
「そういう問題じゃないです。はぁ……」
聖剣がなにかごちゃごちゃ言ってる。病み上がりなんだから静かにして欲しい。
「いいけどとにかくちょっと休ませてくれ。ちょっとでいいから何か食べものもくれると助かる」
クリスが持ってきてくれた経口補水液が、なんていうべきだろうか、クソ美味い。塩分どれだけ失ったんだ俺は。ついでに持ってきてもらった粥のようなものを、少しずつ口に運ぶ。食べさせようとしてきたのは断って、自力で食べることにした。それくらいは自分でできるって。小さくクリスに舌打ちをされたのはなんでだろうか。
粥を食べ終わり、トイレに行ったがもう下痢も収まっていた。村人たちも快方に向かっているのか、トイレに殺到という状況は無くなっている様子だ。俺が最後かよ。 まだ寒気がする。季節的にはまだそこまで寒くないはずなのにな。まだまだ寝ていた方が良さそうだ。
次の日、目を開けると、見知らぬ男が俺の顔を覗き込んでいる。もう1人女のような姿もある。
「おう。誰だ?」
「……この男が、禁書を使っている疑いがあるということです」
「いや、ですが、禁書庫には誰も入った形跡はないんです」
「目が覚めたか」
「あんたたちは?」
髪の毛がツンツンした神父のような姿の男と、羽根が生えた……天使?ファンタジーだから天使くらいいても不思議はないのか。
「貴様がヒラガか。私は禁書審問官のマックスウェル」
「そのマックスウェルが俺に何の用だ?」
「貴様に禁書使用の疑いが生じている」
どういうことだよ。禁書なんて触ったことすらないし、だいたい禁書庫の鍵は王室が厳重に管理してんだけど。俺入れないぞ。
「ちょっと待てよ。俺が何をやった件だよ」
「例えばあの魔王城吹き飛ばしたのはなんなんだ」
「あれくらい高濃度ウランがあれば高校生にもできるだろうが。知識として知ってただけだっての」
「えっ?」
マックスウェルがギョッとした表情で天使をみる。天使は半分諦めたような表情で俺たちを見比べている。
「他にも各種爆薬作ったり」
「あんな低レベルなもんなら空で覚えているだろ」
「えっ?そういうものなのか?」
天使は目を閉じて首を左右に振っている。
「だから言ったんです」
「えっ、でも、ならこいつの知識はどこから」
「そこまではわかりませんが……」
「俺がこっち来る前の記憶だよ。前世の」
「そんなことがあるわけがないだろう」
宗教の人に前世を全否定された。一応俺マッドサイエンティストやってんだけど……どっちが科学の側かわからないな。
「そうは言ってもだな、ノーライフロードに別の世界から死んだはずの俺の記憶とかダウンロードされてだな」
「別の世界!?」
「そういうことの方が、まだ禁書庫を開けたのに比べたら理解できます」
天使のお姉さんには何故か理解されてしまった。
「つまり貴様の頭の中には、禁書相当のものが山ほど詰まっているということか」
「そういうことになるな。しかしあやふやな部分も多いぞ。だから石油化学とか進められないし」
「石油化学!?そんな!化石燃料は枯渇していたはずでは!?」
今度は天使のお姉さんにギョッとした顔で叫ばれた。マックスウェルも固まっている。
「生物合成で作りつつある。ドラゴンとヒドラを使って」
「せっかく環境中にプラスチックの放出をやめて1000年経ったのに……」
「生分解性プラスチックだけにすりゃいいだろうが」
お姉さんとうとうアタマを抱えた。そんな変なこと言ったか俺。
「しかし困ったな。
「もう散々やられてますよ、核とか……」
「神よ……」
おまえらそんな俺のことが嫌か。この世界の住人が地球の核兵器事情知ったら気絶しかねないな。
「むしろ逆提案がある。教会として俺が何やっていいか教えてくれないか?そうすりゃ俺も多少抑えがきく」
「でも今までの経緯からすると、わたしたちもあなたが何やらかすか全然想定しきれませんよ」
「そもそも私は貴様が何をしているか理解できてない。天使様は理解しているようだが……」
これだよ。これだから知識の制限なんかしない方がいいんだよな。
「はぁ……ちょっと聞きたいんだが、なんだってそんなに教会は制限を押し付ける?」
「人間の自由意志というものは、必ずしも善とは言えません」
変なこと言いだしたな天使のお姉さんよ。続きを聞こうか。
「確かに人間は、その知性をもって多くの問題を克服してきました。様々な病、天災や食糧問題、そして情報伝達、知識の共有。ですが、その代償として環境を劇的に破壊し、多くの生物を死に追いやり、自らの存続すら危うくしました」
「そういう側面もないとは言わんな」
「そこで、わたし達は人間の行いに制限をかける代わりに、人間達に恩恵を与える仕組みを作ったのです」
「それが教会か。なるほどな。しかしその教会も万能ではないのか?」
マックスウェルと天使は顔を見合わせ、暗い顔になりこちらを向く。
「あぁ。今回は聖水の生産が間に合わず、この村から多くの犠牲を出すことになっただろう」
「……教会としてはあなたの行いは肯定できません。しかし、わたし個人としては言わせていただきます。ありがとうございますと」
いいのかよ。天使のお姉さん、あとで教会に問題視されないだろうな?
「……迂闊なことをいうと堕天させられますよ」
「はい、すいません」
天使というのも大変だな。
「……レミリア様が堕天させられましたら、私も破門される覚悟です」
「そんな!」
「だからおやめいただきたく」
「わかりました……」
「俺のことなら気にすんな。気持ちだけもらっとく。なんならこの村を助けたのも、俺がやったんじゃないことにしたっていい」
「なっ!?それはさすがに私も肯首できないぞ」
教会一派はともかく、この二人は本当は俺と一緒だ。助けに来たかったんだろ?助けられる道具が違うだけのことだ。
「それより教会の人たちなんだろ?頼みがある。クリスを教会に引き渡せという話は知っているな?」
「あぁ。あの勇者は、禁書によって生み出された存在だからな」
「教会に引き渡すのをやめさせることはムリなのか?」
「それは……難しいです。彼女の存在は、魔王に匹敵する世界のリスクだと教会では認識されています」
「クリスをどうするつもりかだけは聞かせろ。殺すとかいうなら……」
俺はどんな顔をしていたんだろうか。マックスウェルと天使が身構える。
「……今すぐ引き渡せとは言いません。彼女がこの村で多くの人を献身的に助けていたことも聞いています」
「私としても勇者個人に他意があるわけではない。よしんば教会に引き渡してもらったとしても身の保証はする。……この一命に変えてもな」
やっぱりそういうことなのかよ。マックスウェル個人はともかく、教会はやはりクリスの敵だ。つまり俺の敵ということになるな。
「逆にいうとマックスウェル、あんたの命が必要なくらいなのか」
「……そうだな」
「そこまでクリスを危惧するのはなんなんだ?理解できないんだが」
「勇者の能力を持った人間がこの世界に二人いる、これが何を意味するかわかるか?」
「いや」
天使のお姉さんが目を閉じた。そして、静かに語り始める。
「教会の制御を離れて、大変高い戦闘能力を持ち、知性の高い人間が無数に増えていく、これは教会にとっては脅威そのものです。人間が、わたし達の力を超えていき、そしてこの世界を破滅に導く可能性が」
「そんなのわかんねぇだろうが」
「そう、あくまで可能性です。でも、その可能性を私たちはこれまでしらみつぶしに潰してきました。しかし」
「……抜け道だらけだ。あの忌ま忌ましいアンデッドや女狐どもめ!」
「俺が謝るのもなんか違うが申し訳ない」
あいつらやりたい放題だからな。多分追い詰めたらまたうまいこと逃げるんだろうな。やれやれ。俺は死んだらそれまでだってのにな。
「話は戻るが、クリスをハイハイと引き渡せるわけはないぞ。覚悟はしてもらう。万が一烙印消せるんなら文句は言わせない」
「……えっ?そんなことまでできると?」
「できるとは言わない。だが、やる」
「正気か?」
「さあな」
「……わかりました。約束は約束です。期間が来るまではお預けします。我々のところにきてもらったあとは、彼女にはシスターになってもらうつもりです」
「そんなことはさせるつもりはないがな」
「……そうですか。では、また、引き渡しの時に」
マックスウェルと天使は、そう言って俺のいる部屋を後にした。もう昼近いか。そんなに話してないのにな。入れ替わりにクリスが入ってきた。
「今のお二人は……」
「教会の人たちだった。お礼を言われたぞ」
「……そうですか……。ところで、お腹すきませんか?」
「確かにな。身体も治ってきたし、メシでも食いに行こう」
そうして俺たちは村の食堂に足を運んだ。食堂はかなり混んでいたので相席をお願いされた。断る理由もないので俺たちが座った席には……教会の二人がいた。お互い、カッコつけてこれだよ。すんげぇ気まずかったのは間違いない。食事が終わるまで一言も話さなかった。
……食堂のメシ自体は、めっちゃ美味かったです。
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