ホラ吹きハーメルン

Win-CL

1.『Iron Heinrich(アイロン・ハインリッヒ)』

 グリム童話――それはこの世界で一、二位を争う程に有名なメルヘン集だろう。


 赤ずきん、灰被り姫、白雪姫、ラプンツェル、ヘンゼルとグレーテル。

 そのどれもが世界中の子供に、大人に愛され。様々な形でリメイクされている。


 古くから伝えられた伝説や民話を元に編さんされており、必ずハッピーエンドで終わるわけではない、という大きな特徴があった。


「KHM27のクエストってどんな内容だっけ?」

「KHM27――『ブレーメンの音楽隊』だね。それぞれの居場所を失ったロバ、犬、猫、ニワトリの四匹がブレーメンを目指す道中に、力を合わせて泥棒を小屋から追い出す物語だ」


 クエスト、ゲームで出された課題。KHMというのは、グリム童話の物語たちに振られた番号のこと。だいたいのクエストは、その番号の物語の内容に沿ったものとなっている。


「戦闘もあるけど、四人でパーティを組んでいくと簡単に終わらせられると思うよ」


 ――結局、この物語の結末は『泥棒を追い出したあとは、小屋で幸せに暮らしました』となってブレーメンまで行かないのだけど。


「へぇ、それじゃあ野良で探してみようかな……。ありがとう、ハーメルン! 暇だったら一緒に行く?」


 ハーメルン、それがこの世界での自分の名前。もともと童話が好きなこともあり、グリム童話がモチーフになっている没入型VRMMO『Iron Heinrich(アイロン・ハインリッヒ)』のプレイヤーの一人の名だった。


「ほら、僕は笛を吹くしか能がないからさ。戦闘職なら直ぐに集まるだろうし、同レベル帯で組んでいったらどうかな」


 自分の童話の知識がそのまま有効活用できるこのゲームの中で、自分は吟遊詩人として活動しているのだけれど――こうして、他のプレイヤーから尋ねられることがままある。


「最後のクエストに出てくるラスボスだけど……誰もクリアしてないって本当?」

「『誰も倒せない』って言われてるし、実際そうなっているのは確かだね……。でも――本当は“ある条件”を満たしたら倒せるって噂もあるんだ」


「……それってどんなの」


 ゴニョゴニョと耳元に口元を寄せて、ひそひそウィスパーで教えてあげる。


「……カエル!? なんでカエルになるのさ」

「このゲームの名前を知っているかい。鉄のハインリヒ――つまり、グリム童話の最初の物語である、『カエルの王様』さ。KHM1のクエストだけ用意されてないってことはそういうことだろう?」


 最後のクエスト『KHM???』について尋ねてきた少年は、信じられないという表情をしていたけど――暫くしてうんうんと頷くと、意気揚々と腕を回していた。


「へぇ……今度いろいろ試してみようかな」

「まずは他のクエストを終わらせ――」


「まぁた、つまらない嘘ばかり吐いてるぜコイツ」


 少年と自分の会話に無理矢理割って入ってきたのは狼――二足歩行をした狼のアバターをしているプレイヤーだった。鋭い目つきをこちらに向けたまま、ずんずんと此方へと近づいてくる。


「笛吹きがホラ吹いてどうすんだよ。あぁ?」

「でも、他の童話たちはこのゲームに関わっているだろう?」


「そんな事、俺が知るかよ。適当なこと言いやがって。そんな簡単なことだったら、誰かがクリアしててもおかしくないだろうが!」


 大方、このプレイヤーも挑戦してきた帰りなのだろう。歯が立たなくて、それでも腹は立って。こうして自分に八つ当たりと、欠片もモラルが備わっていないように思える。


「つまらねぇガセ流してんじゃねえぞ」


 胸ぐらを一気に掴み上げられる。――が、痛みも、苦しささえもこの世界には存在しない。死ぬ時は死ぬが、次の瞬間には近くの神殿でリスポーンされる。そんな仕様だからか、このゲームでは他のプレイヤーを傷つけ、あまつさえ殺せるPK(プレイヤーキラー)システムが採用されていた。


 ……この狼と戦うか? いや、それはしたくない。

 というよりも、できない。


『赤ずきん』の狼だろうと、『七匹の子ヤギ』の狼だろうと、グリム童話のキャラクターであることには変わりない。


 このゲームの大きな特徴の一つとして――実際のグリム童話のナンバリング(KMH)がある作品のキャラクターを演じてロールしていると、能力に大きく補正がかかるのだ。


「なぁ……暴力はやめにしないか?」


 叶わぬ頼み事だと分かっていても、一応言ってみる。


 ――自分のロールしている『ハーメルンの笛吹き』といえば……無いのだ。KHMに入っていない、番号を割り振られていない、“のけ者の物語”なのだった。


 ……それでも、ボクはこの童話が好きだった。


「あばよ、ホラ吹き野郎」

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