第二回 痴漢と正義漢(大天狗)

「今日が大天狗様で良かったです。九尾さんだったらふざけるところでした」

「人々の疑問にまっすぐ向き合うのも役目じゃからな」

「ありがたいです。では、次のお便りに行きますね」

「うむ」

「えー、ラジオネーム『正義漢』さん」

「正義感? 変わった名前じゃな」

「いえ、文字の漢字の漢で『正義漢』ですね。正義を行う男性という意味です」

「なら送り主は男か、ハァ……」

「露骨にやる気をなくさないでください!」

「あー、はいはい。それで内容は?」

「もう……えっと『先日、電車通勤中に同じ車両内で女性が「痴漢っ!」と叫びました』」

「ワシ、あまり痴漢シリーズは好きではないのぅ」

「性癖の話ではありません!」

「おっと、今のは聞き流すのじゃ」

「もう……えっと『男性は「違う! 自分じゃない!」と言って駅に着くなり立ち去ろうとしましたが周囲の乗客に捕まってしまいました』」

「年貢の納め時じゃな」

「『男性が逃げようとするところを捕まえた一人が「やっていないなら警察に行って科学捜査で白黒はっきりつけた方が後腐れ無いぞ」と言って男性を説得し、男性はその提案に納得したのか大人しくなりました』」

「科学捜査か。最近はすごいらしいな」

「触ったかどうかも衣服についた指紋や手についた繊維である程度わかるらしいですね」

「ワシの若い頃にこれがあったら……ゾッとするな」

「え? 前科ですか?」

「時効じゃ。もう五百年ほど前になる」

「怪しい話はやめましょう。えっと『次の駅に着いた時、捕まった男性を挟んで反対側にいた二人の女性が目撃者なのかわかりませんが、なぜか被害女性と一緒に電車を降りていきました』」

「ん? どういうことじゃ?」

「『電車は降りなかったのでその先はわかりませんが、被害女性とその二人の女性はどうも初対面のような雰囲気がしませんでした。もしかしたら男性を痴漢の犯人に仕立て上げようとしてのかもしれません』」

「なんと……女はいつの時代も恐ろしいな」

「『それを見て思い出しました。私は八年前、痴漢の犯人を捕まえたことがあります。犯人は頑なにやっていないと言っていましたが、私は正義感から周りの乗客と一緒に犯人を捕まえたのです』」

「なるほど、言いたいことはわかるな」

「『当時捕まえた犯人が本当に犯人だったのかどうか、今日のことでわからなくなってしまいました。もし男性が潔白だったらと思うと夜も眠れません』だ、そうです」

「……だ、そうです、と言われてものぅ」

「難しいですね。少し前まで痴漢はほぼ確実に犯人とされる傾向がありましたから」

「痴漢に仕立て上げる女は多いのか?」

「多くは無いと思います。ですが示談金目的などでいないわけではありません」

「うーむ、今回の件もそうじゃが、八年前のものは確認できんのぅ」

「それで夜も眠れない、とのことです。なにか良いアドバイスはありますか?」

「ふむ、アドバイスか。なら一言、忘れろ!」

「え? 忘れるんですか?」

「犯人かどうかの判断は警察の仕事じゃからな。確認できぬ以上は時効みたいなものじゃ」

「それはそうですが……さすがにそう簡単に割り切れませんよ」

「こやつは正義感に従って行動したまでじゃ。後のことなど放っておけば良い」

「しかたないとはいえ放っておくというのもなんだか……」

「それよりも世の男よ。天地神明に従って痴漢をしていないのであれば潔白を証明せよ」

「昔は難しかったですけど、今は科学捜査を希望すれば対応してもらえますからね」

「無罪潔白を自らの行動で示した男は見事じゃ。悪女に屈するでないぞ!」

「確かに、ですが実際に犯人もいるので本当の犯人には捕まってもらいたいですね」

「うむ、そのことなのじゃが……」

「はい? どうかしましたか?」

「世の男にもう一つ言っておきたいことがある!」

「ものすごく力が入っていますが……どうぞ」

「痴漢などというせせこましいことで満足するような男に価値など無い!」

「断言? まぁ、犯罪者には厳しくてもいいと思いますが……」

「男なら女を口説き落として抱け!」

「って、いきなり何を言ってるんですか!」

「痴漢などというつまらんものがあるから少子化などという事態に陥るのだ」

「関係性……あります?」

「当然じゃ! 世の男共はもっと女好きであれ!」

「えっと……熱弁に力が入っているので、皆さんもう少しだけ聞いてみてください」

「今の男は少々奥手過ぎる。もう少し大胆に打って出るべきなのじゃ」

「えー……具体的にはどうすればいいのでしょうか?」

「簡単じゃ。行く先々で女を口説くのじゃ」

「ちょっとっ! イタリアじゃないんですから」

「どこであろうと関係ない。男は女を口説き落として子を孕ませるものだ」

「ま、まぁ、そうかもしれませんが、極端すぎませんか?」

「なぜじゃ?」

「ナンパしまくれってことですよね?」

「そうじゃ。独身男はな」

「ああ、独身男性限定ですか。ちょっと安心しました」

「不倫はいかんぞ。後々面倒なことになる。ワシも五百年前にやらかしたからな」

「経験談っ! 経験者ですか?」

「もう時効じゃ」

「もしかしてさっきの話ですか?」

「あの手この手でなんとか逃げ切った。いやぁ、科学捜査がない時代で助かったのぅ」

「いやいやいやいや……全く褒められたものじゃありませんって!」

「しかたなかろう。そうしなければ色々とまずかったのじゃ」

「色々まずかったとはどういうことです?」

「さすがに全ては話せんな」

「まぁ、放送禁止用語あたりは出てきそうな気がしますね」

「だが一つだけ言えることがある」

「はい、なんでしょう」

「あの騒動から逃げるために山ごもりをして修行を始めたのじゃ」

「え? 大天狗様?」

「そのおかげで今のワシがある!」

「不倫ですか! 大天狗様の誕生秘話が不倫ってことですか?」

「まぁ、そのあたりは想像に任せよう」

「いや、聞きたいんですけど? ものすごく聞きたいんですけど?」

「詳細は話せん。方々に迷惑がかかるのでな」

「えぇー……聞きたいんですけど、ダメですか?」

「諦めるのじゃ」

「はぁ、しかたありませんね。大天狗様の過去については詮索しないようにします」

「そうしてもらえると助かるのぅ」

「えっと、話を戻しますね」

「うむ」

「『正義漢』さんの過去のことについては、忘れるのが一番ということですね」

「そうじゃ。そして痴漢だといわれても潔白であれば動じず対応せよ」

「痴漢は犯罪ですが、でっち上げるのも犯罪ですからね」

「そうだ、そして独身の男は行動的であれ」

「そっちはお便りの本題とズレていますよ」

「多少は良いではないか。重要なことじゃ」

「確かに重要ではありますけど……」

「そして不倫はいかんぞ! 絶対じゃ!」

「もー……またその話題にいくじゃないですか」

「なんじゃ? いかんのか?」

「いえ、いけないことですよ。ですがその話題を出すと気になります」

「何が?」

「大天狗様の過去のしでかしですよ!」

「おっと、それはいかんな」

「はい、いけません」

「不倫はいかんぞ」

「経験者の言葉ですから重みがありますね」

「男は女を捕まえろ、そして捕まえた女は一生大事にせよ。これが本当の正義漢じゃ」

「時代や男女のあり方は別にして、うまくまとめた感じですか?」

「フッ、こんなところで経験が生きるとは思わなかったな」

「生きているのでしょうか? まぁ、生きているということにしましょう」

「先達の者の言うことは聞いておくに限るぞ」

「先達って……はい、『正義漢』さん、お便りありがとうございました」

「またの便りを待っておるぞ」

「では次のお便りにいきましょう」

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