第352話 『甘露』が支配する

「明星先輩に頼まれて聖槍町にやってきたら、町は壊れているし、変な化け物はいるし、何事かと思って様子を見ていたら……とんでもないこと言いやがって」


 マドカの口調が荒い。


 額に血管が浮き出るほどに、頭に血がのぼっているのだろう。


 まぁ、気持ちは分からなくもない。


『男の娘』


 男性の体を材料に、無理矢理女性の形を作った醜悪な化け物のモデルと言われたのだ。


 乙女の沽券に関わる、重大な問題である。


「ただでさえ『町の破壊者』とか訳の分からない称号を与えられたのに……って、確かに町は壊れているけど。え、もしかして、アレが伏線!? あんな雑なのが!? イヤだ! あんな化け物のモデルが私なんて絶対にイヤだよ!!」


 マドカは一人でなにやら訳の分からないことを言い、一人で苦悩している。


「あああ……『ネタ枠』とか『オチにしか使われない女』とか、幻聴が聞こえてくる。許せないっ! あのハムスター……どうせ黒幕はアイツでしょ? どうしてくれようか。一発はぶちかましたいけど、今は……」


 一瞬、悪魔と見間違えるような表情を浮かべ、マドカは笑っている。


 その間に、叩きつけたはずの巨大な樹木が、ガサガサと動きだした。


「……マドカ!」


 マドカの母親、ナナが異変を察知して声を上げる。


 その声に気がついて、マドカはそちらに目を向けた。


「あ、お母さん。大丈夫ー? ケガしていない?」


 マドカは、のんきに母親に手を振った。


「そんなことより、木が! 動いているよ!」


「大丈夫大丈夫……そんなに、簡単に抜け出せないから」


 マドカの言葉に呼応するように、ガサガサと動いていた樹木の動きが止まる。


「私が叩きつけた『生命の樹』は、生き物の体に根を張る。不死身だろうが、再生しようが、樹木の根は体を拘束し続ける」


 ふわふわと、マドカはそのまま『生命の樹』に拘束されている『男の娘』の隣に降り立った。


「うわっ! くさっ……くない。むしろ良い香り。えー、化け物のくせに甘い香りがするんだけど。逆に気持ち悪い」


『男の娘』の体臭が匂ってきて、マドカは怪訝な顔をする。


 一応、ヤクマが本当の美少女を目指して作り出したのが『男の娘』だ。


 近づくと醜悪な造形だが、それなりに『美少女』ではある。


 それが気持ち悪いし、嫌悪でしかないのだが。


「さてと。滝本先生は……と」


 マドカは気持ちを切り替えて、目的の人物を探す。


「よぉ、百合野。助かったぜ」


 マドカが『男の娘』に『生命の樹』をぶつけた衝撃で離されたのか、滝本は近くの地面に転がっていた。


 手足がいびつな方向に折れてはいるが、命に別状はなさそうである。


「いたいた。大丈夫そうですね」


「大丈夫って……まぁ、命はあるが死ぬほど痛い。というか、聞いた感じ、様子を見ていたなら、もう少し早く助けてくれてもよかったんじゃないか?」


 ばしゃばしゃとマドカに回復薬をかけられながら、冗談混じりで滝本は聞く。


 余計な一言を。


「そうなんですけど、ちょっと興味深いことが聞こえたので……滝本先生。この化け物を見て、あの男の『理想』だとか何とか言っていましたよね? つまり、この化け物が私に見えたってことでしょうか?」


 笑顔で、にっこりと。


 マドカからの質問に、滝本は目を空に向けた。


「……空が綺麗だなー」


「話の逸らし方がド下手ですよ?」


 マドカの回復薬のかけ方がどんどん雑になっていく。


「プァッ!? いや、その、な。あれは……って、オイっ!」


 顔にかけられた回復薬に文句を言おうとしたとき、滝本はマドカの背後に立っている人物に気がついた。


 ヤクマだ。


 マドカの『生命の樹』によって拘束されているはずのヤクマが、なぜかマドカの背後に立ち、注射器のようなモノを握っている。


 滝本の言葉と同時に、ヤクマは注射器をマドカの首筋に振り下ろした。


 ……いや、振り下ろそうとした。


「ぐっ!?」


「もう抜け出したんだ。早いね」


 マドカの後ろに立っていたヤクマは、全身をツタで拘束されて、注射器を構えた姿のまま動けないでいた。


「男性の体を組み合わせて作った化け物の頭の上にいたからね。どうせ自分も一度化け物に組み込んで、そのあと体を新しく作り変えて、抜け出してきたんでしょ?」


 ヤクマの行動を言い当てながら、マドカは悠々と振り返る。


 少しだけドヤっとしているマドカの顔は、シシトが恋い焦がれた美少女そのものであり、一目見た者は心を奪われるだろう。


 もっとも、彼女が作り出した植物によって全身の骨を砕かれなければ、だが。


「ぐぁあああああああああ!?」


 ビキビキと音を立てながら、ツタがヤクマの体を締め上げていく。


「……あいつの行動を読んだのか?」


 滝本は苦しんでいるヤクマに驚きながら、マドカに聞く。


「様子を見ていたって言ったじゃないですか。ただぼーっとしていた訳じゃなくて、ちゃんと対策として持っている能力の予測、行動の予想くらいは出来てから参戦しますって」


「く、くそがぁあああああああ」


 ヤクマが叫ぶと、彼の体に鱗が生えてきた。


 爪は伸び、羽のようなモノも見える。


「ドラゴンに変身でもするのかな? ライドちゃんのお母さんをわざわざ回収していたから、それも予想していた。そんなんじゃ、今の状況じゃ何も変わらないでしょ」


 マドカの言葉どおり、ヤクマの体に鱗が生えたが、結局彼は動けておらず、ただ体を締め付けるツタの音が聞こえるだけだ。


「……まるで明星だな。そんなキャラだったか? 百合野は」


「え、いやぁ、それほどでも……」


「なんでそんなに照れているんだ?」


 えへへへと笑いながら、マドカは頬を染めている。


「本当、私なんて全然ですよ。本当に、全然……全然……」


 しかし、急に沈んだ顔に変わる。


「ど、どうした? 情緒が安定していないぞ?」


「いや……なんか、思い出したとかじゃないんですけど……山田先輩に『時間がないから特訓だ』とか言われて、時間経過がおかしい世界で長時間、色々な魔物やら仮想敵やらと戦ったとか、そんなこと……そんなこと……」


 そんなことがあったらしい。


「あー……まぁ、山田の『特訓』は本当にキツイからな。俺の場合はゲームだったが、それでも不眠不休で48時間とかさせられたしな。明星の『特訓』は常識の範囲内だったが」


 自分もゲームの特訓をしてもらった時のことを思いだし、滝本は遠い目になった。


「初見の魔物の行動パターンが読めるようになるまで、何度も何度も……ユリちゃんやセイちゃんや……というか、皆すぐにクリアするのに、私だけは終わらなくて」


「だ、大丈夫だ。落ち着け。というか、よく考えたらこんな話をしている場合じゃ……」


「う……がぁああああああああ!」


 ヤクマが声を上げる。

 先ほどまでの苦悶の声ではなく、怒りがこもった意志ある声。


 その声に反応して、周りを取り囲んでいた埴生を含む、『男の娘』から飛ばされた男性たちのなれの果てが、動き始めた。


「お、おい! ヤバいぞ!」


 焦る滝本とは対照的に、マドカは冷静だった。


「大丈夫ですって。ちゃんと予想と予測。対策はしているって言ったじゃないですか」


 マドカの言葉を証明するように、動きだそうとした男性たちは、皆一様にその動きを止めた。


「何をしたんだ?」


「前にセイちゃんを連れて逃げ出した時の植物が余っていたんで、改良して利用しました。この『甘露のジョウロ』で」


 透明なジョウロを、自慢げにマドカは滝本に見せる。


「『甘露のジョウロ』?」


「はい。明星先輩からもらったクリスマスプレゼントを、さらに改良してもらって。このジョウロから出てくる水『甘露』は、生き物の命を育み、発育を促進して、その成長の方針や性質まで操ることが出来るんです。例え、どんな距離にいても」


 周りを取り囲んでいた男性たちにもヤクマと同じ様なツタが絡まり、彼らを拘束していた。


「滝本先生がヤクマの注目を集めている間に、浸透させていました。この町全体に。今、聖槍町は私の領域です」


 ドヤっとしているマドカの顔は相変わらず可愛いが、発言の内容は凄まじかった。


 つまり、まとめるとマドカは一人で町一つを占拠したということになる。


『町の破壊者』から『町の支配者』へレベルアップしたわけだ。


「……なんか、変な称号が増えた気がする」


「くそ……なんだ……くそ……なんで……」


 弱々しく、そして苦しそうに声を上げながら、ヤクマがマドカを睨みつけていた。

そのヤクマの様子に、滝本は感じていた違和感を口にする。


「なぁ、なんでアイツは苦しそうなんだ? アイツは、『幸せ』になる薬とやらを常用していたはずだろ?」


 そう、ヤクマはいつも『幸せ』だった。


 例え銃弾で体中を貫かれても、痛みは一瞬で、その後は『幸せ』を感じ、痛みなどの苦悩は長く続かない。


 滝本の絵の具で目を潰された時も、視界が潰された衝撃と痛みで声を上げたが、自分の頭を潰したことで絵の具がなくなり、痛みは残っていなかった。


 なのに、ヤクマは今苦しんでいる。


 骨を折られ続けているのかもしれないが、今までのヤクマなら『幸せ』の薬で痛覚など遮断していそうなのにだ。


「その答えは単純ですよ。ヤクマの薬を、植物たちが吸い取ってくれているんです」


 マドカは、事も無げにヤクマ達に絡まっているツタのような植物を指さす。


 マドカの答えに、しかし滝本は首を傾げた。


「……そんなことして大丈夫なのか? 薬を吸収ってことは、ヤクマに植物達を逆に操られたりなんて……」


「大丈夫ですって。元々、ヤクマとは戦うだろうなって町に来る前から分かっていたので。葛と毒の池に咲いていたお花、あと世界樹とか、いくつかの植物を組み合わせたこの『生命の樹』と世界樹の樹液が混ざった『甘露』は、ヤクマが作った薬程度に侵されたりしません」




「……薬程度、だと?」


 苦しそうに、息も切れているヤクマが、弱々しい声でマドカの言葉に反応する。


「うん。薬程度」


 ヤクマに対して元気よく、神経を逆なでするようにマドカは返答した。


「ふっざけるな! 違う。俺の薬は程度なんかじゃない。俺の薬は世界中の人を『幸せ』にするんだ。こんな素晴らしいモノはない。皆の『幸せ』は自分の『幸せ』俺は、俺は……」


 絡みついているツタが脈を打つ度に、ヤクマの体から水分が抜け、干からびていく。


 しかし、再生する様子はない。


 どんなケガでも治してきた薬ごと吸収されているのだ。


 薬が効果を発揮出来るわけがない。


「『幸』……しゃ……しあ……み、みず……」


 しわしわと枯れていく中で、耐え難いほどに喉の乾きを覚えたのだろう。


『幸せ』ではなく、ただ水を求めて、ヤクマはなけなしの力を振り絞る。


 そんなヤクマに対して、マドカは滝本が投げた酒瓶を拾い、『甘露のジョウロ』で液体を満たしていく。


「このまま、枯れさせてもいいけど……」


 そして、マドカはヤクマの口に酒瓶を突っ込んだ。


「せっかくだし、『幸せ』にしてあげる」

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