第334話 恐怖が静か
静かだった。
キンとした空気が音を止めている。
知らなかった。
恐怖が、このように静かなモノだとは。
怖さが、足下からズブズブと沸いてくる。
「死ぬ……とは、いつですか? 何時頃?」
最初に動けたのは、ユリナだった。
しかし、彼女でも動揺は溶けておらず、口は凍りついたように重く、堅い。
ユリナの質問に、シンジは口に手を当てて考える。
「何時だろうな。日が昇っている間は大丈夫な気がするけど……夕方から夜くらい? 暗くなって、もう一度日の光を浴びると、終わる気がする」
「……日の光、ね」
コタロウが思案するように腕を組んだ。
「な……なぁ! おい。アンタら何を悠長に話しているんだよ! コイツは、明星さんは、自分が死ぬって言ったんだぞ!? 止めなくていいのかよ?」
ミユキが立ち上がり、机を叩く。
机に乗ったままの皆の食器が、微かに揺れた。
「止めるって……ああ、違うよ飾堂ちゃん。シンジは自殺するって言っているんじゃない。誰かに殺されるって言ったんだ。今日ね」
「殺されるって、なんだよそれ。なんでそんなことが、まるで分かっているみたいに……脅迫状でも届いたのか?」
「違うよ。シンジの家系はね、未来が見えるんだ。聞いたでしょ? シンジのお父さんは最強の予言師。あらゆる大国が企業が、シンジのお父さんの言葉で動く。『予言師 ツカサ』の後継者がシンジだ」
コタロウの説明は、ミユキも聞いてはいた。
でも、簡単に信じることは出来ない。
未来を読める存在など、将来が分かる存在など、その行く末が『近い未来の死』の存在など、認めたくはない。
「いつから、ですか?」
ぽつりとつぶやいたのはセイだ。
「いつから、その……最後を、見たんですか?」
「いつから……だろうな。自分をみたいと思ったのはコタロウに鏡を用意してもらったときだから」
「2週間くらい前か」
きゅっと、セイの口が小さくなる。
そんなに長く、シンジは自分が死ぬことを見続けていたということだ。
一人で、誰にも話さずに。
「先輩を殺すのは、シシトくん。ですか?」
目をつぶり、額に握りしめた拳をあて、マドカは絞り出すように聞いてきた。
マドカの質問を聞いて、ネネコは細かく震えている。
二人の様子を、シンジはじっと見る。
「ここまで来て、ごまかすのはナシだよ、シンジ」
コタロウが念を押す。
「……わかったよ。正直、誰が俺を殺すかなんて具体的なことは分からない。でもなんとなく駕篭獅子斗くんのような気がする」
マドカは諦めたように力を抜き、ネネコは耳を塞いだ。
頭皮にめり込んだ爪の間から、血がにじみ出ている。
「……ネネコ」
そっと、ヒロカはネネコの肩を抱いた。
「シシト、か。でも、おっさん達の話だと、シンジには勝てないんじゃなかったのか?」
「そうだな。まぁ、俺自身は見てないし、そのあたりの判断はなんともつかないんだけど……」
「どうすれば、先輩は助かるんですか?」
セイの言葉は、やけに部屋に響いた。
「私は、先輩がどうやれば生きていられるのか知りたいです。どうすれば、先輩は助かるんですか?」
そして、セイの言葉は皆の中にも浸透していく。
「……そうですね。シンジが死ぬ時間も、誰に殺されるかもどうでもいいです。大切なのはシンジが生き残る方法です」
「あるのかい? シンジ?」
皆が、シンジに注目する。
居心地が悪そうに、シンジは目を伏せた。
「……元々、今日俺が死ぬってのがそもそもの予想というか、カン、みたいなモノだからな。そんな期待されても」
「カンがバカに出来ないことは、シンジも知っているだろ? それも、あの『ツカサ』の息子。シンジのカンだ」
「親父がそんなスゴい人ってことが未だに違和感しかないんだけどな、知らなかったし」
「それで、あるんですか? シンジ? どうも会話をそらせようとしているようですが?」
ユリナの指摘に、シンジは気まずそうに固まる。
「……俺が生き残る方法か。そうだな。俺の予想が外れるってのが一番確実だとは思うけど」
ちょうど、そのときだった。
計ったように、合わせたように、警報が鳴り響く。
警備を担当しているエリーはすぐに自分のiGODを取り出して確認する。
「今まで、この人を見てここまで不快になった記憶はないわね」
エリーは、深く、深く息を吐いた。
「……隊長。いえ半蔵が、ここに向かっているわ。走って」
エリーの画面には、傷だらけになった半蔵が、走っている映像が映し出されていた。
(伝えなくてはいけない……急いで、すぐにでも)
手足がちぎれそうだ。
肺が痛い。
それでも走らなくてはいけない。
教えなくてはいけない。
奴等が向かってくることを、彼らに。
(明星少年達に、教えなくては!)
崩れた道路を一歩一歩、力強く踏み込み進む半蔵の足が、急に地面を掴まなくなった。
「なっ!?」
唐突な浮遊感に戸惑い、半蔵は姿勢を崩す。
浮いている、と認識した時には、半蔵はどこかの室内にいた。
「ぐへっ!?」
受け身もとれずに、半蔵は顔から床に激突した。
フローリングの床が、やけに冷たい。
「ぐっ……な、なんだ? いったい」
半蔵は慌てて体を起こし、周囲を見渡す。
すると、そこには半蔵が会おうとしていた少年達がいた。
「……こんなことも出来るんだな。コタロウの技能」
「範囲内の物質は全て自由に出来るからね。半蔵さんのレベルくらいなら、余裕で連れて来れるよ」
シンジとコタロウがなにやら話している。
彼らの周りには元部下のエリーも含め、少女達がいるのだが、彼女たちの顔が険しく冷たいモノであることを、半蔵は気がつかない。
それよりも、伝えなくてはいけないことがある。
「あ……明日だ!」
半蔵は、走って切れていた息を何とか振り絞り、言葉を発する。
懸命な半蔵の言葉を、しかし皆冷めた目で聞いていた。
「明日、シシト達がここにやってくる。逃げるのか、戦うのか。どちらにしても準備をした方がいい。そうしないと……」
どうなるのか。不思議と言葉が続かなかった。
しかし、シシト達が明日攻めてくることを、伝えなくてはいけない。明日、シシトが来るのだ。
なのに、半蔵の言葉を聞いても、シンジやほかの者は動かないでいた。
「……こんな手で来たのか。正直どう使うのかって思っていたけど」
「元から、そこまで重要な手では使われないと思っていましたけど、想定以上にチャチな手できましたね」
「こっちが見破ることも読んでいるんでしょ。ついでのオマケ、みたいなモンだろうし」
驚きもなく、悠長にシンジ達が話している。
なぜだろう。
「半蔵……さん」
どこか、申し訳なさそうな顔をして、マドカが半蔵に話しかける。
「ああ、君も無事だったのか。よかった」
「はい。ところで、母は無事なのでしょうか」
マドカやユリナ、セイの母親達は皆、聖槍町にいる。
シシトがいる場所にいる。
心配するのは当然だろう。
そんなマドカの質問に、半蔵は気を落ち着かせ答えた。
「そんなことよりも、明日来るんだ。シシト達が」
半蔵の答えを聞いて、マドカは悲しそうに顔を伏せる。
マドカの前に、そっとシンジが立ち、半蔵に聞いた。
「今日は何日ですか?」
「そんなことよりも」
「半蔵さんの名字は?」
「明日来るんだ」
「好きな女性のタイプは?」
「シシトたちが……」
半蔵が、顔を、口を、耳を、押さえる。
「あ……れ? どうなっているんだ? 明日は……シシトが……違う……あれ? あ……れ?」
半蔵の顔が、ゆがむ。グチグチと音を立てて。
「ちょっと失礼」
すぐにシンジとコタロウが動き、シンジが頭を、コタロウが腹を叩く。
「ぐっ……!?」
半蔵は意識を失った。
「半蔵さんは……操られていたということですか」
「というか、全員が、というところでしょうか。マドカは途中で解放したみたいですけどね」
マドカは驚き、セイは静かに目を閉じた。
「なんで……だって、私は、半蔵さんも、皆セイちゃんを脱出させるために動いていたんだよ。何のメリットがあってこんなことを」
「『楽しそうだから』かな」
コタロウが答える。
「『アレ』は自分の快楽を優先させるから……」
しかし、何か引っかかったのか、コタロウはシンジを伺うように見る。
「どう思う? シンジ? 実際に半蔵さんを見た感じ」
「どう思うって……まぁ、半々じゃないか?」
「半々?」
「『快楽』と『実益』両方を得ようとしていた気がする」
「『実益』って、どんな?」
「さぁ? そこまでは。とりあえず、明日シシトくんたちが来るってなんて嘘がバレバレな情報を誤認させるってことじゃないのは確かだな。いつ来ると思う?」
シンジの質問に、コタロウはうっすらと笑う。
「『アレ』は早朝から動くなんてことはしない。美容の大敵とか言っていたからな。動くなら……今日の正午くらいじゃないか?」
なら、あと4時間はある。
「先輩」
セイが、はっきりと通る声で言う。
「それで、どうすれば先輩は助かるんですか?」
セイは話を戻した。
セイからしてみれば、半蔵が操られていたことなどどうでもいい。
大切なのは、シンジだ。
「うーん……」
倒れている半蔵を介抱していたエリーも、いったん手を止め、シンジを見ている。
エリーだけではない。
皆、おそらくシンジが答えないと動かないだろう。
視線がシンジに集まっている。
「……とりあえず、一つやらないといけないことがある」
諦めたように、シンジは言う。
「ご飯食べていい? 途中で止めちゃったから」
「シンジ」
「こんな場面でふざけるのは止めてください」
皆がシンジを睨む。
視線だけで殺されそうだ。
「ああ、ごめんごめん。わかったよ。真面目に言うよ。そうだな……」
シンジは言葉を選ぶように目を上に向ける。
「……まぁ、人間、争う前にしなくちゃいけないことがある。よく言われることだけど」
「それは、何?」
コタロウの疑問に、シンジは答える。
「話し合い。何事も、まずはそれからでしょ」
シンジはそう答えると、少し冷めた朝食を残さず食べるのだった。
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