第332話 セイリュウ達がしていたこと

「新年明けて、一日目は振り袖を着て二日目に温泉とは、中々乙ですねぇ」


 眼前に広がる温泉にユリナはうんうんとうなづく。


「今回は覗きをしようとか言わないんだ」


「それはマドカのライフワークでしょう?」


「違うよ! そんな仕事人生で引き受けないよ!!」


 涙目になっているマドカは流して、ユリナは視線を移す。

 そこは、壁の向こうに男湯があるはずの場所で、その前でうなっている少女がいるのだ。


「でも、今回はいけます? あんな様子のセイを見て」


「……いや、そもそも覗きはダメだからね?」


 ちなみに、セイがうなっているのには理由がある。

 男湯には、シンジとコタロウ以外にも、セイの父親と祖父がいるからだ。 

 さすがに、実の親の前で覗きなんて出来ない。


「うぅぅ……先輩の筋肉……」


 セイは男湯の壁の前で、泣き崩れるしか出来ないのだった。





 一方、その頃男湯の方では二人の少年が露天風呂の湯船に浸かっていた。


「あー……全身が痛てぇ」


「気持ちよさの前に、体の痛みが先だよねぇ。色々効能があるお風呂にしたんだけど」


 シンジとコタロウだ。

 二人とも、力なく、ただお湯に身を任せ空を見ていた。


「なんか、効いてる感じはあるけどな。なんで正月早々、あんな化け物と戦わなくちゃいけなかったんだ?」


「なんでだろうねぇ」


「おや、化け物とは失礼な」


 年齢にそぐわない筋肉の鎧で覆われた肉体の男性が二人、立っていた。

 セイイチロウとセイリュウだ。


 二人も露天風呂に入ってくる。


「ほう。中々良いお湯じゃないか」


 セイリュウがほっと息を吐くと、満足げに目を細める。


「おっさんのために作ったわけじゃないけど」


 コタロウがじっとりとした目でセイリュウを睨むが、セイリュウは気にもしていない。


「ケチケチするな。昨日話したじゃろうが。衣食住、世話になると」


「昨日は聞けてないんだよなぁ」


 昨日。


 シンジとコタロウがセイリュウとセイイチロウに丸一日かけて稽古……組み手……もとい、殴られ続けたあと、二人がマンションに泊まると言い出したのだ。

 ちなみに、そのことをシンジとコタロウが知ったのは、意識を取り戻した今朝のことである。


「情けないですねぇ。あの程度の組み手で」


「おっさん達は、一度自分の実力を把握したほうがいい」


 コタロウは呆れたように息を吐くが、その反動だけで体が軋んだ。

 呼吸だけでも体が痛い。


「まったく、まだ若いというのに。でも、その状態でもだいぶマシになったでしょう?」


 セイイチロウの問いに、コタロウはしぶしぶと言った様子でうなづく。


「……ありがとう」


「お礼はいいですよ。こうやってお風呂にも入れてもらえているんですから。治療費ということで」


 セイイチロウは、ふっと微笑む。

 そんなセイイチロウとコタロウのやりとりを、しげしげとシンジは見つめていた。


「……なんじゃ小僧。何か言いたいことがあるのか?」


 二人を見ているシンジの視線にセイリュウが気づく。


「ん? ああ、いや」


「何かあるならはっきり言わんかい」


 少しだけ口を閉ざすと、シンジは言う。


「アンタ達も似たような状態なのに、よく言うなって」


「似た状態?」


 誰に、とは会話の流れからコタロウのことだろう。


「何をしてきたんだ? この数ヶ月」


 セイイチロウとセイリュウは軽く目を合わせる。


「ふふ、まぁいいでしょう。セイから聞いているかもしれませんが、守っていたんですよ。この世界を」


「守っていたって、何から?」


「『神』ですかね。簡単に言うと」


「簡単に言い過ぎじゃ」


 いつのまにか、セイリュウはとっくりを取り出して一人で酒を飲んでいた。

 あまり話に参加する気はないようだ。


「……ご存じのとおり、この世界は今欲望が実際に力を持つ世界になりました」


 セイイチロウもいつのまにかお猪口を取り出し、セイリュウが持っている酒をついでいく。


「欲望……と言っても、それは様々な形があります。何かを求めるモノも欲望であれば……何かを恐れるモノも、また欲望でしょう」


 セイイチロウは、くいっと酒あおる。


「洪水、干ばつ、台風、噴火……戦争や飢え、人々が恐れたモノは信仰に変わり、『神』となった。そういった化け物があちこちで顕在化したのですよ。」


「そいつらを倒すために、動いていたってわけか」


 セイイチロウは、うなづきながら、二杯目を注ぐ。


「一柱二柱なら問題なかったんですけどね。さすがに全国移動しながら、文字通りヤオヨロズの神々を倒し続けるのは骨が折れました。今の私たちは、例えるなら徹夜の30連勤を終えたサラリーマンくらいのコンディションです」


「また、わかりにくい例えを」


 一応高校生のシンジ達にはよく理解できないが、相当疲れてはいるのだろう。

 セイイチロウは肩をグリグリと動かしている。

 その様子は、かなり余裕がありそうには見えるが、見た目で体調をごまかすことは、コタロウもしていることだ。


「まぁ、私たちはとっても疲れています。なので、『彼』の相手は君たちに任せます」


 セイイチロウの目線は、シンジに向かっている。


「可愛い娘を傷つけた相手ですからね。頼みましたよ?」


「頼みましたって」


 少し、困った顔をしているシンジを見て、何か思いついたようにコタロウは聞く。


「あんた達は直接、駕篭獅子斗を見ているよな? 正直どう思う? シンジは勝てそうか?」


「はっ! バカを言うな」


 セイイチロウに質問したはずなのに、なぜか答えたのはセイリュウの方だ。


「あのガキなど相手にもならん。例え『アレ』があのガキ(シシト)をお前(コタロウ)のように『人間の極限』までレベルを上げても、小僧(シンジ)が勝つ」


 はっきりと、セイリュウは断言する。

 根拠など、論じる必要さえないと感じさせるほどに強い言葉だ。


 おそらく、言葉にすることは難しくても、セイリュウは確信しているのだろう。


 シンジの勝利を。

 贔屓などもなく、ただ純粋に。


(このおっさんがそういうなら、そうなんだろう。俺もそう思うし。けど、なんで……)


 セイリュウの言葉を聞いてなお、暗さを残しているシンジの様子が、コタロウは気になった。


「あのガキを倒したら、お前はワシの孫になる。遠慮はいらん。思う存分ぶん殴ればいい」


 セイリュウが、シンジの隣に移動して肩を掴む。


「孫って……」


「んん? ワシの可愛い孫娘のどこが不満じゃ?」


 肩を掴んでいる手に力が入った。

 シンジを逃がさない気だ。


「いや、不満っていうか、不満というならどっちかというとアンタの方が……」


「こんな可愛いおじいちゃんのどこが不満じゃぁあああああ!?」


「不満しかねーよ! この筋肉じじい! 可愛い要素が0なんだよ!!」


 泣きつくセイリュウをシンジは引きはがそうとする。


「なんだよこのじじい! 泣いているぞ!? 酒に弱いのか!?」


「いや、そのくらいじゃ酔わないですね。素面でそれです。シンジ君に嫌がられてショックを受けているだけですね」


「メンドクサいなこのじじい!! イタっ! 骨が折れる! くそ!」


 バシャバシャとシンジとセイリュウが暴れていると、突然男湯と女湯の間の壁が壊れた。


 そこには、拳を握っているセイがいる。


「……何しているの? おじいちゃん?」


 セイは、これまで祖父や父に見せたことがない形相をしていた。

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