第321話 ゲームが特別
シンジの少年のようなはしゃぎっぷりをしばらく見ていると、また景色が変わった。
先ほどまでユリナたちがいた温泉街のような場所に戻ってきたようだ。
今度はシンジと、そしてマドカも一緒にいる。
「あ! ユリナとセイだ! 二人もこっちに来たんだ!」
シンジが、ニコニコした笑顔で話しかけてきた。
「え、ええ」
こんな上機嫌なシンジを見たことがない。
普段のギャップに、ユリナは困惑する。
「そっか! じゃあ、二人も楽しんだらいいよ。俺はこれから武器を強化してくるから」
弾むようにシンジが去っていく。
「こ、これはどういうことですか?」
ユリナはコタロウに聞く。
なお、セイは固まったまま、去っていくシンジの背中を見ていた。
「ここは俺が再現したゲームの世界……シンジが大好きだったドラモンシリーズ。その最新作のドラモンワールドの世界だ」
コタロウは両手を広げる。
ゲームの世界と言われてよく周りの景色を見てみれば、一見温泉街のようだが、余り馴染みのない装飾品がいくつもある。
本当に、ゲームの世界の街のような作りだ。
「百合野ちゃんが『デートならシンジが楽しめることをしたい』って言ってね。俺もシンジに楽しんでもらうことは望むところだったから、ちょっと前に作っていたこの世界で遊ぶことにしたのさ」
マドカの名前が出てきて、ユリナは自分の親友の方を向く。
「え? いや、ほら……えーっと。そう! 調査しようと思って。明星先輩が何が好きとか知らないからさ。それを二人に教えようとしたんだよ。本当だよ……あはは」
(……提案した時は、忘れていたけど)
本当の話をすると、シンジがマドカのやりたいことばっかり聞いてくるのが、ちょっと悲しくなったので反射的にシンジが楽しめることをしようと提案したのだ。
もちろん、そんなことを言えば親友たちがどんな反応をするのか想像するだけで恐ろしいので言えないが。
どうも、ユリナとセイはシンジのはしゃいでいる様子に驚いているようなので、それ以上追求してこなかった。
セイはまだ固まっているし、ユリナは思案するように唇に手を当てている。
「シンジがゲーム好きなのは知っていましたが……これほどですか。一緒に暮らしている時にゲームで遊んでいる様子がなかったので気にしなかったのですが……」
「多分、余裕がなかったんじゃない? 色々」
「余裕、ですか」
それは、ほぼ確実にユリナやマドカやセイ達のことを指しているのだろう。
シンジは、露骨には見せないが常に彼女たちのことを気遣っていた。
「……でも、なんであんなに楽しそうなんだろう。魔物を倒している時はあんな風じゃなかったと思うけど」
ぽつりとつぶやいたのはセイだ。
「そりゃあ、シンジにとってゲームは特別だから。現実で魔物を倒すのと、ゲームで魔物を倒すのは全然違うよ」
セイの疑問にコタロウが答える。
「でも少しだけしか見ていないけど、先輩のさっきの動きは少し鈍かったですよね?あの動きがこの世界のせいなら……あれで楽しいんですか?」
シンジなら、現実でもゲームのような動きが出来る。魔法も使える。ドラゴンに変身まで出来るのだ。
正直、市販されているゲームのキャラクターよりもゲームのような行動は出来るだろう。
「違うってのはそういうゲーム的な動きの話じゃなくてね。難易度というか……」
「ん? 何の話をしているんだ?」
コタロウがユリナの質問に答えていると、シンジが戻ってきた。
先ほどまでは白い大きな剣を抱えていたのに、剣の色が黒く変わっている。
「いや、何でもないよシンジ。それより、次は何のクエストに行くんだい?」
「次はワールドから追加された『シュワルズスターク』だな。初めてだから楽しみだ」
ニコニコとシンジが笑っている。
「そっか。じゃあ僕たちは見ているからいってらっしゃい。さっきも言ったけど、システム的に完全に関知出来ないようにしているから心配しなくていいよ」
「オッケー。百合野さんはどうする?」
「え? 私はさっき落ちちゃったんで、今回はユリちゃん達と一緒に見ています」
「わかった」
シンジは、スキップするように移動していった。
そんなシンジを見送るようにしながら、コタロウはこっそり言う。
「見てたら分かるよ。シンジにとって、ゲームはどう特別なのか」
そういったコタロウは笑みを浮かべていたが……どこか悲しそうだった。
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