第320話 シンジがはしゃいでいる

「……やっと終わった」


 くたびれたといった感じで、ヨロヨロとセイが扉から出てくる。


 コタロウが作った空間で、色々な魔物と戦わされていたのだ。


 特に苦戦したのは、黒い色のスライムのような魔物で、体を硬質化させ閉じこめて来たのだ。


 その攻撃が、コトリの攻撃を思い起こさせて、若干イライラしてしまった。


「おや、セイ」


 このイライラをどうしようかセイが考えていると、ユリナが椅子に座っていた。


「ああ、ユリナさんも出られたんだ」


 ユリナの存在に気がつき、セイは軽くあたりを見回す。


 少々暗いが、どこか田舎の町のような雰囲気のあるところだ。


 強いて言うと温泉街だろうか。


 しかし違和感がある。


 ここがコタロウの作った世界だろうと確信が出来るほどの違和感だ。


 それが何か分からないが。


「ええ、様々な魔物と戦いましたよ。特に尻尾を槍のようにして攻撃してくる狐みたいな魔物には苦戦しました。早すぎて近接戦闘に持ち込まれましたから。セイも似たような感じですか?」


「私は、黒いスライムが厄介だったわね。体を堅くしてきて」


 コタロウの作った世界に興味があるわけでもないので、部屋の中でどのような魔物と戦ったのか、セイとユリナは情報を交わす。


「少し、戦った魔物が違うようですね」


「多分、それぞれ苦手な魔物を用意したんじゃないかしら」


「おそらく、そうでしょう。山田先輩も、シンジの友人です。意味のないことはしないというわけですか」


 ただの妨害が、まさか欠点を克服する修行になっていた。


 気が利かないようで、実は色々準備のいい男性陣にセイもユリナも、感心するような、呆れるような、なんとも言えない気持ちになる。


「ふんふん。やっぱり二人は出てきたか。お疲れさん」


 セイとユリナが話していると、コタロウがニコニコと機嫌が良さそうに近づいてきた。


 コタロウを視認した瞬間、二人は身構える。


「……なんで近づいてくるのに気づけないのかしら」


「それだけ差があるってことなんでしょうね。シンジも似たようなモノですが」


 敵意というか、もはや殺意に近い感情を向けられながらも、コタロウはニコニコとセイとユリナに笑っている。


「うん。その調子でいこう。それと、見事コタロウ君の課題をクリアした二人には賞品があるよ」


「……賞品?」


「シンジの所へ案内してあげる」


 コタロウの提示した賞品にユリナは眉を上げ、セイは目を輝かせた。


「案内って本当に……」


「行きましょう早く行きましょうさっさと行きましょう」


「落ち着いてくださいセイ!」


 警戒を解いていないユリナとは違い、セイはそそくさとコタロウの所へ歩いていく。


「さて、行きましょう。どこに先輩はいるんですか?」


「アハハ。スゴいね。考えもなく近づいたように見せて、ちゃんと色々準備しているとこが特に」


 セイが立ち止まった場所、重心の位置。


 全てがもっとも早くコタロウに対して行動を起こせるようにしている。


「さすがさすが」


「どうでもいいのでさっさと案内してください」


「はいはい。じゃあこの玉を持って」


 コタロウはアイテムボックスから取り出した青色の玉を二人に渡す。


「……これは?」


 怪訝そうにユリナは青色の玉をみる。


「元々は逆のアイテムなんだけど、この世界は俺が作ったから、効果をちょっと変えてみた」


「……元々って」


「それを地面に叩きつけるとシンジの所へ行ける」


 コタロウが言った瞬間、セイの足下に青色の煙が上がり、セイの姿が消えた。


「え、セイ? ちょっと即断すぎるでしょ」


「あはは……いいね。シンジに言われたことも含めて、反省している。結論が直感っぽいけど。ところで水橋ちゃんはどうするのかな?」


 コタロウも自分の分の青色の玉を持っている。


「どうって……」


「油断、実力、運……色々あったと思うけど、判断が遅いから、負けたんじゃない?」


「それは……」


「じゃあね」


 コタロウも地面に青色の玉を投げつけて消える。


「あっ!……もう! わかりましたよ!」


 コタロウが消えてすぐ、ユリナも青色の玉を地面に投げつけた。


 青色の玉が割れ、煙が出てくる。

 青い煙が視界に入ると同時に一瞬だけユリナの体が宙に浮く。


 煙が晴れると、今までいた場所と明らかに景色が違う場所にいた。


 鬱蒼と茂るジャングル。


 生えている雑草は胸元まで届いている。


「ここは……」


 ユリナが視線を動かすと、すぐ隣にセイとコタロウがいる。


 セイは目を見開いており、コタロウは嬉しそうにしている。


 なにを見ているのか。


 ユリナも二人が見ている方を向く。


「……へ?」


 そして、ユリナもセイと同じように目を開き固まる。


「いよっしゃあああああああああああ!!」


 そこには、見たこともないような鎧を着て、はしゃいでいる少年がいる。


 少年の前には、一体の巨大な角を持つドラゴンが倒れていた。


 少年はドラゴンに向かって嬉しそうにナイフを突き立てている。


「回収回収、素材の回収~♪」


 鼻歌まで歌っている。


 セイとユリナは、少年のそんな姿を見たことがなかった。


 ここまで楽しそうな姿を彼が見せるなんて思わなかった。。

 少年の名前は、明星真司。

 高校3年生。


 シンジが、彼と同じ年代の少年のようにはしゃいでいる姿に、彼女達はただ衝撃を覚えるのだった。

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