第319話 何がやりたいか

「黄金の液体? ……あ、そういえば、駕籠君達が飲んでいたような……あれって、もしかしてそうなんですか?」


マドカの答えにコタロウはうなづく。


「そうだろうね。液体を飲んだことでレベルが上がったってことは間違いなく、それは妖精を殺して絞った体液だ。全部が黄金妖精(ゴールデンフェアリースライム)じゃなくて、色々薄めたりしているだろうけど……どれくらい飲んでいた?」


マドカは顔をゆがめる。


もう、どん底にまで落ちたシシトへの好感度であるが、どうやら掘っても掘っても、まだ落ちるようだ。


本当に、底がない。


「正確には知りませんが……一日にコップ一杯は飲んでいたような気がします」


「一ヶ月間、毎日200ml摂取したとして、6リットルか。それだけで、どれだけレベルが上がるんだ?」


「薄めたといっても、わざわざ飲ませるくらいだ。純粋な体液なら相当上がるけど……それでも20は確実に越えているだろうね。それに、『愛』とか何とかいいつつ、ちゃんと魔物を倒していたんだよね? もしかしたら今は30を過ぎているかもしれない」


30レベルといえば、死ぬ前のシンジのレベルだ。


「……つまり、全員上級職になっている可能性があるってことか」


「それって、大丈夫なんですか?」


シンジとコタロウは、少し間を空けて答える。


「大丈夫じゃない? 多分」


「問題ないでしょ」


「大丈夫なんですか」


なんだか力が抜けた気がした。

だったら、この確認の時間はなんだったのだろうか。


「大丈夫なのは、シンジとユリナちゃん、あとセイちゃんだけどね」


コタロウはマドカを見て笑う。


「君は危ないと思うよ? 百合野ちゃん」


「なんで笑顔なんですか」



コタロウの気味の悪い笑顔にマドカはたじろぐ。


「いやいや。そもそも確認だけど……百合野ちゃんはどうするのかな?」


「どうするって、なにがですか?」


「駕籠獅子斗君との決戦。……いや、こう言おうか。殺し合い。参加するの?」



コタロウは笑顔だ。


凍えるほどの。


「……殺し合い、ですか?」


マドカはコタロウと目を合わせることが出来なくて、逃げるようにシンジをみる。


「……いや、そこ」

「はい。シンジは黙っていて。シンジは良くても、他が許せないって話だ。これは。言わなくても分かるでしょ?」


笑顔な表情とは裏腹に、コタロウの口調は堅い。


「てなわけで、マドカちゃんは獅子斗君を許せないって言っているし好感度なんて昔みたいに持っていないって分かっているけど……殺せる? 駕籠獅子斗君とその仲間たち」


マドカは、ほんの少しだけ考え、そして答える。


「はい。駕籠君たちが明星さんやセイちゃん、ネネコちゃんを苦しめるなら……私は駕篭君たちを殺します」


マドカの答えに、コタロウは笑顔で言う。


「……いや、そんな覚悟の話じゃなくて。殺せるの? 実力的に? さっきも言ったけど上級職になったレベル30が相手だよ?」


「そっち!?」


まさか、実力の話をしているとは思わなかった。


マドカが慌てて、思考を切り替える。


指をせわしなく動かし、目が宙を泳ぐ。


「え、えーっと……そうですね、今のままだとちょっとキツいかもしれないですけど……この植物園に生えている植物も使わせてくれるなら、一人は確実に殺せます」


マドカは、少しだけ目を輝かせ断言する。


「く……あはははは!」


「……はぁ」


その様子を見ていたコタロウは腹を抱えて笑い、シンジは額に手を当てた。


「え? え? 何か間違えましたか?」


「いや、全然。なるほど、さすがあのパーティの優勝者。常春ちゃんに勝つだけのことはある」


「おまえが言わせたんだろ」


シンジのツッコミを怖い怖いと流しながら、コタロウは目尻を拭う。


「好きな人と友達たちをどうやって殺すのか具体的に考えられる……どうやら本当みたいだね。百合野ちゃん」


「……それって」


今度こそ本当に覚悟があるかの確認だったようだ。


「口だけなら何とでも言えるし、決意するだけならどうとでも思える。でも、計画することはやる気がないと出来ない。いいよ、百合野ちゃん。このままシンジとデートを続ける許可を出そう」


「……はぁ。どうも」


認められたということなのだろうか。


コタロウの言動はどうにも信用できず、返答に困る。


そんなコタロウとマドカの間にシンジが立った。


「許可っておまえが決めることじゃないだろ。今デートしているのは俺と百合野さんだ」


まるでコタロウから庇うようにシンジは立っている。


(……背中、意外と大きい)


少しだけ惚けた後、マドカは慌てて首を振る。


「ああ、そうだね。そのとおり。ゴメンねシンジ」


「謝るのは俺じゃないだろ……ゴメン。百合野さん」


シンジは困ったような顔をしながら、マドカの方を振り向く。


「へ、へえっ……!? いや、大丈夫ですだよ? オッケーオッケー」


(あ、危ない! ドキっとした!!)


何となくシンジと目を合わせられなくて、マドカは目をそらす。


「コタロウには後で言っておくから……ところで百合野さん、一応、この世界樹に登るところまでは事前に用意していたデートのプランだけど……このあとしたいことはある?」


「え? いや……」


「ないなら、世界樹の頂上で夜景を見ながらディナーを用意してもらうし、疲れているなら、このまま解散でもいいよ?」


シンジからの提案にマドカはうーんと唸りながら悩んでいく。


解散はなしだ。

しかし、世界樹の頂上でディナーはまだ時間が早い気もする。


まだ午後5時なのだ。


(それに……ここで食事を選ぶと完全に食いしん坊キャラが定着する気がする……セイちゃんも食べるのに!!)


「本当になんでもいいよ? 百合野さんがしたいことを言って」


「至れり尽くせりだねぇ」


コタロウがからかうように笑う。


「今日はデートだからな。百合野さんがしたいことをするのは当たり前だろ?」


(……私のしたいこと?)


シンジの言葉を聞いて、マドカは何か思いついたのか、顔を上げる。


「じゃあ……その、明星先輩がしたいことをしましょう」


「……俺?」


「はい。明星先輩がやりたいことをしたいです」


「俺は……別に……というかデートなんだから、百合野さんの希望を……」


シンジの意見に、マドカは首を振る。


「違います。私と明星先輩のデートなんです。だから、二人が楽しいことを、やりたいことをしないと。もう、私は十分先輩に楽しませてもらったんです。だから、次は先輩の番です」


マドカの言葉にシンジは困惑し、そしてコタロウは楽しそうに笑う。


「ハッハッハ! いいね。じゃあ、ここはコタロウくんが提案しましょう」


「私は、明星先輩に聞いたんですけど……」


軽く睨むようにマドカは言う。


「大丈夫大丈夫。シンジが喜ぶことならコタロウ君よく知っているから。なんていっても、俺はシンジの親友!なんだから!!」



「なんだかなぁ」


自信満々のコタロウを見ると、不安になるのはなぜなのだろう。


「さて、それではさっそく行きましょう。シンジが喜ぶ世界へ。百合野ちゃん。覚悟はいい?」


「……へ? 覚悟って」


コタロウの笑みに恐怖を感じた瞬間、マドカとシンジの足下に黒い穴が空く。


「……きゃぁあああああ!?」


「いってらっしゃーい」


落ちていく二人に、コタロウは笑顔で手を振るのだった。

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