第305話 コタロウがヒロカとネネコと話す3

「なんで、ってそりゃあ……」


「……助けてもらって……生き返らせてもらったから……」


「それ」


 二人の答えに、コタロウは指を指す。


「それが答え。シンジが、他の女の達から好かれている理由」


「……へ? いや、いやいや。それはいくらなんでも……」


「そんな、なんというか、簡単な……」


 コタロウの簡潔とも言える答えに、ヒロカもネネコも否定する。


「そう? そんなもんだよ。女なんて……いや、人間なんて。簡単な生き物だ。それに、『生き返らせてもらえた』んだ。人が好意を持つ理由としては、これ以上はない。白雪姫だってキスで生き返ったから、結婚したんだ。もっとも、相手はイケメンの王子様だったけど」


コタロウは、どこか自嘲してるような笑みを浮かべる。


「え……っと、でも、そうだ。それだと、あの豊橋さんとか飾堂さんとかは、山田さんのことを好きになっていないとおかしくないですか? 実際に生き返るためのポイントを出したのは山田さんって話でしたけど」


「それは、簡単。二人とも気づいているだろうけど……あえていうと、俺は『女の子の死鬼を殺せる』」


 コタロウの淡々とした言い切りに、ネネコとヒロカは息を飲む。


「もう少し言うと、死鬼じゃなくても、敵対したら俺は誰でも殺せる。殺してしまう。男だろうが老人だろうが女だろうが子供だろうが……それが、肌を重ねた相手でも、容赦なく殺せる。殺してしまう」


 何か思い出したのか、コタロウの顔が凶悪にゆがむ。


「まぁ、必要以上に殺さないようにはしているけど。敵対したら誰であろうが問答無用に殺す、殺せる俺カッケーなんてどっかの勘違いしたクズ中二病みたいな愚かなことはしないと決めている。でも、それでも俺は『殺せてしまう』人間だ」


 一息つくと、コタロウの顔から凶悪さが消える。


「一方シンジは、『殺さない』人間だ。『女の子は殺さないから』って理由を、ルールをつけないと、『男の死鬼』も殺せないような、ね。それがどんなクズで、殺さないと自分が確実に殺されるような相手でも、生きている人間だったら戸惑ってしまうような……ちゃんと戸惑える人間が、シンジだ」


 コタロウは、ふっと微笑む。


「これは……どうだろう。女の子達からしたら、いや、女の子じゃなくても、シンジが殺さないと決めている範囲にいる人間としては、とても安心することじゃないかな?だって、シンジは死んで死鬼になっても、殺さないし、しかも、ちゃんと生き返らせてくれる。こんな安心は他にないし、好意を得る理由としては、これほど強力なことはない」


 コタロウの話を聞いて、うーんと悩んだあとにヒロカは口を開く。


「まぁ、分からなくもないですし、私もそう思うんですけど……でも、明星さん『男の死鬼』は殺すじゃないですか。あれってどうなんですかね? 私が言うのもなんですが、『殺さない』なら『男の死鬼』も殺さない方が、いいんじゃないですか?」


「それは単純に死鬼を保護できる限界があるから。それに、何でも助けるってことは何も助けないってことだ。取捨選択のない判断なんて、思考していないことと同じ。例えるなら、在来種を守るために池の掃除をしたのに、可哀想だからって外来種を助けてもとの池に戻す……みたいなね」


 ちょっと違うかな、っとコタロウは笑みを浮かべる。


「まぁ、どっちにしてもシンジの『女の子の死鬼』は殺さないってルールに、君たちは……下で戦っている女の子達も、かなり安心したはずだ。そして、シンジを信頼したはずだ。口だけ『幸せにする』なんて、宣言することよりも、よっぽどね」


 コタロウに目を向けられ、気まずそうにネネコは目をそらした。


『幸せにする』

 ネネコの兄がよく言う言葉だ。

 ネネコも、言われたことがある。


 その言葉に、ネネコはトキメキを感じ、そして地獄を見せられた。


「……やっぱり、全員を助けるなんて無理なんですか?」


 疑問を提示したのは、ヒロカだ。


「さぁ? でもその『全員』って誰だい? そして、『助ける』って?」


 その疑問に、コタロウは質問で答えた。


 コタロウからの質問に、ヒロカは完全に停止する。


「……『全員』って、それは……」


「ちなみに、『国』が動いているから、ある程度の『生きている人間』は『保護』されているはずだ。まぁ『死鬼』は『保護』の対象外だけどね。それをヒロカちゃんはちゃんと見てきたはずでしょ?」


「……そうですね」


「だから、まぁ……なんだ」


 コタロウは、少しだけ言うべきか悩んだあと、続ける。


「『ヒーロー』なんて下らないモノを目指すなら、しっかりと決めていくべきだ。『誰』を守り、どう『助ける』か、を。『ヒーロー』は、『全員の味方』じゃない。『ヒーロー』は『正義の味方』でしかないんだからな」


 どこか、恥じるようにコタロウは言う。


「いや、私は、もう……『ヒーロー』なんて」


 否定の言葉を口にしつつも、コタロウの言葉が、じわじわとヒロカの心に広がっていった。


『ヒーロー』


 この世界に変わってから、諦めてしまった夢。


「……『誰』を、か」


「もっとも、俺たちは所詮『人間』だ。『ヒーロー』だろうが『勇者』だろうが、地べたを這いずる獣にすぎない。『星』の真似事をして空を飛んでも、結局は届かない」


 コタロウは、空に手をかざす。


「……山田さん?」


 ヒロカの疑問の声に、コタロウは何事もなかったかのように手を下ろす。


「……ま、10日後くらいには、シンジを殺したゴミクズ達が来るだろうからね。それまでに自分が守る『味方』くらいは決めておいたほうがいいだろう」


「……え? ゴミクズって」


 コタロウの言葉に、ネネコが反応する。


「ん? もちろん君のお兄さんのことだけど?」


「いや、はい。それはもちろん分かっているんですけど……10日後くらいに来るって、兄……いや、あの男とは戦わないんですよね? どうするんですか? 逃げるんですか?」


 ネネコの言葉に、コタロウは大きく笑う。


「いやいや、こっちから行かないだけで、向こうから来たら、ちゃんと戦うというか……殺すよ?」


 ニヤリと、コタロウは笑みを深めた。


「そもそも、あのゴミクズを殺しに行かないのは、その方が有利だからだ」


「……有利?」


「ああ。戦いってのは、基本的に守る方が有利なんだよ。自分の領域で戦えるからね。だから、相手が自らノコノコとやってくるって分かっているなら、待ち受けた方がいい……下を見てみなよ」


 コタロウは、地上にいるミナミとミユキを指さす。


「これから、守る方が有利ってことがよく分かるから」


 ミナミとミユキは、深い森を移動していた。


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