第288話 クリスマスパーティー開始

「あんまり遅いから、迎えに来たけど……これはなかなかヒドいことになっているね」


「いや、うん。返す言葉もない」


シンジは神妙に頷く。


「とにかく、そろそろ行こうか。準備はできているからさ」


コタロウに促され、ようやくシンジたちはパーティー会場に向けて移動を始めた。



「……そういえば、クリスマスパーティーって、どこでするの?」


エレベーターに乗り込んだところで、回復薬を飲み、震えを解消できたマドカは質問する。


「それはもちろん。このマンションで一番の絶景スポット。コタロウ君のマイハウスさ」


キラリとコタロウは微笑んで見せた。


「へーそれは楽しみですね」


エレベーターの扉が開く。


「わぁっ」

開いた瞬間。


マドカは華やかな声を出してしまった。



エレベーターから、コタロウの家までの廊下が、かなり広めの、それこそ学校の教室くらいの広さがある空間に変わっていたからだ。


空中には、ロウソクや、可愛らしいトナカイや動物達の装飾品がプカプカと浮かんでいて、見ているだけで楽しい気分になってくる。




「では、では、ようこそお嬢様。シンジとコタロウくんのクリスマスパーティーへ」


コタロウと、シンジが二人で扉を開ける。


そこには、5人で座るにはちょうどいい大きさのテーブルと、椅子。

そして、すでに並べられている、お皿に盛られた豪華な料理があった。


ごくり、と大きな音でのどを鳴らしたのは、セイとマドカである。


「フェスー」


と、金色に輝く妖精たちが飛んできた。


ベリスとオレスとグレスだ。


三匹の姿を見て、マドカがほっとした表情を浮かべる。


「あ、よかった。ベリスちゃんたちも無事だったんだ」


「ベリスたちは俺の体の中にいるからね。俺が生き返れば生き返るよ」


ベリスたちに案内されて、五人はそれぞれイスに座る。


グラスに金色の飲み物が注がれ、準備は整った。









「じゃあ、飲み物は行き渡ったかな? ここにいない人もいるけど、また、皆に再会できて、うれしく思う。乾杯」


手短な挨拶の後、シンジがグラスを上げる。


シンジの後に、コタロウ、セイ、ユリナ、マドカがグラスを上げ、それぞれグラスを軽く合わせていく。


全員、グラスを合わせ終わると、くいっとグラスの中に入っていた琥珀色の飲み物に口を付けた。


「……お酒じゃない!!」


一口飲んでマドカが叫んだ。


中身は炭酸のジュースだった。


「何を言っているんですか? マドカ。私たちは未成年ですよ? お酒なんて飲む訳ないじゃないですか」


「そうだけど! こんな良い雰囲気の場所で、こんな良い色の飲み物を出されたら、お酒だって思うじゃん! シャンパン的な!!」


「……おいしい」


きゃいきゃいとマドカとユリナが言い合う中、セイはさっそく前菜を口に運んでいた。


前菜は、宝石のように煌めく、ゼリーのようなモノの中に、赤い魚の肉が浮いていた。


「あ、セイちゃんさっそく食べてる!私も!ひゃっほー! 久々のちゃんとした固形物だぜー!!」


マドカも意気揚々と前菜をフォークに乗せ、食べ始める。


何度も、何度も、噛みしめて、そして、叫んだ。


「うーまーいー!」


マドカの目から、マジで涙があふれているし、何なら光も溢れているような錯覚を覚えるほど、マドカは目を大きく開けていた。


「……ファイヤーエルのアスピック、だっけ? 今日の前菜。感動してくれて俺もうれしいけど……」


「なんでそんなに興奮しているんですか?」


「だって! こんなおいしい料理食べられなかったんだから! 味があるって素晴らしい!」


もぐもぐと、スゴい勢いでマドカは前菜を食べていく。


「マドカさんは、美味しいものを食べていたんじゃないの? 私と違って」


フォークとナイフを置き、セイが不思議そうにマドカに聞く。


もう、すでにセイの目の前にあるお皿には食べ物は一つも存在しなかった。


「私もセイちゃんと似たようなモノだったよ。味がしない堅いパンに、塩だけのスープ。あの町には食料そのものがなかったんだから」


ぺろりと、マドカもあっという間に前菜を平らげてしまった。


想像以上に、マドカとセイの食べるスピードが早いため、シンジはそっと給仕をしているベリスたちに目配せをする。


「だから、私が野菜や果物を作れるって知った時は大騒ぎだったよ。肉や魚もないけど、それ以上に新鮮な野菜は本当に貴重だったから」


「……ああ、だからあのとき……」


ユイが、セイが捕らえられている部屋にやってきたときに、やけにみかんを自慢げに見せていたが、それは本当にマドカが作ったみかんが、あの町では貴重品だったからなのだろう。


パーティーの時にも、野菜や果物に、参加者は群がっていた覚えがある。


「一回、シシトくんがごちそうを作ってくれるって言い出してさ」


マドカが、あざけるように笑う。


「出てきたのが、私が作った野菜がたくさん入っているだけのスープでさ、笑っちゃったね。味は塩だけで、野菜の出汁も、燃料が貴重だからってほとんど取れていないやつでさ」


マドカの感情を表したかのような、冷たい空気が広がる中、新しい料理が運ばれてきた。


「……タイミングがいいのか悪いのか、わからないけど……パンとスープだよ」


「うわぁああ!」


焼きたてのパンから漂う、ほのかなバターの香りと、とろりとしたシチューの優しいにおいに、マドカは歓声をあげた。


「金香牛のミルクで作ったクリームシチューと、千年小麦のパン。パンはいくつか種類があるから、好きなモノを食べて」


まだシンジたちは前菜を食べている最中だが、今回のパーティーは、主にセイ達の帰還を祝う意味がある。


予定が少し狂うがどんどん料理を持ってくるようにシンジはそっとベリスたちに指示をだした。


そんな中、すでにセイは3つ。マドカは二つ、にぎりこぶしくらいの大きさがあるパンを食べてしまう。


「……これ。これだよ。これがパンだよ。なに、あの堅いやつ。堅くて味がしないパン。バターもないパンは、パンじゃない」


「もう一つ……いや、三つもらえるかしら。シチューが美味しくて……」


マドカはパンの柔らかさに感動し、セイは次々とパンをおかわりしていく。

パンを食べて、シチューを口に運び、うんうんとうなづいてく。


「このシチュー、何というか、とても深いですね。濃厚なミルクの味を、様々なうまみが柔らかくして、でも際立たせています。いつまでも口の中でおいしさが残っているんですけど、けっしてイヤじゃない」


「本当に、美味しいよね。何より、具が肉だけってのが最高だよ。この牛肉。ぜんぜんくどくない」


そんな会話を二人がしている間に、シチューの皿も空になった。


それでも、皿に少しだけついているシチューをセイとマドカは、丁寧に、丁寧に集め、口に運んでいく。


「……やばい。ここまでお腹が空いていると思わなかった」


「次の料理はまだですか?」


「急がせたけど、やっぱりまだあと5分はかかるね」


セイ達に合わせるように、食べるスピードを上げたシンジ達だが、それでもやっと前菜が終わったくらいである。運ばれてきたシチューを目の前にして、シンジはそっとセイにそのシチューを差し出す。


「これ、食べる? 俺はパンだけでいいから」


シンジにシチューを差し出されたセイは、一瞬目を輝かせたが、すぐに目を閉じる。


自分とマドカの状況に気がついたのだ。


「……も、申し訳ございません。こんな、イヤラシい、みっともない醜態を……いくら空腹と言っても、自分だけ、ぱくぱくと……」


「……大丈夫だよ。常春さんたちが美味しそうに食べるのを見ているだけで十分だから」


「うう……」


うつむくセイをよそに、マドカはシンジのシチューを物欲しそうに見つめる。


「……じゃあ、私がもらおうかな……」


「ダメ!!」


マドカの言葉に、反射的に反応し、セイは守るようにシチューを手に取る。


「……すみません、ありがたくいただきます」


「どーぞ」


セイがおずおずと、しかし手早くシチューを食べていくのを、シンジは軽く微笑むながら見ている。


「うう……いいなぁ」


そんな二人のやりとりを、マドカはパンをちぎりながら見ていた。


いいなぁ、には色々複雑な感情が混ざっていたが、ダントツで多いのは、単純にシチューをおかわり出来ていることにたいしてだ。


パクパクとパンを食べているマドカのお腹がグーと鳴る。


「……いや、マジでどれだけお腹空いているんですか。もう普通の食事くらいは食べていますよ?」


「だって、本当に向こうじゃ何も食べられなくて……」


さすがに恥ずかしそうに頬を赤くしながら、マドカがうつむく。


「『食欲』が強くなるってことは、成長しているってことだからね。百合野ちゃん、結構レベルを上げたんじゃないの?」


コタロウの言葉に、マドカは不思議そうに首を傾げる。


「えっと……山田先輩。食欲にレベルって何か関係あるんですか?」


「あれ? 水橋ちゃんは説明していないの?」


「……ああ、そういえば、そこら辺の関係性を話していなかったですね。食事の後にでも、話して……」


「いや、今から解説しようか。ついでに、『神体の呼吸法』の修練方法についてもさ」


コタロウが、嬉しそうに笑みを浮かべて言う。


「なっ!? だ、ダメですよ! そんなの、こんなところで言う話じゃないじゃないですか!!」


ユリナが、慌てたようにコタロウを制する。


その顔が、なぜか若干赤い。


「だって、特に会話の話題もないしさ。肴にはいいんじゃない?」


「よ、よくないですよ!? ちょっと、シンジも何か言ってください!!」


恥ずかしそうに、けどモグモグとシチューを食べているセイを見ていたシンジは、ユリナの訴えに首を傾げる。


「いや、別にいいんじゃないの? 俺は問題ないし」


「シンジはよくても!! ああ、この二人は、本当に!!」


ユリナが、頭をかかえる。


「……ユリちゃんがイジられるなんて珍しい」


常に冷静で、人に弱みを見せてこなかったユリナだが、シンジとコタロウの二人の前ではそうはいかないようだ。


「……それで、『神体の呼吸法』の修練方法とは、なんですか?」


ごくりとシチューを飲み込み、セイがシンジに向かって言う。


しかし、セイの質問に答えたのはニヤニヤと笑みを浮かべるコタロウだった。


「それはね、常春ちゃん。『男女の交わり』だよ」


「ひぇっ!?」


「っ!?」


コタロウの答えに、マドカは顔を赤くし、セイは完全に動きを止めた。

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