第254話 アオイが耐える
「……セイちゃん。明日。あなたは一度ここから出ることになる」
「……え?」
「明日は十二月二十三日。ちょっと早いけどクリスマスパーティーがあるのよ。あの子達はそれにセイちゃんを出席させるつもりみたいなの」
アオイからの思いがけない情報に、セイは息を飲む。
「いい? 明日は絶対に。絶対に、逃げだそうとしたり、暴れたりしちゃダメ」
「……なんで?」
明日この部屋から出られるなら、それは逃げ出す絶好の機会のはずだ。
「セイちゃんは神体の呼吸法を鍛えて強くなったみたいだけど……その実力だと絶対に失敗する」
アオイはコンディショナーをセイの髪に馴染ませるように塗っていく。
「そんなの……」
「お父さんが言っていた」
セイは口を閉ざした。
「お父さんも……おじいちゃんも、監視カメラの映像を見たのよ。それで、言っているの。お父さん達が来るまで待つように。明日は我慢するように。それを伝える為に私はここに来たんだから」
優しく。優しくアオイは、セイの頭をなでた。
「明日、何があるの?」
「正確な事は分からない……トオカが動けなくなったからね。ただ、明日のパーティにセイちゃんを連れて行こうとしているって情報しか入手出来なかったの」
アオイから出たトオカの名前が、妙にしっくりきて特に驚きもなくセイは聞く。
「トオカさんは……知り合いだったの?」
「昔からのお友達。同級生だったのよ」
クスリとアオイは笑う。
「……いい? 十日。十日待てば必ず貴方を助けるから、明日は我慢して。大人しくして。約束出来る?」
セイは目を閉じて震える程度に、小さくうなづいた。
セイも、明日この部屋から出られると聞いて思わず反応したが……まだ神体の呼吸法は五秒も持たないのだ。
例え分身が使えても、逃げられる実力がないのは、セイ自身がよく知っている。分かっている。
「……いい子」
アオイはセイの髪についているコンディショナーを洗い流した。
そしてタオルを取り出して、やさしくセイの髪を包む。
その後、ドライヤーを取り出してセイの髪を乾かしていく。
「……お母さん」
「……何? セイちゃん?」
「……ありがとう」
アオイはドライヤー当てながら、ふっと微笑んだ。
セイの髪を乾かしてほどなく。アオイはセイが閉じこめられている部屋から退出した。
乾かし終わった後に、部屋の入り口にあるランプがチカチカと光り始めたからだ。
光らせていたのは、この男。
「ありがとうございました、お母さん……常春さんの様子はどうでしたか? 元気でしたか? 大丈夫でしたか?」
駕篭獅子斗だ。
隣には、ハムスターのような羽の生えた生き物が飛んでいる。
心配そうに、アオイの顔を見上げるその男こそが、娘が、セイが元気ではなく大丈夫ではない原因なのだが……目の前の男は、本当にセイの事を気遣っている様子を見せている。
……おそらく。本当に心配してはいるのだろう。
今、セイを閉じこめて、レイプまがいのキスをして、監視カメラで盗撮していることを、本当にセイのためになると思っている。
何の疑いもなく。
「大丈夫。元気そうでした」
(馬鹿が……誰のせいでうちの可愛いセイが傷ついていると思っているんだ!?)
シシトを罵倒し、殴り、蹴り殺したい気持ちを抑えて、アオイは笑顔で返事をする。
セイには我慢するように言ったのだ。
ならば自分が我慢しなくてどうするというのだろうか。
例え、これからさらにおぞましいことをされても。
「元気そう……でしたか。よかったです。では、その、申し訳ないのですが……」
シシトがアオイの目の前に立つ。
その顔は少しだけ朱色に染まっていた。
「呪いは感染するフィン。特に、呪いのキャリアと近しい人物は移りやすいフィン。だから、解呪する必要があるフィン」
羽虫のような生き物が、ブンブンと何かをほざいていた。
「……失礼します」
シシトの手がゆっくりと動き、そしてアオイの豊満な胸を鷲づかみにした。
反射的に夫から習った護身術を使ってシシトを投げ飛ばしたくなるのを、アオイは必死に押さえた。
夫には……セイの父親、清士郎には話はしている。
娘のために、セイシロウも、アオイ自身も納得した事だ。
これは、アオイがセイに会うためにシシト達からつけられた条件なのだから。
シシトの手がアオイの胸の形をぐにぐにと変える。
その胸を、シシトは凝視する。
数分アオイの胸を弄んだあと、シシトが顔を上げた。
シシトの唇が、アオイの唇に迫る。
生ゴミに顔を近づけたような吐き気がアオイを襲った。
相手はたかが高校生の子供。
しかし、娘を傷つけた男なのだ。
ゴミのような時間を、アオイは耐えた。
あと十日。
そうすれば、全てを終える事が出来るのだ。
「これで呪いがお母さんに移ることはないはずです」
「……そう。ありがとう」
(……絶対に殺す!)
事を終えて、アオイは鳥肌が出るのを必死に押さえながら、笑顔でシシトに対して心の中で悪態を吐いていた。
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