第209話 ヒロカが化け物
「んー……? 君はネネコか。そういえばコレの親友だったな。そう、コレは君の親友。今夏 陽香だ」
ネネコの声にヤクマは作業の手を止めることなく返答する。
「やっぱり……ヒロカ! ヒロカ! 私だよ! ネネコだよ!」
頭だけを動かしネネコは叫ぶ。
「今薬で動きを止めているから返事は出来ない……そもそも体中変化しすぎて言葉を発せられないけどな」
「それは……元々、人なのですか?」
ユリナの疑問に、ヤクマは振り替える。
「そうだ。ドラゴンの血液から出来た薬を注射してね。何人か試したが効果が強すぎたりしてすぐダメになってな。体が丈夫そうだったからヒロカで試したら成功したのがコレさ」
ヤクマは自慢げに口角を上げる。
「ドラゴンを元に、様々な魔物たちを掛け合わせ、驚異的な身体能力と生命力を兼ね備え、どんな痛みや苦痛があっても、『幸せ』を感じ続ける事が出来る最高傑作。……こんな風に」
ヤクマはいつの間にか持っていたスイッチのようなモノを押す。
すると、ボンと破裂音が響きドラゴンの化け物……もとい、ヒロカの方から煙が上がる。
「よいしょっ……と」
爆発音に何の反応も見せずにネネコの方に向き直ったヤクマはポイっと何かを彼女たちの前に放り投げた。
「え……きゃあっ!?」
それを見て、ネネコが叫ぶ。
ユリナも、マドカも息をのんだ。
それは所々黒く変色し、鱗がびっしりと生えた人の腕。
ヒロカの腕だった。
「火薬とミスリルの刃を組み合わせたコレでしか切断できないんだよな……効率の悪い事に。ドラゴンの鱗が堅いのは良いけど、注射器が刺さらないのはな。再生中の柔らかい部分じゃないと……っと、これでいいか」
ふう、っと満足げにヤクマは息を吐く。
「な……なんてことを」
「なんてこと?」
くるりと振り返りヤクマはユリナの方を向く。
「なんてこととは、もしかしてこの腕の事かな?」
「なっ!?」
ヤクマが指を鳴らすと、ゆっくりとヒロカがその身を起こす。
起きあがった上半身にはしっかりと両手がそろっていた。
「再生……この早さで?」
ユリナの言葉に、ヤクマは満足げにうなづく。
「ドラゴンの血……不死身とは、そういう……」
「そうそう。と言っても腕や足が吹き飛んでも定期的に薬を入れないと数回復活出来る程度くらいしかないけどな。それより。君、いいね。怖がるよりも情報の考察か。俺の助手になるか? 一人だとそろそろキツくてな……ガオマロに頼んでみようか」
ヤクマは研究室の片隅にあったイスに腰をかけて、そこにおいてあったコーヒーを手に取る。
そして、傍らに置いてあるバナナの房から一本取り出し、口に含んだ。
「冷めたブラックコーヒーに、バナナ。一仕事終えた後の最高の『幸せ』だ」
満悦の笑みで、ヤクマはコーヒーとバナナをムシャムシャと食していく。
それは、男のコーヒーブレイク。至福の時間。
「……許さない」
そのコーヒーブレイクは壊された。
ネネコによって。
ネネコは目尻に涙を溜ながらヤクマを睨みつける。
「許さない……動けるようになったら、絶対アナタを殺す!!」
「へー……」
ヤクマは興味深そうにネネコを見る。
「君は結構痛めつけたはずなんだが……堂々とそんな事を言えるのは、イソヤでも殺したか? それともここに来るまでに誰かを倒したとか……?」
ヤクマの問いに、ネネコは何も答えずただ睨み返す。
それを見て、ヤクマは人差し指をくいっと動かした。
すると、それに合わせるかのようにネネコはゆっくりとヤクマの前に進んだ。
「ほら。動けたけど、殺せるか? こんな近くに俺がいるわけだが?」
「じ……自由になったら、絶対に殺してやる!」
ネネコの返しに、ヤクマは嘲るように息を吐く。
「はっ……そういえばコレも……ヒロカも同じような事言っていたなぁ……友達だから似てるのか。あ、そうだ」
ヤクマは思いついたように手を打つ。
「……あっ」
その数瞬後には、ネネコの右目に黄金に輝く注射器が刺さっていた。
「ネネコちゃん!?」
「あっ……あ……あああああ!?」
自分に何が起きたか、理解したネネコは声を上げる。
「お前はもう飽きられているしな。何をしてもいいだろ。ネネコには二体目の『守護龍人』になってもらうとしよう。ヒロカで加減も分かってきたからな。年齢、性別、一緒だ。親友でおそろい。双子コーデって言うんだっけ?」
注射器から薬剤が流し込まれる度にネネコはビクビクと震える。
薬剤を流し終えると注射器は自動的にネネコの右目から離れた。
「あ……あ……」
「そういえば、ヒロカにも目は試した事がないなぁ……目に打つとどうなるのか……」
「あ……ああああ!?」
ネネコが叫ぶ。
するとネネコの右目がブクブクと泡立ち大きく腫れ始めた。
「な……んて事を」
その様子を見て、ユリナは思わず声を漏らした。
ネネコの右目から発生した泡は次第に一つになり、固まり、そして大きなオレンジ色の鱗に変わったのだ。
まるでセンスの悪いサングラスに見えなくも無いが、目そのものが鱗に変わっているのだ。
アレではネネコの右目はもう何も見えないだろう。
「んー……他の粘膜と似たような感じか。目は見えてる?」
ヤクマの問いに、ネネコは首を横に振る。
その顔は口を半開きにしていて、まるで惚けているように……幸せそうに、とろけていた。
右目を鱗に変えられたのに。
「そうかそうか。気持ちいいだろ? 『幸せ』だろ? それが永遠に続くように、続けるぞ?」
ヤクマが指を鳴らすとネネコの周りに注射器が現れる。数十本はあるだろう。
「使用中があるから少しだけ本数が少ないが……その分じっくりとするか。ヒロカの時は適当にやりすぎたからな」
苦笑し、少し恥ずかしそうにヤクマは言う。
「じゃあ、お幸せに」
にこりと笑いヤクマが人差し指を軽く曲げた。
それに合わせて、注射器が一斉にネネコに向かっていく。
腕に、足に、肩に、腹に、背中に……そして、顔に。
ネネコのまだ若く美しい肢体のあらゆる場所に注射器が刺さろうとした。
醜い鱗を生やす、薬入りの注射。
それらが刺さる直前。
突然床が崩れた。
「……なっ!?」
床とイスとコーヒーと共にヤクマは落ちていく。
その先には、蒼と紅の短剣を持った少年が一人。
「『ルー・アルマス』」
少年。シンジの蒼い短剣がヤクマを貫いた。
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