第187話 イソヤが起きる

「な……にが」


 イソヤが、朦朧とした様子でつぶやいている。


(……ちっ。バカな事をしている間に、目を覚ましたか。予想より早いのは……まだクスリとやらが残っていたのか。しょうがない。とりあえず、皆には黙ってもらって……)


 シンジは人差し指を立てて唇の前に持っていき、ユリナ達の方を向こうとした。

 が、とっさにシンジは手を広げ、受け止める。

 受け止めたのは、駆けだしていたマドカの身体。


「離してください……! アイツ、まだ生きて……トドメを刺さないと……」


「ちょっと、百合野さん、落ち着いて! 急にどうしたのさ」


「どうした……って、先輩こそどうしたんですか!? なんで殺していないんですか! 先輩、ちゃんとアイツを殺していたと思ったのに……!」


 マドカが、猛る。


「いや、殺したって、アイツからは色々聞かないと……」


 そこまで言葉が出て、シンジは、自分の勘違いに気がついた。


『魔雷の杖』は、魔力を帯びた電流で対象を気絶させるか、殺すかする武器だ。

 元々、ユリナに持たせていた武器だから、その効果をマドカは知っている。

 だから、マドカはイソヤは気絶ではなく、死んだと思っていたのだろう。


 イソヤが倒れた後に、シンジは彼を『ミスリルの鎖』で拘束したが……


(……死んでも、死鬼になって動けるからな。百合野さんはそれを阻止するために鎖で拘束したと思ったのか)


 もしくは、そう思いたかった、のかもしれないが。

 シンジの腕の中で、マドカはすでに大人しくなっていた。

 イソヤが動いたのを見てとっさに感情が動いた、というのもあるのかもしれない。


「……アイツから情報を聞き出せたら、後は好きにしていいよ」


 マドカの耳元で、そうささやくと、マドカは一度だけうなづいて目を伏せた。

 それを確認し、シンジはゆっくりとマドカから手を離す。


「……マドカ」


 すぐにユリナが駆け寄り、マドカの肩に手を添える。


「……はっ! もしかして俺を殺すかどうかで仲間割れすっか? ガキだねぇ……殺せないなら、さっさとこの鎖を外して謝れば……」


 言葉を遮るように、簀巻きになって病院の床に転がされているイソヤの目の前に巨大な氷柱が現れた。

 イソヤの喉が鳴る。


「……勘違いするなよ。いつでも殺せるから殺していないだけだ。役に立たないと思ったら、すぐに……」


 もう一本、イソヤの首筋をかすめるように氷の柱が立つ。

 それを横目で見て、完全にイソヤの動きが止まった。


「……さて。じゃあ質問に答えてもらおうか。まずは……アンタ、仲間がいるだろ? ヤクマに、ガオマロ、だっけか。 ほかに何人いるんだ? そいつ等はどんな武器を持っている?」


「仲間の情報なんて、話すわけ……っ!?」


 先ほどとは逆側の首筋に氷の柱が現れ、イソヤの言葉が詰まる。


「ちゃんと答えろよ。次は当てるぞ?」


「……くっ……うぁ……」


 イソヤは目をせわしなく動かし、荒く息を吐く。

 動揺している、が話し出す気配はない。

 考えているのだろう。

 何を話すか。どう話すか。

 それでは……意味がない。


「……もしかして、答えられないのか? まぁ、そうか。アンタ、カズタカより弱いもんな。下っ端のアンタが、情報なんて持っているわけ……」


「なっ……!? ざっけんな! 俺があのおデブちゃんより弱いわけないだろうが!」


「いや、弱いだろ? お前の強さは、あの武器のおかげだったし。違うか?」


「ぐ……ぐぐう」


「あの武器も、カズタカが使ったらもっと強かっただろうし。ああ、そうか。あんたたちのトップはカズタカか。その下にお前等がいて……ガオマロとか、名前からして弱そうだしな」


 ふっ、と鼻でシンジは笑う。


「てっめえ……! あんまり調子に乗らない方がいいっすよ? ガオマロさんが来たら、お前なんて瞬殺だからな? あの人が持っている槍は、ドラゴンだって一撃で殺して……」


「……ドラゴン?」


「ああ、ドラゴンっすよ! むちゃくちゃでっけえ、オレンジ色のドラゴン! そんな奴を、ガオマロさんはほとんど一撃で殺したんだ! すっげえだろうが!」


「へ、へぇー……でも、それはどうせ、武器の力だろ? ガチャで当てた。そんな武器出てもせいぜい一本だけだろうし、そんな奴が一人だけいても、大した事……」


 シンジの声は、少しだけ震えていた。

 その声の震え聞いて、イソヤは顔をいびつにゆがめる。

 上機嫌に。


「へ……へへ、バカが。ガオマロさんの凄さを舐めない方がいいっすよ? あの人は、マジでスゲェっすから。俺の武器も、ヤクマさんの武器も、あの人が当てたんだ。街中の銀行を襲って、手に入れた金色の武器。お前なんて、ガオマロさんどころか、注射器を持ったヤクマさんにだって……」


 ペラペラと、饒舌に、イソヤは話していく。


 それらは、イソヤの仲間の凄さで、強さで、行動で、そして、


(……簡単に話したな)


 それらは、シンジが聞きたかった情報だ。


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