第154話 マンションが凄い

「ここが、食料とかが置いてある倉庫」


 セイが、カードを使い重厚な扉を開ける。


「おお、凄いですね」


「うわっ、段ボールが沢山」


 地下にある倉庫の中を見た、ユリナとマドカが、驚きの声を上げる。

 シンジからマンションの中を一通り見学してくるように言われた三人は、まず一番近くにある倉庫に向かう事にした。


 プールと温泉は、最後だ。

 そのような場所に最初に行ってしまっては、後が続かなくなってしまうからだ。


「これ、見てください。キャビアとかありますよ」


「こっちはワイン……凄いね、何でもあるね」


「ちょっと、勝手に開けたりしちゃダメよ!」


 倉庫の中にある高級品の名前に興奮しているユリナとマドカをセイが諫める。


 だが、二人はそんなセイの声が届いていないのか、キャイキャイと楽しそうに倉庫の中にある段ボールを物色していく。


「この段ボール、パンって書いてあるけど……うわっ! これ、缶詰だよ。パンの缶詰ってあるんだ!」


「これはっ! プッチャプッチュス! こんなモノまであるとはっ!?」


「こらっ! 開けるな!」


 やはり、聞いていなかったのだろう。

 勝手に段ボールを開け始めた二人に、セイの怒号が飛ぶ。


「ご、ごめんなさい」


「……申し訳ありません」


 あまりのセイの気迫に、マドカとユリナは萎縮する。


「まったく……ここのモノは、先輩のモノなんだから、先輩の許可無く勝手なことはしないの」


 セイは、呆れたように息を吐くと、自分のiGODを操作し始める。

 そして、何度か指を動かした後、確認するように目線を動かして、iGODをある方角に向けて、画面をタッチする。


「……メールか何かしているんですか?」


 その、どう見ても、文章を作り、送っているようにしか見えないセイの仕草に、ユリナが反応する。


「うーん、恋する乙女だね」


 そのときのセイの表情や仕草から、恋の成分を感じ取ったマドカが、続いて反応する。


「ち……ちがっ!」


 二人の言葉に、セイは顔を真っ赤にして、咄嗟に否定してしまう。

 二人が言った内容は、何一つ間違っていないのだが。


「……まぁ、どちらでもいいですが。それより、常春さん。この倉庫のモノは、先輩の許可が無いと、自由にしてはいけないんですよね?」


「そ、そうよ。当たり前じゃない」


 まだ、顔を真っ赤にしているセイは、少しだけ声に動揺を残しながら、答える。


「じゃあ、先輩に許可を貰っていただけませんか?」


「そんな事、出来るわけ……」


「でも、恥ずかしい話、私もマドカも、結構食べるようになっているじゃないですか。常春さんと明星先輩が何日分の食料をあの家に用意しているのか分かりませんが、足りないモノも出てくるのでは? せっかくなので、ついでに色々必要そうなモノは、持っていったらどうでしょう?」


 ユリナの、正論に聞こえる意見に、セイの否定の言葉が止まる。


「……うーん」


「明星先輩に、お腹一杯食べて貰いたくないですか? よく見たら、うどんとかもありますよ?」


「……連絡してみる」


 セイが、iGODを操作し始めた。

 シンジに、連絡しているのだ。


「なんか、色々チョロいですね」


「……ユリちゃん。ヒドすぎるよ」


 隠すつもりは無かったとはいえ、シンジとiGODで連絡を取っている事を知られ、さらに簡単に説得された、チョロいと言われているセイ。

 そんな事を言われているとはつゆ知らず、セイは、シンジから、倉庫のモノを自由にしていいと、返事を貰い、嬉しそうに顔をニヤケさせていた。



「ふんふふふん」


 陽気に、鼻歌を歌いながら、ユリナが歩いている。

 その口には、一本の白い棒。


「ご機嫌だね、ユリちゃん」


「そりゃあ、こんなに大量のプッチャプッチュスを入手出来たら、ご機嫌にもなるでしょう。正直、もうあまり食べることは出来ないと諦めていましたから」


 そう言って、ユリナは手に持っている段ボールをマドカに見せる。


 プッチャプッチュス。

 この、あめ玉に棒が付いているお菓子は、ユリナの大好物である。

 好物すぎて、食料品と一緒に、セイがアイテムボックスで預かるといったのをユリナは拒否したほどだ。


「諦めていた、って。でもユリちゃん、プッチャプッチュスはいつも持ち歩いていたんじゃ……」


「持ち歩いていたと言っても、たったの十個程度ですよ? そんなの、一日も保ちませんよ」


 口の中でコロコロとプッチャプッチュスを動かしながら、ユリナが言う。

 実際、今まで、持っていた飴を食べなかったのは、残り少ないからと大切に取っていたからだ。


「一日って……そう言えば、今食べている味は、何味なの?」


「これは、『命を賭けるに値するきびだんご味』ですね。ほんのり桃の味もして美味しいんですよ」


「……相変わらず、不思議な名前の味だね」


 ちなみに、他の味に、『例え毒でも、後で王子様がキスをしてくれる、プラマイゼロ、むしろプラスなリンゴ味』や、『タヌキに見える猫型ロボットが好きなどら焼き味』、『怪我を治す豆味』などがある。


 味の名前に、毒、と有るものがあるが、大丈夫なのだろうかと思わなくもない。


「……しかし、アレですね。本当に、私たちの身体能力は上がっているのですね」


 ユリナが、話題を切り換える。その視線の先には、三十九の文字。


「飴が入った段ボールを抱えて、三十九階。上りきれると思いませんでした」


「そうだね。そんなに疲れなかったね。上る前は、エレベーターを使わないって言われて正直無理だと思ったけど」


 マドカは、ちょっと呆れたような顔をして、倉庫から出た後の事を思い返した。

 倉庫から、いくつか食料品を見繕った後、マンションの見学に向かったのだが、温泉やプールがある三十九階まで、セイが階段を使って上っていくと言いだしたのだ。


『一応、見学が目的なんだし、ちゃんと一階一階見ていかないと』


 とセイが言った事に対して、マドカとユリナは、最初は強い拒否反応を示していたのだが。


「上ってみると、大したこと無かったですね」


「うん。時間もそんなにかかっていないよ」


 そんな感想を口にするユリナとマドカ。


「……で、階段を使おうと言った張本人は、どこに向かっているのでしょうか」


「さあ?」


 目的の三十九階に到着して、立ち止まったユリナとマドカをよそに、セイは階段を上ろうとしている。


 その手には、iGOD。その目は、画面に釘付けになっている。


 それは、どう見ても、歩きスマホならぬ、歩きiGOD。


「……常春さん!」


 夢中になって画面を見ているセイに、マドカが声をかける。


「はっ! え、何?」


 セイは声をかけられ、慌てた様子で周囲をキョロキョロと見て、階段の下にいるマドカを見つける。


「えっと……」


「ここが三十九階ですよ」


「あ、ゴメンなさい」


 セイが慌てて階段を下りてくる。


「まったく……あの常春さんが、歩きスマホとは……見ていたのは、明星先輩とのチャットですか?」


 スマホなど、扱うこと自体あまり快く思っていなかったセイの、今の現状に呆れつつ、ユリナが聞く。


「う……うん」


 セイが、恥ずかしそうにうつむきながら、答える。

 その、色気さえ感じるようなセイの純情な反応に、ユリナが頭を抱える。


「はぁ……とにかく、見学のメインは三十九階ですよね? 早く行きましょう」


「そ、そうね。……あ、三十九階に到着した事を先輩に教えないと……」


 また、セイがiGODを操作し始める。

 そんな重症なセイの様子に、ユリナとマドカも再度呆れつつ、三十九階を歩き始めた。



「いやぁ、流石は『明野ヴィレッジ』。内部の施設なのに、この充実度は、半端じゃないですね」


「うん、詳しくはないけど、なんだが凄そうな機械が沢山あったね」


 一通り三十九階の施設を見て回ったユリナ達は、そのお金持ちの健康を維持するためだけに用意された明野ヴィレッジのスポーツ施設について、素直に感想を述べていく。


「しかし、周りは自然だらけなのに、なんでランニングマシンとかを用意しているんですかね? 外を走ればいいじゃないですか。そもそも、自然に触れたくて、ここに住んでいたんでしょうし」


「うーん。ほら、自然って、良いことばかりじゃないから。花粉とか、虫とか」


「ああ。でも、それを含めて自然だと思うのですが……まぁ、自然の良さは、都合の良い所だけ、なんでしょうね。ここも含めて」


 そんな雑談を交えつつ、ユリナと、そしてマドカは制服を一枚一枚脱いでいく。

 そう。見学を終えたユリナ達は、待望の温泉に来ていた。

 三十九階からの景色を一望出来るこの温泉は、明野ヴィレッジに住んでいる者だけが入ることが出来る温泉である。

 そのお湯は、なんと、ちゃんと地下から汲み上げた本物の温泉だったりする。

 お風呂も、通常のヒノキで出来た内風呂の他に、露天や、打たせ湯などなど、ちょっとした温泉施設に負けないくらいの充実した設備が整っていて、ユリナとマドカは少し興奮していた。


「さて、体感的にはそうでもないですが、久々のお風呂です。しかも、温泉。早く入りましょう。と言いたい所ですが……」


 制服を脱ぎ、タオルだけ巻いた状態になったユリナとマドカは、ちらりと後方を振り返る。


「……今から、お風呂に入ります……と。これでいいかな? 顔文字とか、可愛いの……ハート、付ける? でも、うーん……」


 そこには、iGODを見つめる、制服を着たままの状態のセイが立っている。


「……地味だから、ハートを付けていいんじゃないですか? ついでに裸の画像でも添付して……」


 振り返っても、反応しなかったセイに近寄り、ユリナがセイのiGODの画面をのぞき込み、発言する。


「うわわわっ!?」


 ユリナの接近に気づけなかったセイが、驚きながらiGODの画面を隠しつつ、ユリナから距離をとる。


「い、いつの間に……」


「いつの間に、というか、よくそんなので今まで生きて来れましたね」


 あまりに、緊張感のないセイの様子に、ユリナが白い目を向ける。


「とにかく、寒いですし、私たちは先に入りますからね。着替えて常春さんも来て下さいよ」


「うーん。私は、別にお風呂に入らなくても……そこまで体を動かしていないし。二人だけで入ってきたら……」


「先輩が言っていた事覚えていますか? 三人で話してこいって。せっかくの温泉なんです。三人で入りましょう。もし来なかったら、先輩に言いますよ?」


 最後の、先輩、という言葉だけ、笑顔で強調しながらユリナが言う。


「うっ……! 分かったわよ」


 しぶしぶ、といった様子で、セイが制服を脱ぎ始める。

 その様子を確認した後、ユリナはマドカの所に戻っていく。


「本当に、変わったね。常春さん」


 マドカが、セイに聞こえないようにポツリとユリナに言う。


「ええ。まぁ、変わったのは私たちも同じだと思いますけどね。けど、常春さんの変わり様は……」


 ユリナが、最後の言葉をため息と一緒に濁す。


「……変わった原因。やっぱりシシト君だと思う?」


 マドカが、声を一層落として、言う。


「おそらく、そうでしょうね。明星先輩も変わった原因なんでしょうけど、常春さんの反応を見るに、彼も、その一因なんでしょう」


「何があったんだろうね」


 不安げに、マドカは表情を曇らせる。


「さぁ? それを聞くための、温泉なんでしょう。裸の付き合い、という言葉もありますし、常春さんが彼と何があったか赤裸々に語ってくれる事を期待しましょう」


 ユリナが、温泉に通じる扉を開ける。


「もちろん。温泉を楽しみながら」


 笑顔で、ユリナが言う。

 そんな彼女の前には、質素ながらも、高級感あふれる温泉の施設が広がっていた。

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