第153話 職業が決まらない

「……ごくごくごく……ぷはぁ!」


 ユリナが、うどんが入っていた器をテーブルの上に置く。

 器は、空だ。出汁さえ残っていない。


「ごちそうさまです」


 続いて、まどかも、器をテーブルの上に置く。

 こちらも、当然のように、器の中は空である。


「いやぁ……こんなに美味しいうどんは、生まれてはじめて食べました」


「本当に、美味しかったね」


 ユリナとマドカの二人とも、幸せそうな顔をしている。

 若干、空気が悪いまま始まった昼食だったが、いざ始まると、皆空腹だったためか、会話をすることなく食べ始め、気まずいと思う間もなく、いつの間にか終わっていた。


 特に、ユリナとマドカの食べる勢いはすさまじく、一度も箸が止まることなくうどんを啜り、シンジよりも早く完食してしまったほどだ。


「空腹は最高のスパイスって言うからね……ところで常春さん、うどんのおかわりってあるの?」


 遅れて、食べ終わったシンジは、セイに聞く。


「はい。一杯では足りないかもしれないと思ったので、用意してますよ」


「あるのですか!?」


 セイの、シンジに対する返答に反応したのは、ユリナと、マドカだった。


「ある、けど……」


「で、では、私たちの分も用意していただけないでしょうか?」


 ユリナと、それにマドカも、まるですがるようにセイを見つめている。


「うーん……皆の分は、うどんが無いんだけど……」


 残っているうどんの麺は、二玉、二人分である。

 出汁はあるが、麺が無いとおかわりを用意する事は出来ない。

 セイにしても、まさかユリナとマドカがおかわりを要求すると思っていなかったのだ。


「先ほど、常春さんの気分を害した事は謝りますから……」


 ユリナが、手を前に合わせ、拝むようにしながらセイに頼み込む。


「ユリちゃん……必死すぎる……」


「黙りなさいマドカ! じゃあ、マドカの分はいらないそうなので、せめて私の分だけでも!」


「ちょっ!? 私も食べたいよ?」


 ギャイギャイと、ユリナとマドカが言い合いを始めた。


「……常春さん、残りのうどんは、あの二人に出してよ。俺はいいや」


 ユリナとマドカの言い合いを見ながら、シンジがセイに向かって言う。


「え? でも……」


「俺は、何か別のモノを食べるよ。確か、お菓子とかまだあったと思うし。おかわりのうどんは、あの二人に食べてもらって」


 シンジの言葉に、セイは渋い顔をした後、立ち上がる。


「いえ、すぐに料理を持ってきますので、待っていてください」


 セイは、キッチンへと向かった。


 それから、十数分経った頃、セイが戻ってきた。


「やはり、うどんの麺は、もう無かったので、麺は少なくなっていますが……」


 セイが持ってきた器には、なみなみと中身が入っている。


「おおっ!?」


 その中身を見て、ユリナが興奮した様子で声を出す。


「二人分の麺を、三人で分けた代わりに、白菜と鶏肉を具として入れました。それと、これも……」


 三人分の白菜と鶏肉のうどんを置いた後、セイが持ってきたのは、一枚の皿の上に置かれた、綺麗に巻いてある黄色のモノ。


「玉子焼きか。いいね」


「……うどんの出汁を使っているなら、出汁巻き玉子じゃ……?」


「どちらでも良いです。食べましょう! ありがとうございます、常春さん!」


 ユリナが我先にと、セイが持ってきた出汁巻き玉子に手を伸ばす。


「ちょっ!? これは、まず先輩に……」


「ユリちゃん、こんなキャラだっけ? あ、コレ美味しい」


 食欲に負け、真っ先に食べようとするユリナから出汁巻き玉子を守ろうとするセイに、困惑しながらその隙をついてちゃっかり出汁巻き玉子をゲットするマドカ。

 そんな三人の女の子の、まさしく姦しい様子を見ながら、シンジはうどんを啜っていた。


「で、お腹が一杯になったところで」


 うどんを食べ、デザートに出されたようかんも食べて、温かいお茶を飲んで、一息ついたところで、シンジが言う。


「なんですか? うっぷ」


「ああ……お腹一杯」


 一方、ユリナとマドカは幸せそうな顔をして、敷いたままになっていた布団に寝ていた。


「食べてすぐ横になると、牛になるって……」


 セイは寝ている二人を、心配そうに見ている。


「残念ですね常春さん。むしろ、食べた後は横になった方が良いって研究結果もあるんですよ」


「ドヤ顔して、言う事でも無いと思うけど……」


 自慢げなユリナに、マドカが苦笑いしながら、ツッコむ。

 

「まぁ、どっちでも良いけど。とりあえず、二人とも、iGODは起動出来る?」


「うーん、頑張れば……」


「起動して、どうするんですか?」


 寝ていて、動きが遅い、ユリナとマドカ。


「そろそろ、職業を決めてもらおうかな、って」


 シンジの言葉を聞いて、ユリナとマドカの二人は、すぐに起きあがる。


「分かりました」


 二人は、先ほどまでのダラケきった様子から一転して、機敏な動きで、布団からシンジたちがいるテーブルに戻る。


「……じゃあ、まずは二人の今のステータスを確認しようか」


「はい」


 マドカとユリナは、それぞれ自身のiGODを起動して、ステータスを表示する。


----------------------------------------

名前  百合野 円 

性別  女

種族  人間

Lv  4

職業  一般人★5


HP  100

MP  130

SP  100

筋力  16

瞬発力 15

集中力 15

魔力  12

運   38

技能  レベルアップ適性

職業適性

所有P 160P

戦歴  

(最新の10件表示)

一般人の熟練度が5に上がった

『コボルトLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『ゴブリンLv2』撃破 経験値11 5P獲得

『ゴブリンLv1』撃破 経験値5  5P獲得

レベルが4に上がった

『オークLv1』撃破  経験値5  5P獲得

『コボルトLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『コボルトLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『コボルトLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『死鬼Lv1』撃破   経験値10 10P獲得

----------------------------------------


----------------------------------------

名前  水橋 ユリナ 

性別  女

種族  人間

Lv  4

職業  一般人★5


HP  110

MP  130

SP  100

筋力  18

瞬発力 17

集中力 19

魔力  13

運   15

技能  レベルアップ適性

職業適性

所有P 165P

戦歴  

(最新の10件表示)

一般人の熟練度が5に上がった

『ゴブリンLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『ゴブリンLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『オークLv1』撃破  経験値5  5P獲得

レベルが4に上がった

『ゴブリンLv2』撃破 経験値11 5P獲得

『ゴブリンLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『コボルトLv1』撃破 経験値5  5P獲得

『死鬼Lv1』撃破   経験値10 10P獲得

『コボルトLv1』撃破 経験値5  5P獲得


----------------------------------------


「百合野さんは、運が高いね。水橋さんは、集中力、か」


「一般的な人の平均値が10、でしたっけ。そうなると、一応二人とも一般的な人よりもステータスは高くなっているんですね」


 シンジとセイの二人が、マドカとユリナのステータスを見て感想を述べていく。


「その、二人と比べては、どうでしょうか?」


 シンジとセイに、ユリナが質問する。


「うーん、そりゃ今の俺たちに比べると低いけど……気にするほどの差はないんじゃないかな? 魔力とかの面だと、このレベルの時ならほとんど一緒だし」


 自分の、ステータスを思い出しながら、シンジが答える。


「そうですか……差はあるんですね。それは、正直、『麒麟児』の技能の差、だと思いますか?」


 ユリナの質問は、止まらない。それはそうだろう。

 ステータスの値の差で、生か死が決まるかもしれないのだ。


「うーん……1レベルに付き1くらい違うみたいだから、それが『麒麟児』の効果だと思えば、そうかも。でも、検証はしていないし、正確な事は分からないけどね」


「でも、私たちは先輩よりもステータスが低いんですよね? レベル1で1違うということは、10レベルで、10。成人一人分、違うということです」


 ぽつりと、ユリナがつぶやく。


「まぁ、そうなるのかな? そういえば、今、『麒麟児』の技能を覚えることは出来ないの?」


 シンジの質問に答えるように、iGODを操作し始めたユリナは、首を横に振る。


「ダメですね。表示されていないです。何が原因なんでしょうか……」


 ユリナが、悔しげに顔を歪ませる。


「何だろうね……とりあえず、『麒麟児』の事は置いておいて、職業を選ぼうか。『麒麟児』については、俺の方でも調べてみるよ。『ハロワ神殿』を起動して」


 シンジの言葉に、諦めたように息を吐いた後、ユリナと、そしてマドカもiGODを操作し始める。


「起動しました」


「よし。じゃあ、職業の一覧を見せて」


 シンジに、ユリナとマドカはiGODの画面を見せる。


「百合野さんは、固有職があるのか」


園芸士 植物を育て、操る職業。植物に関する技能が身につく。

固有技能(園芸) 植物の成長を活性化させ、操る。

上昇ステータス MP 魔力 運

低下ステータス なし


「スゴい職業だね。かなり当たりじゃないのかな?」


「というか、この状況だと、必須に近いのでは……」


 と、シンジとユリナが、マドカの固有職を評価する。


「そうなんですか?」


 よく、マドカの固有職の有用性が分からなかったセイが、シンジに聞く。


「ああ、説明を読んだ感じ、植物を操れるから……簡単に言えば、百合野さんがいれば、今後食料に困ることはない。これだけで、スゴいよ」


「でも、今食料は沢山ありますよね? それに、ポイントで買うことも出来ますし……」


 セイは、シンジの説明に、不服そうな顔を浮かべる。


「まぁ、実際、使ってみないと分からない事も多いと思うけどね。けど、常春さんが考えているより、百合野さんの固有職は、強力な職業だと俺は思うよ」


「そうなんですか……」


 そう答えたきり、セイの表情は暗くなる。


「……嫉妬、という奴ですかね?」


「やっぱり、そうなのかな? 私は、もっと強そうな職業が良かったけど……」


「うっ……! ち、違う!」


 ヒソヒソと、話し始めたユリナとマドカの会話が聞こえたセイが、慌てて否定する。


「おや、聞こえたんですか?」


「目の前で話されたら、普通に分かるわよ」


 しれっとした顔のユリナに、セイが顔を真っ赤にして答える。


「そうですか……というか常春さん、なんだかマドカの職業に嫉妬しているようですが……」


「だ、だから、嫉妬なんてしてないって」


 そんなセイの反論を無視して、ユリナは続ける。


「私は、そんな固有職、というモノが無いみたいですよ? それはどう思います?」


 ユリナが、セイにニッコリと笑う。


 そう、ユリナには、固有職は無かった。

 選べた職業は、『戦士』などの基本的な職業だけ。

 その事を、マドカの職業選択画面と見比べてユリナは気づいていた。


「う……それは……」


 固有職が無い、という事は、まるで自分だけ、何も無いような感覚に襲われている事だろう。

 そんなユリナの感情を感じ取ったセイは、言葉を詰まらせる。


「固有職を持っている方が珍しいらしいからそこまで気にしなくていいよ、水橋さん」


 シンジが、セイと、それにユリナをフォローする。

 実際、コタロウも、固有職持ちは、そんなにいないと言っていた。

 四人いて、むしろ三人も固有職持っている事の方が、珍しいのだ。


「そうですか……そういえば、お二人の職業も、固有職なんですよね?」


 ユリナが、シンジと、セイの二人を見る。


「そうだよ。俺は『自宅警備士』。自分の部屋だと認識した空間のモノを操る事が出来る能力。代わりに、ステータスが落ちるけどね」


「私は……」


 セイは、バツが悪そうな顔をして、言いよどんでいる。


「どうしたんですか?」


「えっと……私の職業は、『くノ一』。分身を作り出す事が出来る能力だよ」


 言って、すぐにセイは目を伏せる。


「『くノ一』ですか……なんか、エロいですね」


「なんで!?」


 ユリナの感想に、セイが過剰に反応する。


「いえ、なんでって、なんとなくですけど……どうしたんですか?」


「……なんでもない」


 セイは、口を閉ざす。

 セイの職業が、『房中術』なんて技能を覚えられる職業ということは、友達に知られたくはない。


「……でもあの反応……分身が出来るみたいですし、それを使って、明星先輩とあれやこれやしていたんですかね……」


「ちょっと、ユリちゃん!」


「う……うわああああああ」


 また、こっそりとユリナがマドカに耳打ちを始め、それを聞いてセイが叫ぶ。

 身を乗り出して、セイはユリナの口を塞ぐ。


「ちょっと、痛いですよ。その反応は、まさか、本当に……」


「い、言うなぁああああ」


 ドタバタとユリナとセイが暴れ始める。

 別に、ユリナが指摘したような事は、セイとシンジの間で起きていないが、起きていなくても、セイは考えてはいた。


 だからこそ、恥ずかしい。

 ましてや、その本人が目の前にいるのだ。そんな事は、言わないで欲しいだろう。


「あの、ちょっといいかな?」


 セイとユリナの様子を見守っていたシンジが、二人に声をかける。


「せ、先輩、違いますよ? 私は、そんな事考えていないですからね? 分身を使ってなんて、そんな事……」


「貴方は、何を言っているんですか……」


 髪などがボロボロに崩れてしまっている二人が、お互いにつかみ合った状態でシンジの方に向き直る。


「いや、ちょっと思っていたんだけど」


 セイの、自爆ともとれる弁解を無視しつつ、シンジは胸のポケットから一枚のカードを取り出す。


「少し、三人だけで話してきたら? このカードがあればマンションの中を自由に移動できるし、温泉やプールとかもあるから、見学ついでに遊んできなよ。リーサイで新品みたいになっているから、気持ち良いと思うよ。遊びつつ、じっくり職業とかこれからの事を考えてきなよ」


 そう言いながらシンジは、持っていたマンションのカードキーを、セイに渡した。

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