第130話 潜入が始まる
「さてと……準備は出来た?」
「はい、バッチリです」
シンジの家の玄関に、学校の制服を着て二人は立っている。
「武器、着替え、食料、タオルなど必要なその他のモノ……言われたモノは、全部アイテムボックスと、リュックサック、制服のポケットに分けて入れました。あと……」
セイは、風呂敷に包まれた四角い箱をシンジに見せる。
「お弁当も、バッチリです」
エヘンと胸を張るセイ。
本当に、上機嫌である。
そんなセイの背中には、赤色のリュックサックが背負われていた。
このリュックサックは、食事を終えた後シンジがセイに渡したモノである。
元々は、シンジが強制的に山籠もりをさせられる時に使うモノで、収納力は抜群なのに、体の動きはほとんど阻害しない高性能なリュックだ。
だが、そんな機能性よりも、シンジのお下がりを使わせてもらっているという事でセイの機嫌は上昇を続けていたりする。
「リュックの中に入れているので、お腹が空いたらいつでも言ってくださいね」
そんな事を言いながら、セイは背負っていたリュックを下ろして中にお弁当箱を入れ始める。
「ああ、わかった」
お弁当箱は、iGODのアイテムボックスに入れた方が崩れないで良いのではないかと思いながら、シンジは頷く。
丹精込めて作ったモノをよく分からない原理の場所に置いておく事がイヤなのかもしれない。
「……じゃあ、行こうか」
「はい」
元気よく、セイは返事を返す。
そんなセイの上機嫌を若干不安に思いながら、シンジは胸ポケットに入れている『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』を発動させる。
気配をなるべく消すためだ。
ゆっくりと玄関の扉を開け、誰もいないことを確認してシンジは外に出る。
シンジの後を追って、セイも外に出た。
足下だけ光っている無音の廊下を、二人は進む。
前がシンジ、そのすぐ後ろを、セイ。
「……常春さん」
「なんでしょう」
その廊下の途中で、シンジは止まる。
「さっき話した作戦、覚えている?」
「はい、もちろん」
食事中、今日の事について、二人は話し合っていた。
「じゃあ、おおまかで良いから言ってみて」
「はい。今から、昨日私たちを襲ってきた人たちを殺しに行きます」
「……それで?」
少し、気になった事があったが、今指摘したい部分ではないのでシンジはそのまま会話を促す。
「昨日と同じように、先輩が前で、私が後ろ。そのフォーメーションで進みながら、まずは地下一階のエントランスを目指します」
「うん」
「その時、先輩が昨日と同じように無音の空間を作ってくれているので、その空間から出ないように、離れすぎないように付いて行く。というお話だったと思うのですが……」
「うん。そうだね離れすぎないように、って言っていたね」
セイの言っていること。
それは間違いない。
「けど、常春さん」
「はい、何でしょう?」
ただ、問題がある。
それは……
「だからって、そこまで近づかなくてもいいよ?」
ただ触れていないだけ。
それほどすぐ後ろにいたセイを、シンジは見る。
「え? あ、すみません」
シンジに指摘されて、セイは一歩だけ後ろに下がる。
「このくらいでしょうか?」
「いや、もう少し離れても大丈夫。あと二歩くらい」
シンジに言われて、若干戸惑いを見せた後、セイは後ろに下がった。
「……行こうか」
「はい」
音が聞こえない廊下を、二人再びは進む。
前がシンジ。その後ろをセイ。
少し、後ろをセイ。
すぐ、後ろをセイ。
「……」
シンジは一瞬立ち止まろうとしたが、すぐにあきらめる。
言っても無駄だろう。
(……何のために、リュックを用意したんだか)
シンジがセイにリュックを持たせて、食料などを準備させたのは、警戒していたからだ。
長期的な補給が困難になる状況。
つまり、場所を強制的に移動させられたりする罠の存在だ。
そういった罠に一人でかかってもいいように、シンジはセイにリュックを持たせた。
セイは一人になる気は一切無いようだが。
だが、強制的に分断させられる状況は大いに考えられる。
今までシンジはそういった罠に遭遇した事は無いが、似たような状況に陥った事はある。
マオに気絶させられた時だ。
あのときは、気絶した後に場所を変えられたが、相手を強制的に移動させる手段が無いとは思えない。
魔物を呼び出す召喚があるのだ。
逆も出来て当然だと思うべきだろう。
同様に、iGODが使えなくなる状況、これも想定しておくべきだ。
iGODが手元に無くても魔法で呼び出せるが、その魔法自体を封じる罠。これはほとんどのゲームやお話において、存在しているモノだ。
(……欲望が形となって現れる世界。なら、考えられるモノは全て有ると思って行動した方がいい)
シンジ達が制服を着ているのも同じような理由だ。
制服は至る所にポケットがあって、収納力があり、そして、三年間の学校生活に耐えられるよう丈夫に出来ている。
シンジ達が持っている衣服の中で、今のような状況で行動するのに一番適している服だと言えるだろう。
シンジは、考えられる限り、準備が出来る限り、万全な状態で、マンションにいると思われる襲撃者に戦いを挑んでいる。
昨日、襲撃者は大した事がないと評価したはずなのに。
「……ストップ」
シンジは、立ち止まる。
その前には、金属の扉。
明野ヴィレッジに続く、入り口。
シンジは、一度振り返る。
少し顔を動かせば、キスが出来そうなほど近いセイにちょっとだけ動揺しつつ、シンジはセイの顔見て、確認する。
予想では、この先に襲撃者が数名見張りとしているはずだ。
その見張りを、まずはシンジが先行して倒し、その後セイが突入して撃ち漏らしを防ぐ。
そのような手筈になっている。
近すぎる顔を見て、お互いそのことを確認し終える。
「『神盾』」
戦士の技能である防御壁を展開し、片手に蒼鹿を構えながら、ゆっくり、音を立てないようにシンジは扉を開ける。
そして、扉の間に体を滑り込ませる事が出来るスペースが出来た瞬間、シンジはエントランスに飛び込む。
(一……)
シンジの体が目の前から消えた後、セイは時間を数え始める。
シンジが指定した時間は五秒。
五秒後に、セイも突入する。
扉の先からは何も聞こえない。
扉の先を、見ることは出来ない。
シンジの姿を、見ることは出来ない。
(二……三四五!)
五秒は、セイにとって長かった。
駆け足気味に五秒を数えたセイは、扉を開ける。
そこには、シンジが立っていた。
怪我一つない。
そのことに安堵しながら、セイはシンジに近づく。
「先輩」
シンジにすぐ触れられそうな場所まで来て、ほっと胸をなで下ろすセイ。
よかったという気持ちが、心の底から溢れている。
そんなセイとは対照的に、シンジの顔は、険しかった。
「……どうしたんですか?」
セイは、不思議そうにシンジに訊ねる。
「……誰もいない」
そう、シンジに言われ、セイはやっとエントランスに一人もいないことに気が付いた。
怪我をしていないのは当然だ。
シンジは誰とも戦っていないのだ。
エントランスはもぬけの殻。
ここは、守るべき一番の場所のはずなのに。
「……マズいかもな」
金持ちを出迎えるために作られた、豪華で、絢爛なエントランス。
敵対者を迎撃するためにいるはずの者が、誰一人いないエントランス。
その場所の異質さは、逆にシンジの不安を高めていた。
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