第108話 地獄が終わらない

 ネネコの悲惨な姿を見たヒロカは、自分の親友を助け出そうとすぐに駆け寄ろうとした。


「おーっと。こっちに来る前に、周りをよく見なよ」


 だが、男がそう言うと同時に、周囲から何かがヒロカに襲いかかってくる。


「……皆!?」


 襲いかかってきたのは、ヒロカ達と一緒に音楽室に隠れていた女子生徒たちだった。

 よく見ると、皆制服が血で汚れ、額に角が生えている。


「抵抗するなよ。そのままじっとおとなしくしていろ。そうすれば、ネネコちゃんやお友達達と一緒に可愛がってあげて……」


 にやにやと、男が笑いながら言う。


「ふっ!」


 そんな男の言葉を無視して、ヒロカは動く。


 まさに一瞬。


 瞬きをする間もなく、ヒロカは周囲を取り囲んでいた女子生徒の死鬼たちに角を叩き折る。


「……ほお」


 その様子を、男は感嘆の表情で見ていた。


「アナタ……許さない。皆を殺したのも、アナタなんでしょ? ネネコにヒドい事して。絶対に許さない」



 ヒロカの耳に、鈴の音が鳴る。

 ヒロカの体に、力が沸いていくる。


 殺された皆が祝福しているようだ。

 応援しているようだ。


 目の前を男を、殺せと。


 ヒロカは、皆の願いを込めて一歩ずつ男に近づいていく。

 ヒロカの正義が、体中から溢れてくる。


「いや、その子達を殺したの、俺じゃねーだろ」


 そんな近づいてくるヒロカを見ながら、男は呆れたように言う。


 言いながら、男はどこからか取り出した黄金に輝くヤリを突き刺しながら立ちあがる。


 男の、右側に。


 下に向かって。


 つまり、ネネコの胴体を突き刺した。


「え……?」


「よっこらしょ……あれ、鳴かないな? ……ちっ、即死か。あーあ、やっちまった。死ぬ間際の声が一番可愛いのに。はぁ、悪い癖だよな。俺の。つい心臓にイくんだよな。この槍も攻撃力高すぎるし。簡単すぎるな。普通の刃物の感覚でヤると、簡単に死にすぎる。改めないとな。俺、反省」


 男は、本当に残念そうに言うと、ネネコの体から黄金のヤリを引き抜いた。

 抜いた時に出来た穴から、次々と血液があふれ出してくる。

 それを見て、ヒロカは思った。


 本当に、死んでいると。


 わずか3日程度だが、ヒロカは世界が変わってから、沢山の死を見てきた。

 だから、分かる。


 ネネコは死んでいる。

 胸に穴が開いて、そこから血液が出て、死んでいる。


 殺したのは、誰?

 そんなモノは決まっている。


「うああああああああああ!!」


 ヒロカは叫び、自分の大切な友人を殺した男に向かって駆け出す。


「おお、速ぇ……けど、後ろ」


 男がヒロカの背後を指を指すと同時に、ヒロカの首筋に何かが突き刺さる。


「あっ?」


 刺さった瞬間、ヒロカの体から力が抜ける。


 動けない。


 ヒロカは、スライディングのように滑りながら倒れた。


「うっ……くっ……」


「当たった当たった……スゴいよ、コレ。学生の時、なぜかダーツって苦手だったけど簡単に狙った所に刺さった」


 音楽室に、誰かがユラユラ揺れながら入ってくる。

 男性だ。

 眼鏡をかけていて、真面目そうな男。

 常に体がユラユラ揺れている。


「ダーツが苦手なのは、お前が揺れているからだろ。薬馬(やくま)。まぁ、いい。それで、高等部はどうなった?」


「ばっちりキメてきた。コレのおかげでな」


 ヤクマと呼ばれた男が、ヒロカの首から何かを抜く。

 それは、注射器だった。


「感謝しろよ。それは俺が当てた超激レアな武器だからな」


 顎を少しあげ、自慢げに元用務員の男が話す。


「ふふ、さすが運108。いやぁ、気持ちよかった。気分は仕事人だ。必殺の」


 ヒロカの背後で、ヤクマは満足げな声を出す。


「さて、やっとじゃじゃ馬が大人しくなった訳だが」


 ヒロカの髪をつかみ、上に上げる用務員の男。


「あん? なんで睨んでんだ?」


 男を恨みの感情で睨んでいるヒロカに、男は不思議そうに首を傾ける。


「決ま……て……ア……ンタが、ネネコ……を、皆を……殺した……から」


 全身の神経が震え、動かせない中、ヒロカは何とか声を絞り出す。


 何とか、この男を殺せないか。

 皆を、ネネコを、殺したこの男を。


 そんな感情が、ヒロカを動かしたのだが。


「はぁ? 何言ってんだ? おまえ?」


 男は、そんなヒロカの感情を理解できないように顔をしかめる。


「あのな、……さっきも言ったけど、お友達を殺したのは、俺じゃない」


「……は?」


 ヒロカは、男の言っている事が理解出来なかった。


 他の子たちを殺していない?

 死鬼になっていたのに?

 では、死鬼となって襲ってきた女子生徒たちは誰が殺したというのか。

 ヤクマという男?


「じゃあ……誰……が……」


「おまえだよ」


 元用務員の男が指を指したのは……ヒロカだった。


「……え?」


「おまえだよ。おまえが、お友達を殺したんだよ。お友達に囲まれたとき、あのまま大人しくしていれば、少なくともお友達は生きていたのにな」


 ヒロカは、今度こそ、本当に男の言っている事が理解出来なかった。


 あのとき、ヒロカが囲まれた時、女子生徒達は皆死んでいた。

 死鬼になっていた。


 ヒロカの頭が疑問で埋まっていく中、男の背後で動くモノがいた。


 ネネコだ。

 その綺麗な顔には、角が生えている。

 死鬼に変わっているのだ。


 死鬼になったネネコが、立ち上がっている。


「……んだ? その反応? おまえ、まさか……」


 ゆっくりと、死鬼に変わったネネコが男の背後に近づいていく。

 生前の恨み、復讐を果たすため。


 そして、男まであと数歩という距離になった時。


「『リーサイ』」


 背後にいるネネコに向かって、指を指す男。

 すると、ネネコの体が淡く光り始めた。


「ぎゃう!」


 光ったまま、男に飛びかかったネネコであったが、ネネコの口は男の首ではなく手に向かっていた。


 正確には、男の手にある小型の瓶に向かっていた。


 ゴクゴクと、一生懸命に瓶の中身を飲んでいくネネコ。


 その中身を飲み干した時、ネネコの体がまた淡く光っていく。


「……これで」


 光が収まった後、ネネコは倒れた。

 まるで、眠っているように。


「ネネコちゃんは生き返った」


 その、ネネコの寝顔に角は生えていない。

 生前と同じように……いや、まるで生きているように、血色のいい顔でネネコは眠っている。


「……ど……え?」


 ヒロカに、困惑が広がっていく。

 目の前で起きた現象に、理解が追いついていない。


「蘇生薬……死鬼に変わった人を、元の生きている人に戻す薬。つまり、死鬼は、死んでない。生き返る人間ってことだな」


 男の言葉が、意味のない音になってヒロカの耳に届いていく。

 理解しては、ダメだからだ。

 男の言葉を理解すると、ヒロカは……


「ちなみに、素材。角だけになったら、蘇生薬(アレ)は使えない。つまり、今は、角だけになったら、死んだって事だ。これで、分かっただろ? 誰がお友達を殺したのか。お友達を殺したのは……」


「あ…………ああああああああああああああああああああああ」



 ヒロカは、叫んだ。

 その先を、聞きたくなかったから。


 ついさっき、言われたばかりなのに。



「ちーっす。磯谷(いそや)っす。中等部、制圧しました。結構可愛い子残ってましたよ。あっちの方にベッドとか運んでますけど、どうします?」


 音楽室に、イソヤと名乗る別の男が入ってきて、元用務員の男に言う。


「そうか。こっちも……初等部のツートップを確保したからな……」


 男が楽しそうに、顔をゆがめる。


「これからは、お楽しみの時間だ。ガンガン使っていいぞ。死ぬまでな。何せ、蘇生薬があるからな。何度でも、使いたい放題だ」


 力なく、叫ぶヒロカと眠っているネネコを連れて、男達は音楽室から出て行く。


 地獄とは、戒めとして、人が考えた場所だ。

 人が想像した、場所だ。

 ならば、やはり地獄を創造するのは、悪魔でも神でもなく、人なのだろう。


 終わらない地獄の宴は、今日も開かれている。

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