第98話 『楽しい』が終わる
「……な、んで? この剣は、簡単に止められるようなモノじゃ……」
口から血を吐きながら、ハイソは疑問の言葉を口にする。
ハイソの『|真摯な紳士(ジェントルマン)』に仕込まれている剣は、白銀に輝くミスリル製。
セイの短剣と同様、その刃はコンクリートさえ切断出来る。
その剣を『戦闘気』を使って、突き刺したのだ。
仮に鋼鉄を仕込んだ所で、止められるような突きではないはずだ。
「……iGODは壊れません、だったか?」
そのシンジの言葉を聞き、ハイソは大きく目を見開く。
「……まさか、iGODで、防いだのか? この僕の突きを?」
「ああ、左胸のポケットに仕込んでいた」
そう言って、シンジは先ほどハイソに刺された場所を指で示す。
そうiGODは、壊れない。
どんな魔法でも、攻撃でも、持ち主が生きている限り、iGODは壊れない。
だから、ガチャなどで防具が売られていない。
最強の防具が、すでに存在しているからだ。
「バカな……君のiGODは、右胸にあるはずじゃ」
この、壊れないiGODを使用しての防御術は、ハイソ達の世界では戦いの基本である。
そして、そのiGODを敵がドコに忍ばせているのかを探る術は、戦いの奥義とも言うべき重要な能力だ。
だからこそ、観察は怠らず常にハイソはシンジのiGODの位置を気にしていた。
ハイソが屋上で何もせずシンジの様子を観察していたのは、実はこのためだ。
ハイソは見ていたのだ。
屋上から、シンジが滝本たちにiGODの使い方をレクチャーし、その後iGODを右胸に戻しているのを。
その後、戦いが始まりシンジがハイソに吹き飛ばされた後も、霧から出てきた時も、ハイソはしっかりと右胸のふくらみ重心から、iGODが変わらずにシンジの右胸にあるのを確認していた。
間違いなく、シンジのiGODは右胸のポケットにあるはずだ。
「あれは、俺のスマホだ。俺のiGODと形が似ている、な」
シンジは片手でハイソに刃を突き立てたまま、右胸から黒いスマホを取り出した。
「で、こっちが俺のiGOD。銀色だ」
スマホを元の場所に戻し、今度は左胸のポケットから銀色に輝くタブレット端末を取り出す。
背面に、iGODの表記。
確かに、左胸に、iGODは存在した。
だが、それでも、不可解な点がある。
「『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』や、回復薬を、右胸から取り出したのは……」
ハイソも知ってはいた。
左胸にも、右胸と同じようなモノが仕込まれているのを。
だが、シンジは右胸から次々とアイテムを取りだしたのだ。
だからこそ、ハイソは信じ切っていた。
シンジのiGODは右胸にあると。
「回復薬は、すでに購入していた物を体中のポケットにいくつか忍ばせていて、それを右ポケットから取り出したように見せていただけだ。胸のポケットに意識が集中しているだろうとは思っていたからな。ズボンのポケットとかは無頓着だろうし、騙せると思っていたよ」
「……他の場所……でも、『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』は、アレは、ポケットに入るような大きさじゃないはずだ。どんなに畳んでも、確実にポケットからはみ出してしまうはず」
「『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』は、空気で圧縮していた。ポケットに入るくらいに、ギチギチに」
そう言って、シンジは『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』を脱いだ。
そして、手にした『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』を軽く振る。
すると、独りでに、『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』は丸まっていき、小さな黒い塊に変わった。
大きさで言えば、ちょうど回復薬のビンと同じ程度。
人差し指くらいの大きさだ。
真空の圧縮。
布団圧縮袋のようなモノだ。
シンジがハイソに仕掛けていたのは簡単に言えば手品だろう。
誘導による錯覚。
思い込みによる、誤解。
ハイソは、小さくなった『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』を見て、そして笑い出した。
「にゃはっ! にゃはははは! にゃははははは……つまり、君は、ずっと、はじめから、僕と闘う前から、コレを狙っていたのか」
「ああ、コレが俺の、とっておきだ」
切り札でも、奥の手でもない、本当の、最後の手段。
「そうか……これは完敗だ」
シンジは、会話しながら蒼鹿の力をハイソの体にそそぎ込んでいた。
ハイソの首から下はもう、完全に凍り付いている。
回復薬を体内に『召喚』しても、すぐに凍ってしまい効果を発揮しないだろう。
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
もう、時間が残っていないハイソにシンジは聞く。
「……なんだい?」
「なんで、全力で闘わなかった? 例えば、はじめから『召喚』の力で、俺と同じくらいの強さの魔物を呼び出せば、簡単に勝てたはずだろ? そうじゃなくても、さっき、追い込まれた時回復薬で体を治してカウンターをするんじゃなくて、先に治して魔物を召喚すれば……」
シンジは、死んでいた。
ハイソの職業は、『召喚士』。
この職業の本質は、『召喚』。
魔物と共に闘う職業なのだ。
特に、ハイソは軍の隊長。
その配下の魔物が、あの黒いカマドラゴンや、黒い触手程度の魔物だけのはずがない。
もっと、強力な魔物がいるはずだ。
そう、シンジは警戒していたのだが。
「ふっ……くだらない事を聞くんだね。単純だよ。僕が、一人で闘いたかったからだ。僕があこがれた、あの人たちのように、勇者のように、ね」
氷結が、ハイソの顔まで浸食し始めた。
「……僕も聞くよ」
ハイソの頭部が、凍っていく。
「なんであの時、僕を殺さなかった」
ハイソが言っているのは、シンジが『|笑えない冗談(ブラックジョーク)』を使ってハイソを気絶させた時の事だ。
「十秒は気絶していたはずだ。それだけあれば、君は僕を簡単に殺せたはずだ。違うかい?」
ハイソの問いに、シンジは、眉を寄せる。
「そんな勝ち方しても、『楽しく』ないだろ。『楽』だけどな」
シンジの返答に、ハイソは笑顔を浮かべる。
笑顔のまま、凍っていく。
「そうか……君と戦えてよかった。勇者と戦えなかったのは残念だけど……君との戦いが最後でよかった。一人で戦ってよかった」
ハイソの髪の毛までが、氷に変わる。
「ありがとう」
そう言い残し、ハイソは完全に凍りついた。
その表情は満ち足りた笑顔だった。
シンジの頭に、レベルアップのファンファーレの音が鳴り響く。
闘いの勝利を祝福するその音は、シンジにとってやけに耳障りだった。
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