第95話 セイが願う

 突然現れたシンジに、セイは言葉を失う。


 なぜ、ここにいるのか。

 死ぬ前に見ている幻だろうか。

 だが、目の前にいる、ひょうひょうとした態度の少年はどう見てもセイが会いたがっていた少年に見える。


「ん……え!? 常春さん、足! どうしたの!?」


 シンジがセイの惨状を見て、驚きの声を上げる。

 セイの脚が太股から無くなっていた事に気が付いたのだ。


「え、ええ、切れちゃってます。それより、先輩、お腹に……」


 シンジのお腹を見てセイも驚いていた。

 そこには黒い棒が、突き刺さっていたからだ。


「あ、ああ。こっちは平気。貫通はしてないから。氷の鎧で固定しているだけ。それに回復魔法で治療しているし。蒼鹿の氷結で氷の鎧を作ったのはいいんだけど、やっぱ完全に防ぐのは無理だったね。回転は軽減出来たけど」


 そう言って、シンジは笑顔を見せる。


「ちょっと待ってて、今回復薬を渡すから」


 シンジは胸ポケットを漁る。


「え、だ、大丈夫ですから、まずは先輩のケガを……」


「だから、俺は回復魔法で治療中。常春さんの綺麗な足が、切れている方が問題だよ」


「え……?」


「このままじゃ、膝枕出来ないしね」


「あ、ああ…」


 シンジの言葉に、若干、残念さを感じるセイ。

 だが、もしこの目の前のシンジが幻だったら、もっとカッコいい事を言うだろう。


 このおどけた回答に、目の前にいるのは幻などではなく本物のシンジだとセイは確信する。


 もう、セイの涙は止まっていた。


「飲むより、直接ぶっかけた方が良さそうだな」


 そう言って、シンジはセイの方へ近づいてくる。

 そのたびに、お腹に刺さっている棒がゆらゆらと揺れていた。


「せ、先輩、本当に、私の事はいいですから、まずは、先輩が……」


「抜くと、逆に危ないからね。『召喚』されて、また攻撃してきても困るし」


「……はぁ」


『召喚』


 聞き覚えのない単語。

 シンジは、今まで何をしていたのだろうか。

 よく観察してみると、昼間と比べて強くなっているのが分かる。

 シンジには妙な安心感があったのだが、それをより強固に感じるのだ。

 見覚えのない黒いマントのようなモノも身に付けているし、本当に、何があったのだろうか。


 セイは、もっとシンジの事を知りたいと思った。

 セイと別れてから、何があったのか。

 それ以外にも、もっと、色々、シンジと話したい。


 仲良く、なりたい。


 そばに、いたい。


 シンジと2人でいる光景を思い浮かべるだけでセイの心は安らいだ。


 セイから3メートルほど離れた場所まで近づいたシンジは、回復薬を取り出す。

 あと数歩でセイに回復薬を渡せるだろうという距離。


 ちょうど、その時だった。


「みっけ」


 突然、シンジとセイの間に、猫耳の少年ハイソが現れた。


「なっ!?」


「温度を下げて空間を停止させることで、回転を弱めて攻撃を防ぐなんてね。『氷結』の極意は停止らしいけど、ホント、よくやるよ」


 ハイソは、シンジのお腹に突き刺さっている棒を握る。


「ぐっぅ!?」


「そして、刺さった状態で凍らせる事で、『召喚』で呼び出すのを止める、か。悪いけど、抜かせて貰うね」


「がぁっあああ!?」


 ハイソは腕に力を入れて、シンジの腹部から、無理矢理黒い棒を引き抜き始めた。


 シンジは、ハイソの手を握り、それを必死に食い止めるようとする。

 この棒を抜かれると、『|真摯な紳士(ジェントルマン)』を使われるからだ。


「……抵抗するんだ。だったら」


 そう言ってハイソは、さらに腕に力を込める。

 そして、ゆっくりと、シンジの体を持ち上げた。


「体の内側から、回ってみようか」


 そう、ハイソが言うと、シンジの体がまるで強風に煽られる風車のように激しく回り始める。


「うおおおおおお!?」


「飛んでいけ!」


 回転しながら、校舎の壁を破壊しながら、シンジは校門の方角に飛んでいった。


「先輩!?」


 セイが、叫ぶ。


「さて、まだ生きているよね、シンジ君」


 飛んでいったシンジを見て、楽しそうに笑いながら、ハイソはシンジの後を追い開いたばかりの穴から消えた。


「……先輩?」


 セイは、その様子を、唖然と見ていた。

 そして、理解する。


(そうか、先輩も、戦っていたんだ)


 あの、強い猫耳と。

 セイと同じように。


(いや、違う。先輩と、私は、たぶん違う。きっと違う)


 セイは戦った。

 沢山の、魔物と。

 同級生と。


 殺されそうな人がいたから、義務感で、しょうがなく。

 状況に合わせて、なんとなく。


 そんなんじゃない。


 シンジは違う。

 シンジは、おそらく自分の意志で、あの猫耳の少年と戦っている。


 セイの前方。シンジが立っていた場所に、回復薬が転がっていた。

 おそらく、シンジが落としたのだろう。


(……違う。多分、これは落としてくれたんだ)


 セイが回復出来るようにわざとシンジは回復薬を落としていったのだ。


「戦い、たい」


 セイは、強く願った。

 自分の意志で。


 シンジの横に。

 シンジと一緒に。


 足手まといと言われるかもしれない。

 邪魔だと思われるかもしれない。


 だが、セイは。セイ自身が、シンジの元へ、行きたかった。


 セイは、体を引きずりながら前に進む。


 シンジが飛んでいった方角へ。

 シンジが落としていった、回復薬に向かって。


「先輩、今、行き、ます」


 回復薬まで、


 3メートル。


 2


 1


 セイは、右腕を伸ばした。


 その時、廊下が傾く。


「きゃっ!」


 セイの前方に、下に廊下が傾いた事で、回復薬がセイから遠ざかるように転がっていく。


 コロコロと、回復薬は遠くにいく。


「いっ……くなぁ! いかない……でぇぇ!!」


 セイは、必死で回復薬を追う。

 ズリズリと、体を引きづりながら。


 皆どこかへ行ってしまった。

 セイを置いて。


 シシトも。

 シンジも。


 何が原因だ?

 その答えを、セイは知っている。


 足だ。

 足を怪我したから。


 足が無くなっているから。


 皆置いていく。


 足が無いから、追いかける事も、出来ない。

 足を取り戻すためには、回復薬が必要だ。


 セイには、必要なのだ。


「いかない……でぇ……」


 治癒が。

 癒しが。

 安らぎが。


 人が。

 頼れる人が。

 安心出来る人が。

 涙を止められる、人が。

 シンジが、必要だ。


 シンジの元へ行くため、セイは再び右腕を伸ばした。

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