第62話 シンジが治す
「さて、と」
近くには、リツと、銀色のオーク、ハイオークに捕まっていた女子がいるが一番ケガがヒドいのは、リツだ。
ハイオークに捕まっていた少女は体のケガはそこまでヒドくない。
……心の方までは、わからないが。
まず、シンジはリツに近づく。
「な……なによ……」
警戒しているリツを無視して、シンジはリツのケガの具合を見た。
「うぇー……ヒドいな、こりゃあ……」
シンジは複雑に折れたリツの右足を見て、顔をゆがめる。
ただでさえ、ヒドい骨折だったのが、銀色のハイオークにさらに折られてしまい、骨が肉と皮を突き破って切断さえ考えないといけないような、ヒドい状況になっていた。
シンジは、そんなリツの右足を優しく両手で包む。
「『カーフ』」
柔らかくて、暖かい光が、シンジの両手から発せられる。
「う……っく!」
リツの口から、思わず吐息が漏れた。
気持ちいい。
ちょっと痛くて、ちょっと痒くて。
何とも言えない刺激が、右足から伝わってくる。
「……一回じゃ治らない、か」
刺激が収まっていった。
シンジの両手の光も消えている。
「回復薬なら治りそうなケガだったけどな……まだ、使いこなせていないってこと、か」
シンジは、まじまじと、リツの右足を見ていた。
見ているというより、観察している、と言った方がいい表情である。
「……治ってないの?」
あまりに真剣な表情のシンジに、つい聞いてしまうリツ。
ついさっきまで、顔も見たくないほど、毛嫌いしていた男だったはずなのだが。
「ああ……触れば分かると思うけど……」
「いっぎっ!?」
シンジが、リツの太股を掴む。
すると、激痛がリツを襲った。
「なっ、なにすんのよ!?」
ものすごい剣幕で怒鳴るリツ。
「いや、だから、治っているかどうかの確認。痛かったでしょ?」
「痛いわよ! バカ!」
(やっぱり最低だ、こいつ。なんで、こんな奴が……)
自分の大好きな人の横にいつもいたシンジ。
あの人の笑顔。
シンジの近くにいるときにしか見せない、笑顔。
その姿を思い出し、シンジに対して嫉妬と憎悪の炎を燃え上がらせるリツであるが、シンジはまったく気にしない。
気にしないで、今度はリツの胸に手を当てた。
「なぁ!? どこを……」
そこは、リツが大切にしていた場所だ。
リツが、一番大好きな人の為に、作ってきた場所だった。
そんな大切な場所を、よりにもよって、リツの一番大嫌いな奴に……
しかも、制服は破かれているので、ブラジャー越しだ。
「痛い!?」
そのとき、リツに激痛が走る。
「やっぱり、肋骨も折れてたか。なんとなくケガの状況がわかるのは、『治療士』を極めたからかな……」
リツの胸から手を離したシンジは、何かぶつぶつと、真剣な表情で呟いている。
「何言っているの? アンタ……」
ケガの状況が分かる? チリョウシ?
ゲームオタクのムッツリゲーマーが、何か言っている。
ゲームの話だろうか。
「あ、ついでに、もう一度確認」
シンジが、リツの胸を揉む。
今度は、肋骨に触るようにしてではなく、ちゃんと、胸を揉んだ。
もみもみと、丁寧に。
「ちょっ!? アンタ、いい加減に……なんで、そんな渋い顔しているのよ?」
二度も大切な胸を揉んできたシンジに、抗議しようとしたリツであったが、シンジの、そのいかにも不満げな顔が気になってしまう。
なぜそのような顔をするのだろうか。
『黄金の乳』とさえ称される少女の胸を揉んだ男のする顔ではないだろう。
「……」
「な、何か言いなさいよ」
シンジは、不満げな表情のまま、無言だ。
しかしも、その表情から、どこか寂しさのようなモノを感じる。
(……な、なに? 何なの? ちょっとまって、アイツさっきなんて言っていた? ケガの状況が分かる? まって、胸を揉んで確認するケガって、病気って……)
リツの脳裏に、ある病名が浮かぶ。
それは、綺麗な胸を作ることに命を注いできたリツにとって、いや、女性にとって、最悪の病気。
「何? 私のオッパイに何かあるなら、はっきり言って!」
リツは、口を閉ざしているシンジを問いつめる。
「……いや、何でもない。ただ、肋骨の様子を、もう一度確認しただけだから。『カーフ』 はい。これでもう治ったよ」
そう言って、シンジは立ち上がる。
「え? ちょっと! 待ちなさい!」
つられて、リツも立ち上がった。
立てた。
右足に何の痛みもない。
肋骨を触ってみるが、そこも何ともない。
ケガが、治っていた。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
リツが、自分のケガが治っている事に驚いている間に、シンジはハイオークに担がれていた少女の方へと歩いていった。
そんなシンジの背中を見ながら、リツは気になって、自分で自分の乳を揉んでみる。
なんでも無いというには、さきほどのシンジの様子は気になるからだ。
しかし、リツは丹念に自分の胸を揉んでみたが、自分の胸にしこりなどは確認出来なかった。
ならば、先ほどのシンジの態度はなんだったのだろうか。
リツの頭に、疑問が残った。
(……さすがに、言えるわけないよな)
一通り、ハイオークに捕まっていた少女を観察したあと、回復魔法を使う前に、少女に浄化魔法をかけるシンジ。
彼女から漂っていた、生臭いにおいが消えた。
これで、綺麗になったはずだ。
内側も。
物理的な意味で。
少女は、まだ気を失っている。
(潮花さんの、胸って、綺麗で大きくて、学年の男子のほとんどが、あこがれていた『理想のオッパイ』だったんだけど……)
「『カーフ』」
シンジは、次に、少女に回復魔法をかける。
効きがいまいちだった。
ケガの具合は、圧倒的にリツの方が重傷だったのだが、少女がケガをしている部分はほとんど治っていない。
気も、失ったままだ。
(揉んでみたら、感触がいまいちだった。形の割に、大きさの割に……期待を大きく下回っていたなぁ)
だから、シンジは、リツの胸を揉んで渋い顔をしていたのだ。
もちろん、そんなことをリツに言えるわけが無い。
外目だけでは、見ただけでは分からないモノがある。
シンジは、感触というモノの大切さを実感した。
「……これも、そうかねぇ……」
シンジは、まだ完全に治っていないと感覚でわかる少女を見て思う。
上手く回復魔法が効かない理由は、何となく分かる。
彼女が一番ヒドく傷ついている部分が、シンジには、男性には無い部分だからだ。
イメージというのは、とても大切だ。
特に、魔法のようなモノを扱う場合は。
魔を扱う場合は。
そのことを、シンジは、『超内弁慶』や、紅馬・蒼鹿を扱いながら実感してきた。
回復魔法も、同じなようだ。
リツの骨折は、目で見える部分であったし、肋骨の骨折は、触って確かめることが出来た。
だから、治療のイメージは簡単だった。
しかし、少女がケガをしている部分は、触ったり、見たりすることは、さすがにシンジでもはばかられる部分だ。
だから、シンジの回復魔法の効果が薄くなっている。
シンジには、男性には無い部分のケガ。
少女が、どんな痛みで、どんなケガなのか、全くイメージ出来ない。
そして、イメージする必要性を、シンジは持てなかった。
これでは、少女の治療を回復魔法で行うことは出来ないだろう。
「まぁ、しょうがない、か」
シンジはすでにタブレットから出しておいた回復薬の一本を、少女に飲ませた。
「んっ……」
少女が、うっすら目を開けた。
ケガが治ったのだろう。
シンジも、感覚で、それが分かる。
ハイオークに捕まっていた少女は、綺麗な子だった。
綺麗だから、オークに狙われたのだろうか。
美人は、免疫力などが強いという話もある。
「おーい。明星。連れてきたぞー」
滝本が、腕を失っている男子生徒を担いできた。
(……川田か)
シンジに、目の前で親友を殺され怒り狂った男子生徒。
今は、腕が無くなったショックで気を失っているようだ。
シンジは、さっそく川田の治療を始めた。
やらない善より、やる偽善。
なんて良いことをしているつもりはさらさらない。
単に、人を区別するのは『楽』ではないと判断したからだ。
(練習練習♪)
単純に、回復魔法の練習ができるな、それくらいの気持ちでシンジは川田を含む皆を治療していった。
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