第22話 セイが生きていた

「……生きてた」


 シンジは、少女に近づいていく。


 生きていた。

 助かった。

 助けられた。


 心が何かに満たされていくようだ。


 ただ、まだ完全に安心はできない。


「ちょっとごめん」


 シンジは、男子生徒と女子生徒の間に立って彼女の血まみれの顔を両手で優しく覆う。


「え? あの?」


 女子生徒は困惑しているが、シンジは気にせず彼女の前髪をかき分け額を確認した。


 角は生えていない。

 死鬼にはなっていないようだ。


「あっ……あの……」


「ああ、ごめん。もういいよ」


 シンジは女子生徒の顔から手を離す。


「……私、どうしたんですか? ここは……?」


 女子生徒は辺りをキョロキョロと見回す。


「何も覚えていないの?」


「えっと……」


 女子生徒は片目を閉じて何か思い出そうとしている。


「えっと……シシトくんと一緒に更衣室に隠れていて……それで……」


 そして女子生徒は急に目を見開いてシンジの両手を掴んだ。


「そうだ! ミ、ミチヤマくんが、おかしくなって、私を……!」


 何度も、激しく彼女はシンジの両腕を揺らす。


「ちょちょちょ! 落ち着いて!」


「早く! 逃げないと! ミチヤマ君、おかしくなってて、とても強くて……!」


「そいつ、もう倒したから!」


 シンジは女子生徒の手を払い横にずれる。


「ほら、おかしくなったのって、多分こいつでしょ?」


 シンジは、凍っている男子生徒を指差す。


「ミチヤマくん……?」


 女子生徒は両手に口を当て目を見開いている。


「……貴方が、こうしたの?」


「ん? ああ、俺が凍らせた。コイツ、もう動けないから、安心して」


 そう言ったモノの女子生徒は小刻みに震えていて目に涙を浮かべている。


(……ああ、怖いのかな?)


 彼女は、この男子生徒に押し倒されて殺されかけたのだ。


 それが、もう動けないモノでも恐怖を覚えて当然だろう。

 シンジは少し考え、凍っている男子生徒。

 ミチヤマの角を折った。

 角を折った瞬間、ミチヤマの体は粉々になって消える。


 本当は、ミチヤマをもう少し観察したかったが目の前の少女がこれほど怯えているのだ。

 なるべく早くその原因を取り除いた方がいいだろう。

 シンジはそう考えた。


「ほら、これでもう安心」


 シンジは、満足げに女子生徒の方を向いた。


 すると女子生徒はびくりと体をふるわせ後ずさりした。


 シンジから距離を取るように。


「……あれ?」


 女子生徒の目はシンジをしっかり見ていた。


 その目は、恐怖の目。


「……人殺し!」


 女子生徒ははっきりとシンジに向かってそう言った。


「…………え? ああ。いや……」


「ミチヤマくんが……何もそこまで……!」


 女子生徒は語気を強めていく。


「なんで! なんで! 人殺し! もう、いや! なん……」


 激昂していく女子生徒は立ち上がったと思うと、急に前のめりになって倒れた。



「……は? どうした?」


突然の女子生徒の言葉に驚いていたシンジは女子生徒が倒れたことに再び驚く。


シンジは倒れた女子生徒を抱きかかえる。


「はぁ……はぁ……」


 女子生徒は苦しそうに深く呼吸をしていた。


「……突然興奮して、過呼吸にでもなったか?」


 シンジは、少し考えてあることを思い出す。


「あっ! そうだよ! 忘れていた!」


 シンジは、すぐさまタブレットを起動してアイテムを取り出した。


「解毒薬。死鬼に噛まれていたんなら、これ飲ませないと……」


 シンジは、毒状態になっていた女子生徒に解毒薬を飲ませる。


 すると、苦しそうにしていた女子生徒の呼吸は収まっていった。


「はぁーっ……はぁ……私……」


「よし。念のため、これも飲んで……」


 シンジは、回復薬も取り出して女子生徒に飲ませる。


「んっく……んく……苦い」


「我慢しろ。……これでもう大丈夫かな」


 回復薬を飲んだ女子生徒は体を起こす。

 体中をぺたぺたと触り、肩に手を置きその手を見て足を触り踏みしめるように立ち上がる。

 そして、女子生徒はシンジの方を向き深々と頭を下げた。


「あの……ありがとうございました」


 

 つい先ほどまで、シンジを罵倒していたのが嘘のようだ。


「あの、先ほどは……」


「……とりあえず、さ。シャワーでも浴びてきたら? 血まみれだし」


 シンジは女子生徒の言葉を遮り、顔を指差す。


「え?」


「気持ち悪いでしょ? 俺が見張っているから、さっさと入ってきたら? 」


「いや、その……」


「まず落ち着いて、それから話をしよう」


 シンジにそう言われ、困惑しながらも女子生徒は再び頭を下げて、女子更衣室に入っていった。


 その様子を見送ったシンジは、立ち上がって先ほどバッティングをした蒼鹿を回収しに行く。


(……彼氏……とかだったのかね?)


 一人になって。

 シンジは女子生徒に言われた言葉を考えた。


(人殺し……まぁ、そうだわな)


 先ほどの女子生徒の反応から、彼女とミチヤマと呼ばれていた死鬼は少なくとも顔見知りではあったようだ。


 それを、シンジは目の前で粉々にした。

 人殺しと罵られてもしょうがなかった。


(まぁ、恨まれていいか。別に正義の味方を気取ったわけでもないし。ただ、どうしても俺の事が許せないって思っているなら……)


 シンジはこれからの事を思案しながら回収した蒼鹿の刃を、ただじっと見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る